第33話 崩落するもの

 「ヘレナ!」

 負傷したユーリアがなんとか体勢を立て直して叫ぶ。

 ヘレナは額縁を光らせてマンフレッドの拘束を試みるが、マンフレッドはすぐに下水道の中に逃げ込んでしまう。

 すぐにヘレナが追おうとするが、どこからともなく地面から数体のナトゥアが現れ、行く手を塞ぐ。

 イーナは即座に額縁を光らせ、壁と地面から棘を突き出させてナトゥアを貫く。

 額縁を持ったイーナにかかればナトゥアの数体など敵ではなかった。

 

 「何なんだよ!訳がわからないよ」

 ユーリアが消滅した左手を庇い、痛みを耐えながら叫んだ。


 その場にいる全員が感じたことだった。

 叔父のマンフレッドがまるでナトゥアを使役するかのような動きを見せ、敵対した。

 叔父は「窓持ち」ですらないのに。


 「いますぐ追うよ!」

 ユーリアが下水道へと出て、マンフレッドが去った方へ走り出す。

 

 「怪我はいいんですか⁈」

 ヘレナとイーナもユーリアのあとを追う。


 「別に『窓持ち』なんだから片手がなくても戦える。それに、あいつに洗いざらい吐かせないと、気が収まらない!納得がいかない!」


 「私がみすみす逃すと思うなよ……」

 ユーリアは右手に持った額縁を光らせて、索敵を行う。


 「……いた」

 ものの数秒でユーリアは透視をやめる。

 地下を見透かして見つけたのではない。

 マンフレッドは下水道の真っ直ぐ遠く、肉眼で見える位置に、背を向けて立っていた。


 「驚いたよ……地下まで見えるブルクナーがいたとは。予想外だった」

 「予定では、仕事を終わらせて、ヘレナとユーリアには危害を加えるつもりはなかった」

 マンフレッドはこちらの方にゆっくりと体を向ける。

 「だが、こうなってしまった以上は、君たちを放っておくわけにはいかないな」


 マンフレッドは意味ありげに腕を前に突き出す。

 ヘレナはそれを受けて即座に額縁を光らせてマンフレッドを強く押さえつけようとする。

 マンフレッドは小さくうめき声をあげ、片足を滑らせて下水の小川の中に突っ込んだが、まだしっかりと二本の足で立っている。


 「……私のみを狙うのはあまり意味のない行為だ」

 三人のまわりにナトゥアがわらわらと湧き出てきて、それぞれが襲いかかる。

 ほとんど光源がないうえに閉所である下水道での戦闘は、敵を視認しづらくなるため不利である。

 光源を出せるユーリアがいなければ、たちどころにナトゥアに呑まれ、死んでいただろう。

 イーナは三人の周囲を囲うように棘を突き出す。

 ユーリアも高出力の光線を出して応戦した。

 ヘレナはマンフレッドを額縁の力で押さえつけると同時に、視界に入りある限りのナトゥアの動きも抑制している。

 

 「なんで……ナトゥアなんか操れるんですか」

 ヘレナがマンフレッドを睨みつけながら言う。


 「君らにその質問をそのまま返したいよ……なぜ額縁の力を使える?」

 ヘレナはため息をついて質問に対し無視を貫く。


 「答えられないだろう、だが私は答えられる。私がナトゥアを操れるのは、『窓持ち』ではないからだ」

 「四ツ窓ながら『窓持ち』でなかったから、今があるわけだ。力を手に入れられたのだよ」


 「そういうつまらないのじゃなくて、その力をどのようにして手に入れたのかって聞いてるんだよ……!」

 ユーリアは光線が出ている額縁を片手で思い切り振って、マンフレッドに当てようとする。

 しかし、光線の射線上に何体ものナトゥアが飛び出し、光線が遮られて彼には届かない。

 マンフレッドは膝に手を置き、口角を上げた気味の悪い顔でこちらを見ている。

 うまくいかないこちらの姿がさぞ面白いといった表情だ。

 

 「どのようにして……ほんの一瞬飲み込むだけだった。仕事と引き換えに、たったそれだけだったよ」

 

