第二十八話「がんばれギルド長」

 フィンが山から街を見下ろすと、あちこちから湯気が上がっていた。


「あれは、火事か?」

「きっと温泉が湧いたんですよ」


 あごが外れるほどあんぐりと口を開けたフィンに、クレイは微笑みかけた。


「帰ったら、じっくり疲れを癒せますよ。お背中お流しいたしましょうか? なんて! なんて!」


 両手で頬を押さえながら、ぴょんぴょん跳ねるクレイを後目しりめに、フィンは頭を抱えていた。

 案の定、またとんでもないことになってしまった。


「ギルド長、次はなんて言うんだろう……」



 冒険者ギルドに着くと、すぐさま執務室に案内された。

 ドアを開いた瞬間ギルド長は、それはもう深々と頭を下げていた。


「ンンまことに申し訳ないッッ!!」


 ギルド長の絶叫に近い謝罪が、執務室に響き渡る。


「あれほど安全だと、あれほど危険はないと、この口が言ったにも関わらず、危険な水源に君を送り込んでしまった! 地脈の活性化を予測できなかった私の落ち度だ……!!」


 頭を下げすぎて、もう頭が膝につきそうだ。

 ギルド長の体の柔軟性に驚きつつも、フィンの胃はまた痛みだす。


「顔を上げてください! ほら、この通り怪我もしてませんし……それに、あんなの誰も予測できませんから!」

「万が一を予測し、適切にクエストを割り振るのがギルド長の務めなのだ……! それが二度にわたるこの失態、詫びの入れようもない……! 穴があったら入りたい!!」


 くちびるを噛みしめて、ギルド長は血涙けつるいでも流さん勢いだった。


「穴なら、外にいっぱい空いてますよ!」

「そうだね。今は黙っていようね」


 フィンはクレイの銀色の髪をわしわしと撫でて黙らせる。


「いちおうその……報告書です」


 書類には、水質調査の結果と、イッカクビーバーの件が書かれている。

 それも、地下水により水量が戻ったことで、あまり意味のないものになってしまったが。


「新たな水源の調査は、おそらく王都から学者が送り込まれることになるだろう……またしても無駄骨を折らせてしまって、本当にすまなかったッッ!!」

「あの人、すっごい謝ってますよ。旦那さまはお許しになるのですか?」

「たのむから黙っていよう、本当にたのむから……」


 フィンはがっしゅがっしゅとクレイの頭を撫でる。


 いっぽうのギルド長はというと、もう疲れ果てたと言わんばかりに遠い目をしていた。


「生活の……すべてを犠牲にして……仕事に打ち込んで……その挙げ句がこれだ……冒険者を苦しめるポンコツダメダメギルド長……それが私だ……」

「そんな! ギルド長には本当にお世話になってますよ!」

「聞いてくれ、私は今年で3X歳になる……十数年間、わき目もふらず、この仕事に誇りをもって励んできたつもりだったんだ……それが私の青春だったんだな……」

「それは……その……」


 もはやフィンには返す言葉が見当たらない。

 どうフォローしたものかと真剣に考えていると、とつぜん後ろのドアが勢いよく開かれた。


「……どうした? こんなフヌケのヘッポコギルド長に、なにか用があるのか? 冒険者の足を引っ張ることしかできないゴミカスヘボギルド長の私なんかで本当にいいのか?」


 自己嫌悪の泥沼に肩まで浸かっているギルド長に、職員が言った。


「ビンツ男爵が、直接お見えになって、その……受付で暴れています! 誰でもいいから空いている冒険者をよこせと!!」

「…………はぁぁぁぁぁぁ……」


 ギルド長は、しぼんで消えてなくなってしまうのかと心配するほど、深い、深いため息をついた。


「……わかった、私が話をつける。人間に戻る時間をくれ、一瞬でいい」


 深呼吸をひとつして、ギルド長は執務室を出た。

 次第に背が真っ直ぐになっていくのが、たいしたものだなとフィンは思う。


 ビンツ男爵のような相手に下手に出ても、つけあがらせるだけだからだ。


 クレイがフィンの袖を引っ張る。


「ナントカ男爵って、前に見た煙を吐く肉ですか?」

「そうだ。でもそれは絶対に口にしないように」



 フィンたちがオフィスを抜けるまでに、ビンツ男爵の怒鳴り声が聞こえてきた。


「いいから冒険者をありったけ寄越すんだ! わしはリーンベイルの領主だぞォ!!」

「そうはおっしゃいましても……」


 受付嬢がおそるおそる応対している。

 今はあらゆる冒険者が、薬草を集めるやら家屋の修理をするやらで大忙しだ。


「こういった状況下ですから、手が空いている冒険者なんて……」


 そう口にしたギルド長と、フィンの視線が交わる。

 なにを隠そう、フィンは“手が空いている冒険者”に他ならない。


 いやしかしさすがに……。

 ですよねぇ……。


 ギルド長とフィンの間で、沈黙のうちにそんな意思の疎通そつうがはかられる。


 しかしそんな機微きびを、興奮するビンツ男爵が理解できようはずもない。


「むむむ? おい、そこのお前……ってフィン・バーチボルトではないかッ!!」

「はあ、そうですが」


 ギルド長がなにか言う前に、ビンツ男爵はフィンに銀貨の詰まった袋を押しつけてきた。


「わしはもうモルデン侯爵をお迎えに参らねばならんのだ! 金はたしかに受け取ったな!?」

「お待ちくださいビンツ男爵!! 彼らふたりではどんなに頑張っても……!!」


 ギルド長の言葉をさえぎって、ビンツ男爵はつばを飛ばす。


「金は払った! 明日の朝までにわしの庭をどうにかしろ! わしが帰ってきてもあのままだったら、縛り首にしてやるから覚悟しておけ!!」


 フィンやギルド長の返答も待たず、一方的にわめき散らして、ビンツ男爵は冒険者ギルドを出ていった。



「………………」



 しばしの沈黙が流れ――今度こそギルド長の頭はぴったりと膝についた。



「ンンン申し訳ないッッ!! 私がいながらッ!! 私がいながらァアアアアアア!!」



 ギルド長はもはや、謝罪しているのか泣き叫んでいるのもさだかではない。


「またクエストですね!」


 ニコニコしているクレイの横で、フィンは頭を抱えた。


「あの……ギルド長……」

「私はもうダメだ……こんな始末に負えない無能ギルド長は、この世に存在してはいけないんだ……いっそ殺してくれ……」



 冒険者が出払った静寂の中で、ギルド長の嗚咽おえつがホールにむなしく響いていた。





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