謎の建物

鈴鹿龍悟

謎の建物

私の家の近くに、不思議な建物がある。

 白い直方体と表現するべきだろうか。一戸建てほどの大きさで、ドアはあっても窓はない。ずっと空き家になっている家の庭ににょっきりと建てられたそれは異様な存在感を持っていた。

 小学生の頃、通学路がその建物の前を通っていたので、私はほぼ毎日その建物を見ることになった。

 あれはいったい何なのか。私は一緒に変える友達と話し合った。

「宇宙人の秘密基地だよ」

「えらい先生が作ったアートなんだって」

「核シェルターらしいよ」

 各々勝手なことを言い合った。すると、普段は無口なA子ちゃんがこう言いだしたのだ。

「あれは檻なの。中に閉じ込めてるんだよ」

 私たちは強く断言するA子ちゃんに面食らった。

「何が閉じ込めてあるの」

「人間」

 A子ちゃんの言葉には確かな説得力があった。ちょうどその時に例の建物の前を通りかかったものだから、私たちは一斉に走り出した。ランドセルを揺らしながら私たちはあの窓のない建物から覗かれているような気になった。


 家に帰ってお母さんにそのことを話してみた。するとお母さんは大笑いした。

「やーね、あれはただの物置よ」

「そうなの?」

「ええ、そうよ」

 お母さんはA子さん以上に断言した。どうして知っているんだろう。

 聞いてみると、お母さんは何と、例の建物に入ったことがあるらしい。

 今から25年前。まだ例の建物がある家には人が住んでいたそうだ。その家の娘がお母さんと同じクラスで、お母さんは何度かその家に遊びに行ったことがあるようだ。例の建物も友達と一緒に入ったが、中には一輪車や脚立、草刈り機などがあったとか。

「なーんだ、ただの物置か~」

 私はほっとしたような、がっかりしたような、複雑な気分になった。


 例の建物を調べてみようという動きがクラスであったとき、私は最初乗り気ではなかった。ただの物置だともう知ってしまったからだ。

 けれど、そこでいいことを思いついた。

「あれは物置なんだよ」

 私がそう言うと、皆は驚いてこっちを見た。

「はあ? あんな変な物置あるはずないだろ」

「どうして物置だって分かるんだよ」

 このとき私は正直に話さなかった。

「だって分かるんだもん。絶対物置だよ」

 母が入ったことがある、と正直に言わずに、さも自分が考えたように言った。その方が、真相が分かったときに、みんなが凄いと思うからだ。

 私はクラスメイトの何人かと一緒に、例の建物に入ることになった。


 放課後、私たちは空き家に集合した。

 敷地の中に一歩足を踏み入れるとぞわぞわとした奇妙な感覚に襲われた。

 ここはいつから空き家なのだろうか。庭先は雑草が繁殖していて、窓ガラスの一部は割られていた。まずは空き家を探検しようぜ、と一人の男子が言い出したけど、私たちは誰も入ろうとはしなかった。

 当初の予定通り直方体の建物に近づく。

 ドアの前に立ったとき、私は自分の過ちに気づいた。

 ここが物置だとどうやって証明するんだろう。窓がないので、中の様子は覗けない。本当に物置なら元の家主が施錠しているに違いない。

 これなら素直に母が入ったことがあると言えばよかった。そんな風に後悔していると、さっき空き家に入ろうと言っていた男子がドアノブに触った。

 ドアノブは周り、ドアはゆっくりと開かれた。

「空いてる……鍵かかってないぞ」

 私たちは顔を見合わせた。

 どうする……? 入る……?

 私は複雑な思いに駆られていた。元の家主のミスか何か別の原因なのか、謎の建物は施錠されていなかった。後は中に入れば物置であることが証明できる。

 でも、入るの?

 本当に入るの?

 中は真っ暗だった。まだ日は落ちていないとはいえ、子どもだけでこの建物に入る勇気が私にはなかった。

 なのに。

「行くぞ」

 そう言って、ドアを開けた男子がスマホの明かりを頼りに中に入り、他の子もどんどん続いていってしまった。仕方ないので私も中に入った。

 私たちは持っているスマホの明るさを最大にして、周囲を照らしながらゆっくりと進んだ。

 母は物置だと言っていた。

 確かにそこは物置のようだった。一輪車がある。脚立がある。草刈り機がある。

 元の家主はこれらを全部置いていったのだろうか。

「本当に物置だね」

 女子の一人が感心するように言った。私は思っていたより得意げになれなかった。早く出たいとそれだけを考えていた。

「なあおい。階段があるぞ」

 男子の一人がそう言った。確かに、地下へと続く階段がある。

「降りるの?」

「降りるに決まってるだろ。せっかくここまで来たんだし」

 私たちは階段を降りる。

 物置に地下室? そういうものなんだろうか。

 降りた先に待っていたのは長い廊下だった。

 本当に物置? 私はようやく疑問にかられた。

「どうするの?」

「奥まで行ってみようぜ」

 私は今すぐ引き返したかった。けれど皆はどんどん先に進んでしまうので、私もついていくしかなかった。

 地下室は上以上に殺風景で無機質なコンクリの壁がどこまでも続いていた。

 けれど、次第に見えてくるものがあった。

「あれってさ……」

「うん、部屋だよね……」

 壁に埋め込まれるようにそれはあった。

 鉄製の扉に、覗き窓。

 私たちはゆっくりと近づく。

 一番前を歩いていた男子が扉に触れ、開けようとする。

「駄目だ、鍵かかってるみたい」

 私たちは灯りを頼りに窓から中の様子を探った。


 中には、鎖で繋がれた、ぼろ布を纏った女がいた。


 女はこちらを振り向くと、奇声を発しながら掴みかかってきた。

 鎖の音が響き、私たちは急いでドアから離れると、そのまま一目散に地上へと走った。

 階段を駆け上がり、建物から出た私たちはそれでも走って、数百m離れた公園まで振り返らずに駆け抜けた。

「今の……! 今の何!」

「知らねえよ!」

 パニック状態の皆の中で、私はさっき見た女の顔を思い出していた。

 どうして?


 どうして母さんにそっくりだったの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謎の建物 鈴鹿龍悟 @suzukaryuugo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る