10.過去
その夜。
営業を終えた『カフェ・神月』で。
「お願いよ、マモルくん! これからもずっと、私たちを手伝って!」
「ワタシたちには、死神の仕事もあります! 人手は多い方がいいんです! マモルさんがいてくれれば、安心なんですよぉ!」
ナヅキとカンナギの、熱烈スカウトを受けていた。
「ごめん。やっぱり、今は無理だ。僕には、やらなきゃいけないことがあるから」
僕は断ったが。
「だったらそれを、私たちにも手伝わせて!」
「困ったときはお互いさまです! 持ちつ持たれつでいきましょう!」
ふたりの死神は、食い下がってくる。
「気持ちはありがたいよ。僕自身、もっとこのカフェに携わりたい気持ちはある」
だけど。
「僕の自分勝手に、ふたりは巻き込めない」
そう。
だって。
「僕のやらなきゃいけないこと、っていうのは……」
正直に話そう。
僕の過去を。
「『復讐』なんだ」
僕の告白に。
「えっ……?」
ナヅキの表情がこわばった。
「どういう……ことです?」
カンナギも、とまどってる様子だ。
「10年前。僕の住んでいた村は……」
僕は、血を吐くような思いでつぶやく。
「放火で全焼した」
「っ!」
「それは……」
ふたりが息をのんだ。
「あの日……僕は、ひとりで街まで買い出しに出ていた」
そう、今でも鮮明に覚えている。
「街から帰る途中。村の方角から、ものすごい炎が吹き上がった。慌てて駆けつけると……もう、手遅れだった」
ぎゅっと、僕はこぶしを握った。
「建物は、すべて焼け落ちていた。黒焦げの死体が、いくつも転がっていた。身元もわからないぐらいに焼け焦げた死体が、ね」
握り締めたこぶしが震える。
「僕がお世話になっていた、ファーザ叔父さんの家も焼けた。やさしかった叔父さんも、妹のハルカも、幼なじみのユウリとアイも。僕のすべてが、一瞬で奪われた。何の罪もない人たちが……一瞬で……」
「ひどい……」
ナヅキが絶句した。
「犯人は……わかっているんですか?」
カンナギの問いかけに、僕は首を振る。
「残念だけど、わからない。犯人の目的も、検討がつかない。でも」
僕は、言葉を吐き出す。
「犯人は、魔族だと思ってる」
……そうだ。
そうなのだ。
「村を焼いた炎の挙動が、あきらかに不自然だった。いきなり、村全体が燃え上がったかと思うと。しばらく経ってから、一瞬ですべての炎が消えたんだ」
「確かに、不自然ね……」
ナヅキがつぶやく。
「単純な放火じゃない。もっと言うと、人間ワザとも思えない」
「ですね。人ならざるものの、悪意を感じます」
カンナギがうなずいた。
「で、それから10年間。僕は山にこもって、ひたすら『解呪師』としての修行に励んだんだ」
僕は続ける。
「小さい頃、鑑定士さんに見てもらったときに。すごい才能を持ってる、って言われてたからさ」
それに。
「こう言っちゃなんだけど……復讐への強い気持ちが、成長を後押ししてくれたのかもしれない」
そして今。
「僕は、強大な『解呪』の力を使えるようになった。呪いを解くだけじゃない。マジック・アイテムの魔力消滅や、結界解除もできる」
そう。
「それこそ。『いにしえの勇者パーティー』が施した、伝説の武器の封印を解けるぐらいのね」
「本当にすごいと思うわ。間違いなくマモルくんは、世界一の『解呪師』ね」
「ワタシの商売道具の水晶玉も。マモルさんの手にかかれば、一瞬でガラス玉にされてしまいそうですねぇ」
ふたりの尊敬のまなざしが、少し照れくさい。
「で。この『解呪』の力を有名な冒険者に売り込んで、仲間に入れてもらえば。冒険の中で、僕の村を焼いた魔族に出くわすチャンスがある。そんな風に考えたんだ」
けれども。
「残念ながら。出会った勇者パーティーには、まんまと裏切られたわけだけど」
「許せないわよね……そいつら」
ナヅキのこめかみがヒクヒクと動いた。
「私の……じゃなかった。こんなにやさしいマモルくんをだました上に、殺そうとするなんて……」
「同感です。できることなら、ワタシがその連中に復讐してやりたいんですけど?」
カンナギの目にも、いつになく怖い光が宿っている。
ふたりとも僕のために、真剣に怒ってくれている。
何だか……嬉しかった。
「でも、今の僕には『いにしえの勇者パーティー』の力がある。この力があれば、僕は自分自身の手で、復讐を遂げられるはずだから」
それに。
『力』に覚醒したとき、謎の声が言っていた。
『なお。手にした力には、使える期限があります』
「おそらく、『力』を使える期間は長くない。だから急いで、犯人を見つけないといけないんだ」
「なるほど……」
「お話は、よくわかりましたが……」
ふたりはしばらく黙り込んだ。
それから、少しして。
「マモルくん。ひとつ、質問してもいいかしら?」
ナヅキが口を開いた。
「マモルくんが住んでいた村の、名前を教えてもらえる?」
「名前? 『フューチャ村』って言うんだけど」
僕が答えると。
「フューチャ村……! カンナギ!」
「ええ!」
なぜかふたりは、顔を見合わせてうなずいた。
「マモルくん。私たちに1日、時間をちょうだい」
「えっ?」
とまどう僕の目を、ナヅキの瞳がじっと見つめてくる。
「心当たりがあるの」
「……え? それは、どういう――」
「私たちはその一件に、『死神』の仕事で関わっているわ」
「なっ!?」
何……だって……!?
「マモルさんのお話と、村の名前でつながりました。ワタシがナヅキさんと知り合ったのは、その事件がきっかけなんです」
「たくさんの『死神』と協力して、多くの人たちの魂を天国に送り届けたの。共同作業をした死神仲間に話を聞けば、手がかりがつかめるかもしれない」
「ワタシは『死神資料館』に出向いて、当時の資料なんかを調べてきます。きっと、マモルさんの力になれるはずです!」
「それ……は……」
僕は、言葉に詰まってしまった。
「すごく、助かるけど……」
思わぬところから降ってわいた、手がかり。
でも……だけど。
「……いいのか? 出会ったばかりの、僕なんかのために――」
「もちろんよ」
ナヅキは僕の言葉をさえぎり、うなずく。
「マモルくんの力になれるなら、私はどんなことだってするわ」
「カフェを救ってくれた恩返し、どうかワタシたちにさせてください!」
ふたりの頼れるまなざしを受け。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
僕は深々と、頭を下げた。
心がじんわりと、あったかくなるのを感じた……。
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