俺の隣で毎日幸せを願ってキスしてくれる魔法少女があざとすぎて困ってます。

ニッコニコ

第1話 幸せが見える魔法少女

 

 これでようやく全てを終わりにできる。


 そう考えるとこれから迎えるであろう痛みも、不安も全てがどうでもよくなった。


 いつもはフェンス越しでしか見ることのない退屈な町の風景は、柵の向こうから眺めてみても相変わらずゴミみたいにつまらなかった。


 全体重を支えている指を1本ずつ網から外していくと、下から強風が吹き上げてきて息を呑む。


 この人生に終止符を打つと決めたのに足は情けなく震えていて、呼吸も乱れに乱れている。


 ああ、俺は一体どこまで無様なんだろうか。


 最後に自分でやると決めたことすら、まともに遂行できなような人間なのだろうか。


 いや、違う。


 これは俺にとって一つの勲章になるはずだ。


 俺がここで身を投げ出すことで、世の中に記事として俺の存在が残せるはずだ。


 死ぬ時くらいは目立っても構わないだろう。


 父さん、母さん、今行くよ――――


「っと、ちょっと待ったぁ!」

「!?ッ」


 突然屋上のドアが勢いよく開くのと同時に女子生徒が俺のフィナーレに乱入してきた。


 予想外の出来事にゆるめかけていた指にぎゅっと力を込めてこの世と俺を何とか繋ぎ止める。


「そこまでだよ!キミ!」

「委員長……」


 どうやらここにきた女子生徒は、クラスのお気楽委員長だった。


 両手を目一杯に開いて、まるで爆弾を処理するかのようにゆっくりゆっくりとこちらに近づいてくる。


 今さら俺に学級委員長として〜なんて抜かすつもりだろうか?


 悪いが俺はこの不幸すぎる人生を終わりにする覚悟は固まっている。


 俺の意志の硬さは鋼を超えてダイアモンドよりも固いのだ。ダイアモンドは砕けないのである。


 委員長みたいなちょっとカワイイ女子に止められたくらいで辞めるつもりはないからな!いや、マジで!


「あのね、私の話を聞いて欲しくて……」

「何だよ……今になって……」


 あんなに遠かった委員長も今はフェンス一枚越しで距離にしたら30センチもないだろう。


 そっと風が吹くと、制汗剤の爽やかな香りが鼻をくすぐった。


 ずっと、遠目でしか眺めることのできなかった委員長がこうして今、俺の目の前で頬を染めては何やらこちら見てはもじもじと前髪を整えている。


「ずっと、言おうと思ってったんだ。でも、今日しかないと思ったから、今から言うね……」


 その息遣いすら聞こえてくるような近さにゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。いや、俺が今さっき飲んだ。


 どうせ俺は死ぬのだ。


 だったら彼女の話を聞くぐらいのことはしてもいいだろう。最後くらいゆっくりと話を聞こう。


「実は、実は私は……ずっと」


 委員長の真摯な眼差しが俺に突き刺さる。


 その視線はアツくて、何よりも生に満ちていた。


「ずっと………」


 ついにくる……俺とて健全な女子高生が大好きな高校2年生。


 寝る前や授業中の暇な時は隙あらば、クラスの女子に片っ端から告白される妄想を繰り返してきた。


 そんなくだらない妄想がついに、現実に……!


「私ね、ずっと、魔法少女だったの!」

「今までありがとう!委員長!来世でよろしく!」


 俺は迷いなくフェンスから指を離して屋上から飛び降りた!


