09:女王たちの集い
トワ様と入浴した後、私はまたお付きの人たちによって着替えさせられていた。
普段から制服しか身につけていなかったので、急遽着せられた服がとても落ち着かない。お腹が出ているし、いつもよりヒラヒラとしているし……。
「あの、トワ様……制服で良いんですけど」
「もう蝶妃になったんだから制服は着れないよ?」
「それはそうなんですけど」
「それより行こう。もう皆が待っているから」
「皆?」
「各派閥の女王」
何でもないように告げたトワ様に私は目を丸くしてしまった。
蝶妃たちが所属する各派閥の頂点に立つ女王、その数はトワ様を含めて四名だ。
蝶妃の派閥はトワ様が女王である〝紋白〟、そして〝
トワ様が呼び出したのは、その各派閥の女王だと言う。その女王の集いに何故私が連れていかれなければならないのか、意味がわからない。
「私が女王様たちと会わないといけないのは、他の派閥の刻印が浮かんだからかもしれないからですか?」
「違う。アユミの刻印はどの派閥にも該当してない。それを他の女王にも確認してもらう必要がある」
「は、はぁ……?」
つまり私だけはぐれ者というか、外れということなのだろうか。
トワ様は必要以上のことは話してくれないから想像頼みになってしまう。それだと答えが永遠と出ない訳なので、とにかくトワ様に付いていくしかない。
トワ様に連れられてガーデンの中を歩いていると、ここは本当に別世界のように感じられる。
丁寧に整えられた植物園のような道を進み、噴水や花畑で飾られた庭の一角を横切る。どこまでも華やかで美しく、それでいて穏やかな世界だ。
私がずっと暮らしてきた無機質なファームとも、悠大な自然によって文明が飲み込まれた外の世界とも違う。言葉を当て嵌めるとしたら楽園と言うべき世界だ。
そんな夢みたいな世界を歩き続けて、高台にあるテラスへと辿り着いた。
入り口には警備と思わしき蝶妃が立っていて、トワ様に対して軽く一礼をする。トワ様は慣れたようにテラスの上へと続く階段を上っていく。
私もこのまま付いていっていいものかと警備の人を見るけれど、反応は一切ない。
「何をしてるの? おいで、アユミ」
「あ、はい……」
私が気後れしていることに気付いてトワ様が声をかけてくれた。
なんとなく居たたまれない気持ちになりながら、トワ様の後ろをついていく。
そして階段を上りきった先、そこはガーデンの地上部分を見渡せるような素晴らしい景色が広がっていた。
息を呑む程の景色を楽しむことが出来る豪奢なテラスには、既に先客が揃っていた。
「……トワ、呼び出しておいて遅い」
青みがかかった黒髪を簪で纏めた、トワ様とはまた違った人形のような雰囲気を持つ少女が淡々と告げる。
艶やかな水色の和服、それをアレンジしたような衣装を纏った彼女は、一見私よりも幼く見えてしまいそうだけれど、その落ち着いた佇まいは見た目通りの年齢では無さそうだ。
「まぁまぁ、キョウちゃん。トワちゃんが突拍子ないのはいつものことじゃないですか」
その横に座っているのが、淡いレモン色のドレスを纏った金髪碧眼でスタイル抜群のお姉さん。ふわふわした髪がまた彼女の穏やかな雰囲気を醸し出している。
優しく包み込んでくれるような母性が溢れたような佇まいで、この中では一番年齢が上のようにも見える。
「それで? 私たちをわざわざ呼び出したんだ、何か面白い話があるんだろう?」
そして、更にその隣には露出の多い赤い衣装を纏った勇ましいお姉さんが座っている。
燃えるような赤髪に鋭い鷹のような鈍色の瞳。そして健康的に日焼けしたような浅黒い肌、スタイルも引き締まっていてとても強そうに見える。その勇ましさを凶悪に見せるように頬と鼻を一直線に結ぶ古傷がついている。
「アユミは会うの初めてだよね?」
「女王様方とはお会いするのは初めてですけど……」
