第16話 論理の穴

 シュテルマーは報告書を読みながら内心で怒り狂っていた。

 だがそれと同時に、これが策略だとも理解していた。

 さしずめ俺を怒らせて失言を誘うとか、責任追及へと話題を逸らさせないとか、そんなところだろう。

 だからここでは俺は必要なこと以外のことはしてはいけない。

 時間に限りがあるからだ。

 俺の勝ち筋は一つ、この報告書の穴を徹底的に洗い出して、責任を追及し、そのままの勢いで囚人大隊に送ることを可決させることだ。

 シュテルマーは目線を上げて演壇のイーナの方を見る。

 イーナはほかの貴族の質問に答えている最中だ。

 質疑応答の時間稼ぎの間が勝負である。

 シュテルマーは心を落ち着かせて再び報告書に目を落とし、ページをめくり始めた。


 ヘレナとイーナは大量の質問に答えている。

 内容への関心が高いだけに、どの議員も細かいところまで聞いてきた。

 手を挙げたほとんどの議員の質問に答え終わろうとしていると、シュテルマーの手が再び挙がった。


 「シュテルマー軍方針決定委員長」

 議長が発言を許可する。


 シュテルマーは大きな深呼吸を数度する。

 議場の全ての人の目はシュテルマーに注がれ、先ほどまでの議場のざわめきは消え、静かになる。

 シュテルマーはそれを確認してから口を開いた。

 「率直に聞こう。どうしてこんなに失敗を連発しているのに、堂々としていられる?」


 「どう意味ですか?」

 イーナが真意を問う。


 「この報告書な中身の話だよ、イーナ君」

 「なぜヴルカーンハウゼンにたった一人で行く?普通なら護衛の一人や二人いてもいいんじゃないか?護衛がいれば帝都に報告ができたり、予め先行させるとかもできただろう?どうして『灰色の森』に入る前に異変を感じながらも急がない?持ち前の機転が働かなかったか?君の推論によればナトゥアは『灰色の森』にいたはずだろう?なぜ見つけられない?索敵不足か?そう、索敵不足といえば…なぜ、戦闘中に高所に陣取ったにも関わらず、しかも二人もいるのに、なぜ周囲の敵に気付かず包囲される?」


 「それは…!」

 ヘレナが声をあげようとする。

 しかしそれを遮ってシュテルマーは続けた。

 「わかっていたんじゃないのか?召喚状が来たときから。ナトゥアが作戦行動をしたとか、そういった理由をつけてはいるが、私は今まであの頭のない奴らが協調性を発揮するところなど見たことがないがね。まあ、その真偽はともかく、君がもう少しヴルカーンハウゼンでの道中で工夫すれば、このような事態は免れるがあったんじゃないか?」

 議場からざわめきが巻き起こる。

 シュテルマーは咳払いを一つする。

 再び議場は静寂に包まれる。


 「もう一つ質問だ。どうしてわざわざ議会に乱入なんかした?何か検討されたくない議題でもあるのか?これは私の推測に過ぎないが、私から見ると君はどうにも、報告書を提出して話題を逸らし、時間稼ぎでもしているようにしか見えないのだが。どうして時間稼ぎをするんだろうな?」

 議場は一気にうるさくなった。

 会話の内容が読み取れずとも、さまざまな憶測が飛び交っているのがわかる。

 質問を利用し、考える間もなく畳みかけ、雰囲気を作ることで、ほかの議員を煽動し、思考を麻痺させ、自分の思い通りにさせる。

 それがシュテルマーのやり方、まさしく煽動政治家である。


 「順番に質問に答えます。命令書を受け取った翌日に出発させられていたので、護衛を雇う時間はありませんでした。また、額縁能力の都合上、能力の行使中は敵から目を離せないうえ、人数が不十分だったので、敵の接近を許してしまったと考えられます」


 「本質的な質問に答えていないな。その質問の答えは筋が通っているが、本題じゃない。私が一番聞きたいのは、連隊消失に自分の責任が多少あるとわかっていながら、議会の乱入や戦功を記した報告書の提出で、それから逃れようとしているんじゃないのか?ってことだ」


 検討されたくない議題がある、報告書を提出して議題を逸らす、時間稼ぎ…シュテルマーがいった推測は面倒なことに全て当たっている。

 問題なのはシュテルマーがその思惑を限りなく歪めているということである。

 シュテルマーは責任逃れというが、そもそもろくに情報を与えられていないどころか連隊に所属していないのに状態で責任が生じるわけがないのだ。

 しかし、現状打てる手はもうない。

 厳密に言えばまだ手はあるが、それを今すぐ打てるかどうかは別問題だった。

 こうなってしまえばもう、真っ向から説得力で戦うしかない。


 「自分の責任…。そもそも私は連隊に所属していませんし、連隊消失時にヴルカーンハウゼンにすらいませんでした。ヘレナは研修で連隊に所属していたまで、この二人に責任を求めるのは難しいかなと思います」

 イーナに続いて、ヘレナも発言する。

 「そういえば、イーナにヴルカーンハウゼン行きの命令を出したのは軍方針決定委員会でしたよね?委員会がイーナを急がせ、その結果失敗が起き、責任問題となるなら、イーナというよりかはむしろ、軍方針決定委員会の長に責任があるといえるんじゃないですか?」

 「あと、連隊は帝国直属部隊だったはずなので、連隊は委員会の指揮下にあるんですよね?であるならば、連隊に所属しておらず、内情を知らない一介の少佐よりかは、指揮命令系統が上の組織である委員会の人間、特にそれを率いる立場の人間に責任がありそうですよね?一体誰が責任逃れをしてるんでしょうか?」

 ヘレナが一気にまくしたてる。

 まさしく正論の物量攻撃である。

 シュテルマーの勢いに気圧されていた議員たちも、ヘレナによってシュテルマーの論理の穴に気づき、多少ながらも冷静を取り戻しつつある。


 対するシュテルマーは怒りのあまりか、何も言い返さないでいた。

 目の下を痙攣させているのが遠くに立つイーナからでもわかる。

 しかし、シュテルマーはそこまで時間を置くことなく、震える声で反論した。

 「だが、その報告書はでたらめだ。証拠がない。連隊が消えたとの情報源も君たちのものしかない。確認できる事実が何一つとして存在しない報告書に、何の価値がある?連隊を意図的に消えたように見せかけることだってできるんだ。時間稼ぎは――」


 「その時間稼ぎなんですけど、なんとかなりました」

 イーナが口をはさむ。


 「なんだ?」

 シュテルマーが不機嫌そうに聞き返した瞬間、頭上のドームの窓から一羽の伝書鳩が飛び込んできて、議場の上空を凄まじい勢いでぐるぐると回る。


 「私たち以外の情報源が到着したんです。あれが、軍方針決定委員長が今まさに欲しがる、客観的で確認できる事実です」

 シュテルマーの顔は怒りでみるみる赤くなる。

 イーナは猛烈に怒る人間を前にしながらも、「人ってあんなに赤くなれるんだな」などと思う自分を阿呆らしく思った。

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