「ちょ、キミ!」


 数メートル上から委員長の叫び声が聞こえる。


 だがもう遅い。


 悪いな、委員長。これは俺が決めたことなんだ。


 これで俺はようやく楽に…………。


 あれ?どうして飛び降りたハズが俺の体は屋上へと上がっているのだろうか。


 おいおいおいおい。重力さーん。


 そのまま俺は不思議な力に持ち上げられて屋上へと戻された。


「はぁ、はぁ、はぁ……どうしてキミは飛び降りるのかな!」


 額に大量の汗を浮かべて、肩で息をしながら委員長は俺に詰めよってくる。


「どうしてって…………」


 お前が魔法少女とか言って俺をからかったからだよ。とは口にしないことにした。


「私が居なかったらキミは死んでたよ?」

「ああ、そのつもりだったんだよ。せっかく覚悟もしてたのによくも邪魔してくれたな」


 俺が不貞腐れたように吐き捨てると、委員長は俺の頬を打った。


 渇いた音が反射する。


「どうして……そんなこと言うの…………誰が許可したの!?キミが死ぬことを誰が許可したの!?」


 顔を上げた委員長は、泣いていた。


 教室では笑顔しか見せない、お気楽委員長とか呼ばれてるような彼女が、わんわんと子どものように泣いていたのだ。


「いや、その……誰も許してないけど…………」

「だったら、飛び降りるとか絶対やめてよ……」


 掠れた委員長の声がやけに耳に残った。


 打たれた頬がジンとアツくなる。


「ごめん……」

「魔法少女を泣かせないでよ……」

「ごめん……」

「私はキミが大好きなのに」

「ごめ……え?」


 予想外に俺が顔を上げると、涙が浮かんだ瞳とバッチリ視線が重なった。


 繰り広げられる無言の空間。


 そうか……だから止めに来てくれたのか……。


 この不幸すぎる人生に、咲いた麗しい一輪の花。それはきっと、世界にたった一つの美しいもののはずだ。


「お、俺さ、幸せにはできないけどさ、絶対このこと忘れないから――――」

「なんてね!」


 委員長が涙を指でゴシゴシすると、悪戯っぽく笑った。


 ムカッ!


「って、ごめんって!私が悪かったから!だからもう一回飛び降りようとしないで!フェンスから降りてきてよ!」


 網に片足をかけて上まで登ろうとする俺を委員長が後ろから抱きついて静止する。


「やだね!こちとら2回もダマされたんだ!童貞の純情をもてあそびやがって!」

「ほんっとうにごめん!代わりに私のヒミツを教えるから!」

「ウソだね!もう信じるか!」

「本当だよ!こればかりは!私は魔法少女なんだよ!この町の幸せを守る女子高校生なの!」

「魔法少女にしては熟し過ぎでは?」

「そこに食いつくんだね!?」


 まぁ、この世に魔法少女が存在するなんてこと自体信じられないような話なわけだし気にならないハズがない。


 大人しく話を聞いてみようと思った。


「……じゃあ、話すよ?」


 沈黙をよしと受け取ったのか俺に背中を向けていた委員長が急に振り返る。


 すると、その背中に隠れていた夕日が直接差し込んできて俺は目を細めた。


「この町はね、幸せで溢れているの。昔から、ずっとずっと。みんなの笑顔でこの町はできている」


 委員長は腕を体の後ろで組んで、俺の目の前を左右に行ったりきたりと往復を繰り返していた。


「で、幸せって感情はね、強すぎるんだ。それ故に、独立している。だから自由で、やんちゃ。まるで次男坊みたいに。放って置いたらどっかいっちゃって帰ってこないこともあるんだよね」


 俺に語る委員長の声は優しかった。


 その話の例えかたからもしかしたら弟がいるのかもしれない。


 兄妹で仲睦まじい姿を想像してみると俺の頬が緩んだ。


「だから、その逃げた幸せって感情をそのまま本人に届けるのがこの魔法少女の役目ってワケ。わかった?」


 委員長がくるりと右足を軸に半回転するとスカートが傘みたいに広がってゆっくり元に戻っていく。


 胸に手を当てて、腰を反り自身の立派な胸の膨らみを強調させていた。


 ふむ。魔法少女はもう、少女じゃない、と。


「そんなワケで。私はこの町の幸福に関しては鋭く感知できるの。だからキミを放っておくワケには……」


 委員長が顎に手を当てて、意地悪げに微笑んだ。


「いかないんだよなぁ……?」


 やれやれ……そう言うことだったのかよ……。


 これじゃあ、俺も好き勝手に動けそうにない。


 それに……魔法少女が気にならないといえばウソになる。


 俺はもうこの世を去る覚悟はできているのだ。


 だったら、最後にこの町の秘密を知ってから実行するのも悪くはない。


「分かったよ。お気楽魔法少女さん。短い間になると思うけどよろしくな」


 きっと、彼女との付き合いは長くない。


 これは俺の最後の寄り道みたいなものだ。


「うん!よろしくね!青凪君!今日からキミの隣で毎日

幸せを願ってあげる!」

「はは。そりゃ困った」


 真っ直ぐに笑顔を振りまく委員長が眩しくて目を逸らすと太陽と目があってまた委員長を見た。


 太陽さん、早く寝ててくれ。


 変なヤツだと思われっちゃったでしょうが。


 そんな俺の視線をあいさつだと受け取ったのか、委員長は元気いっぱいに右手を俺に差し出した。


 ったく。どうしてそう迷いなくそういうことを……。


 戸惑いつつも軽く握り返すと、ぎゅっとすごい力で握り返された。


 普通に痛い。


 全く……とんだ災難だ……。


 見上げた空には一番星が煌めいていた。




 追記、魔法少女の手は柔らかかった。


 




 


 



 

 


 

 

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