第七話「クレイ式、平和的解決方法」
とりあえず宿を探さねばならない。
クレイを連れて泊まれる宿となると――。
「………………」
まず思いつくのは、“恋人の宿”だ。
今の時間帯からなら、早朝までけっこう安く泊まれたりする。
「いや、ダメだな……」
ああいう場所に出入りしているのは、ベイブとレレパスみたいな連中だ。
鉢合わせるのは避けたい。
「なにがダメなんですか?」
「この状況がだよ」
「わたくしはどんな状況下でも、旦那さまといられればそれで幸せです!」
腕に回されているクレイの腕に、きゅっと力が入る。
今日、ため息をつくのは何回目だろう。
「どうしたもんか……」
「おい、そこのふたり! こんなところでなにをしている!」
フィンたちを呼び止めたのは、巡回中の憲兵だった。
「いや、その、なんというか……」
店主がマッチョになったので宿から逃げてきた、などと言えるわけがない。
「愛と将来を語り合ってました!」
「すみません、ただの散歩です」
憲兵は、フィンをいぶかしそうに見つめた。
「こんな時間に、住宅街でか」
(ついてないな……)
もう少し場所を考えて歩くべきだった。
フィンとしては、ロンゴが裸で暴れていた繁華街から、少しでも遠ざかりたかっただけである。
しかしそれが、かえって憲兵に不信感を与えてしまった。
「“冒険者殺し”でも、同じようなことを言うだろうな」
憲兵はフィンを睨みつける。
リーンベイルの憲兵隊は、街を騒がせている“冒険者殺し”を追っていた。
街に魔物が現れることがめったにない以上、犯人は人間で決まりだ。
被害者の遺体は、必ず教会の前に捨てられている。
そして、小さなナイフで切り刻んだような傷が、全身に及んでいる。
これは明らかに、同じ人間の所業だということを示していた。
「被害者は、ちょうどお前みたいなオッサンばかりだ。だからといって、犯人じゃない理由にはならんがな。こんな時間に女連れでよ」
憲兵はそんなことを言って、ネチネチと絡んでくる。
女連れで、というところがたぶん本音だろう。
「あの」
クレイが、フィンの腕をくいくいと引いた。
「こいつ、どう見ても旦那さまより戦闘力低いですよ? どうして弓を使わないんです?」
憲兵の目が鋭くなる。
やはりクレイには、常識というものが欠如しているらしい。
「人間に弓を引くなんて、滅多にやっていいことじゃない。それに彼は憲兵さんで……」
「なるほど、暴力だけで物事を解決してはいけないということですね! わかりました!」
クレイは手のひらを憲兵に向けた。
「なにをするつもりだ、貴様!」
「【ヒーーープノシーーーーーース】ッッ!!!!」
紫のもやのようなものが、憲兵の目に吸い込まれる。
目を紫色に光らせて、憲兵はプルプルと震え始めた。
「なっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
「なにをしたんだお前!?」
フィンが問いただすと、クレイはふふんと自慢げに答えた。
「催眠魔法です! きわめて非暴力的で平和的でラブ&ピースな解決方法でしょう?」
憲兵は口のはしからよだれを流しながら、空を見上げている。
「おほしさま、きれい。おさとう、たべたい」
そう言って憲兵は、その場で腰を下ろして、今度は地面をひっかき始めた。
「つち、たべたい。つち、おいしい、うふふふふふふ」
ジャリジャリと掘り返した土を食べながら、笑っている。
「アレ、治るの?」
「はい! 元に戻った例を数件見たことがあります!」
「そこは確証が欲しかったよ」
幸せそうに土を食べている憲兵を背に、フィンは急いでその場を離れた。
「なんか逃げてばっかりだな今日は……ともかく宿だ」
「外じゃダメですか?」
「ここは森じゃないんだよ」
かといって、普通の宿を2部屋借りるほどの銀貨は持ち合わせていない。
「となると……」
フィンの頭に浮かんだのは、回復術師サンティの笑顔だった。
「あそこしか、ないか」
「巣の心当たりが?」
クレイの肩をがっしり掴んで、フィンは言った。
「いいか、君は俺の親戚だ」
「そうだったんですか? 驚きの新情報です!」
「違う。親戚という“てい”で振る舞ってくれってことだ。これから知り合いのところに泊めてもらう」
このリーンベイルでフィンに対し、比較的好意をもって接してくれているのはサンティだけだ。
もとより頼れる相手は、彼女しかいない。
そしてなにより、フィンが宿探しに手間取れば、そのぶんクレイの
リーンベイルのいち冒険者であるフィンにとって、これは死活問題だ。
「わかりました! 万事このわたくしにお任せください!」
そういってぺろりと舌を出し、サムズアップを決めるクレイに、フィンはまた一抹の不安を抱くのであった。
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