 「……仕事、どうして仕事が私の額縁を盗むことなんですか」

 イーナは三人の周りのナトゥアを掃討して言う。

 彼女の額縁が一瞬光ると、マンフレッドの背後から厚い壁が地面から突き出されて、マンフレッドの退路を塞ぐ。


 「顧客の情報はあまり言わないことにしているんだ」

 マンフレッドの右腕が少し動いたのをイーナは見逃さなかった。

 すかさずマンフレッドの正面にも厚い壁をせりあがらせる。

 マンフレッドは前後の壁に挟まれるような形となって、閉じ込められた。


 「……なるほど?額縁と同様に視界を確保しなければナトゥアも呼べないと考えたのか?」

 壁越しにマンフレッドの声が聞こえる。

 イーナたちは近づいてくる残りのナトゥアを容赦なく排除しながら、マンフレッドが閉じ込められた壁の檻に近づく。


 「着眼点は非常に良い。だが、何度も言う通り、私は『窓持ち』ではないんだ」


 三人の頭上でかすかに、何かが軋んで、割れるような音が聞こえた。


 「これは……落盤です……!」

 下水道の天井に大きなヒビが入っていて、どんどんとそれは大きくなっていく。


 「私が天井を細かくする、粉塵に気をつけて」

 イーナが額縁を構えようとするが、ヘレナが片手で制止する。


 「駄目です。この天井、地上からナトゥアが攻撃してるせいで崩落しかかっています、天井崩すと上からナトゥアが降ってきて視界不良のまま丸呑みですよ」


 「じゃ、どうすりゃいいの?」

 ユーリアがヘレナを問いただす。


 「私の額縁で崩落しかかった天井ごと持ち上げます」


 「そんな無茶な、数メートル分の地盤を持ち上げるのはさすがのエドラーでも」


 「やらなきゃ死にますよ、マンフレッドもこの檻をそろそろ突き破ってきてもおかしくはないです」

 ヘレナはマンフレッドが閉じ込められた方を見る。

 ナトゥアの攻撃は全く音がないから、奇襲を受けやすい。


 「素晴らしい推察だよ、ヘレナくん。実際あともう少しだ」

 壁の中からマンフレッドの声がする。


 「ヘレナ、上は任せるよ、ほかはこっちがやるから」

 イーナがついに決断して口を開いた。


 「わかりました、どうにかしてみせます」

 ヘレナの額縁がまばゆいほどに輝き始める。

 天井が徐々にきしみ、音を立て始めた。

 ヘレナの額縁を持つ手は震え、額縁の光も不安定だ。

 しかし、少しずつ、確実に地盤は持ち上がって、ヒビの間から光が漏れ始めた。


 「このまま地盤……遠くに投げ飛ばしますね……」

 ヘレナは歯を食いしばったままイーナに確認を取る。

 マンフレッドを閉じ込めている壁ももう崩落寸前である。

 ユーリアとイーナも額縁を構えて迎撃体制を整えた。


 やがて少しずつ地響きのような音が下水道中から聞こえ始め、地面も揺れる。

 凄まじい音を立てながら、下水道の天井が崩れ始めた。

 ヘレナは半ばうめくような声を出しながら、頭上あの地盤を操作して、投げるようにどかす。

 自分の頭上以外、周りの天井は周りが見えなくなるほど埃を勢いよく立てて一気に崩れる。

 瓦礫が積み重なった下水道に日が差した。

 

 マンフレッドは前後の壁をすでに壊していて、二本足でナトゥアを上向きに立たせ、『切り口』を大きく広げさせて傘がわりのようにしていた。


 「随分と……ナトゥアを使い慣れているようですね……ヴルカーンハウゼンの一連のナトゥアの操作も、あなたがしたんですか?」

 ヘレナが息を切らしながら、マンフレッドに問う。


 「あれは私じゃないな。私にこの力を与えた人間ではないだろうか」

 マンフレッドは足の周りの瓦礫を足でつつきながら答える。


 「ただ、私は彼くらいにはナトゥアを操れる。ヴルカーンハウゼンでは地理的有利で打開したかもしれないが、君達の嫌がる頭上からの攻撃ではどうかな?」

 マンフレッドが右手を横に突き出すと、地上から大量のナトゥアがわき出る。

 間もなくナトゥアらが左右から降りかかるようにして三人に襲い掛かり、それぞれの応戦が始まった。

 ユーリアは頭上左右にいるナトゥアに対して連続して光線を放ち、下水道にまで降りてくるナトゥアをかなり削っている。

 下水道に降りかかってきた敵に対してはヘレナが遅滞させ、イーナが攻撃し続けていた。

 

 「わかった、もう十分だよ」

 やってくるナトゥアを次々に捌きながらイーナはつぶやく。

 

 「イーナ……?」

 ヘレナはイーナの意図をくみ取れなかった。


 「もう、叔父さんがクロだってことはよくわかったし、最低限の情報も手に入れた。それに、地下だけに飽き足らず地上の帝都でも暴れられては、さすがに受け身ではいられないかな」

 ナトゥアはいくら倒せど、マンフレッドによって増援が呼ばれてしまう。

 ナトゥアだけを倒しても、体力を消耗するだけで、あまり意味がない。

 直接攻撃してくるナトゥアも倒しながら、ナトゥアを呼ぶ行為自体を止める必要があるのだ。

 

 「だから、もういい。躊躇はしないよ」

 イーナははっきりとした口調で言いきった。


 「いいんですね……?」

 

 「うん、お願いするよ、二人とも」

 イーナは一瞬振り返って、ユーリア、ヘレナそれぞれを見る。

 どちらにせよ、もう元のようにはいかないのだ。

 

 「マンフレッドに止めを刺しにいこう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る