「じゃあ、順番に紹介する。まずそこの仏頂面の青いのが〝青蜆〟の女王、
「……私に対しての認識に遺憾の意を表明したくなりますね」
雑な紹介をされた〝青蜆〟の女王、蒼鈴キョウ様は青筋を立てながら唇をひくつかせている。
「この黄色くて色々と大きいのが、〝黄立〟の女王、
「ふふ、トワちゃんったら……余計な一言が多いと本当に怒っちゃいますよ?」
「じゃあ、訂正しておく」
ニコニコと笑みを浮かべながらトワ様に訂正させている〝黄立〟の女王、片喰ライカ様。
「で、最後。この赤いのが
「おい、馬鹿にしてんだろう? 喧嘩なら買うぞ、オラ。せめて装備関係担当ぐらい紹介しろよ!」
目を好戦的にギラギラとさせながらトワ様を睨んでいるのが、〝赤斑〟の女王である牡丹ヒミコ様。
改めて紹介されると、なんというか、皆さんとてもキャラが濃い……。
「アユミ、この三人が各派閥の女王。今後、よく顔を合わせると思うから」
「はぁ……えっ? よく顔を合わせるとは?」
「次に彼女の紹介するね。この子は苧環アユミ、私の眷属だった子。でも、今日で違う子になった。念のための確認だけど、心当たりがある人はいる?」
私の質問に答えないまま、トワ様は女王様方に私の紹介を始めた。
そして、トワ様の言葉を聞いた瞬間に女王様方は今までの穏やかな雰囲気を一変させて、気配を鋭く尖らせた。
「……まさか、冗談?」
「トワちゃんがいくら変でも、それは流石に……」
「トワ、マジで言ってんのか? 冗談だとしたら笑えねぇし、マジだとしたらビックリだわ」
「心当たりがないってことでいいね? まぁ、そうだと思ってたけど。アユミ、お腹見せて」
「は、はい?」
「いいから、お腹」
流されるままに私は女王のお三方が見えやすいようにトワ様の横に立ってお腹を見せる。
三人は食い入るように私のお腹の刻印を見ていたけれど、揃えたように深く息を吐き出した。
「……驚いた。本当にどの刻印とも違う」
「……えぇ、トワちゃんの質の悪い冗談じゃないみたいね」
「マジかよ……で、これはどうなるんだ? トワよ」
一気に真剣な表情になったお三方の視線がトワ様へと集中する。
そのお三方の視線を受け止めたトワ様はそのまま一回頷いてみせた。
「私はこのまま彼女を加えるべきだと思う。勿論、貴方たちと違って新たに生まれたという違いがあるから、いきなり全部同じ待遇で扱うつもりはないけれど。でも、この変化は面白いと思ってる」
「……成る程」
「そうなっちゃうのねぇ」
「おいおい、そいつぁ……穏やかじゃねぇな?」
「あ、あの……ちょっと良いですか?」
何か勝手に話を進んでいるような気がして、危機感を覚えた私は無理矢理にでも話に割り込もうとする。
女王様たちが相手であっても、今、この流れをそのまま無視してしまうのは絶対に良くない気配がする。
「その、今はどういう話なのか私にもわかるように説明して頂けないでしょうか……?」
「何だよ、本人もわかってねぇのかよ」
「ただの候補生なら仕方ないかしら」
「トワのことだから、ちゃんと説明してないで連れてきてる」
「あぁ……そりゃあ可哀想だな」
「えぇ、流石にねぇ……」
なんとなくお三方に同情されているような気がする。こんな方々に同情されているって、私はこれからどうなってしまうの?
「説明するけれど、良い?」
「お願いします、キョウ様……」
「苧環アユミ、貴方は蝶妃に覚醒した。けれど、貴方に浮かんだ刻印はどの派閥のものでもない。つまり貴方は新たに生まれた、まったく新しい蝶妃ということになる」
「――つまり貴方は〝新たに生まれた女王〟とも言える。だからトワは、貴方を新しい女王として受け入れるべきだと言っている」
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