第三話「これがふたりのなれそめでした」

「今日のクエストは〈治癒ちゆの薬草〉の収集だ」

「そんなの、オッサンひとりにやらせればいいじゃない」


 ベイブの腕に手を回した魔法使いのレレパスが、フィンを指さす。

 フィンは黙っているしかない。


「おいおいハニー、それだと日が暮れちまうだろ。いいか、ひとり200ラクスは集めるぞ」


 先日、強大な魔物を狩るため結成された討伐隊に、多数の負傷者が出たという。

 おかげさまで西の王都では薬草が飛ぶように売れるらしい。


 そういうわけで、パーティーメンバーの5人は森に分け入り、薬草探しを始めた。



 フィンは狩人なので、薬草などの知識に長けている。

 〈治癒の薬草〉は、朽ちた倒木の影に密生していることが多い。


 ノルマを超えて、300ラクスくらいはすぐに集まった。

 薬草をむのは嫌いじゃない。


「ようオッサン、調子はどうだァ?」


 髪にくしを当てながら、戦士のロンゴが声をかけてきた。


「とりあえずノルマはこなしたよ」

「そりゃいい、俺がベイブに届けてやるよォ。オッサンは休んでな、ギヘヘヘヘ……」


 そう言ってロンゴは、フィンの布袋を奪い取った。


 ロンゴが親切心を見せるなど、空からやりが降ってくるようなものだ。

 つまり、ありえない、嫌な予感しかしない。


 とりあえずもう50ラクスくらい薬草を摘んで、フィンは集合場所に戻った。


「おいオッサン!」


 ベイブの怒号が飛ぶ。


「そりゃ、どう見ても200ラクスもないよな!?」

「俺の分は、さっきロンゴが届けてくれたはずだが……」


 フィンが手に広げた〈治癒の薬草〉を、ベイブははたき落とした。


「なにグダグダ抜かしてんだ!? ノルマがこなせてねえから、そう言ってんだろうがよ!!」


 その横で、ロンゴが下品な笑いを浮かべている。

 フィンが集めた薬草を、自分の手柄てがらとしてベイブに渡したらしい。


 案の定、だ。


「そんなにラクしたいのかよ? なあ? なんでそこまでやる気ないんだよ、おめえはよお!」

「だから、俺はさっきロンゴに……」

「誰が言い訳なんか聞きたいつったよ!? オッサンいい加減にしろよなあ!!」


 ベイブが木を蹴りつけて、木の葉が散った。

 見れば、レレパスも腕を組んで、機嫌悪そうにしている。


「………………」


 ベイブとレレパスのことだ。

 おおかた、カップルふたりでケンカでもしていたのだろう。

 どうやらフィンは、その八つ当たりをされているらしい。


「待っててやるからよ、もう500ラクス集めてこいよ」

「ノルマはひとり200ラクスのはずだろ」

「ペナルティだよ。いつもサボってんだから、根性たたき直して来いよオッサン!」


 こうなったベイブにはもう、なにを言っても通じない。

 フィンは仕方なく、さっきはたき落とされた薬草を拾い集めた。


 しかし近くの〈治癒の薬草〉は、もうくしてしまっている。

 森の奥を目指すしかない。


 フィンは深い森へと分け入っていった。



「……ひとりのほうが、かえって落ち着くな」


 パーティーなど組まずに、ひとり黙々と仕事ができたらどんなにいいだろう。

 しかし悪いうわさのせいで信用のないフィンに、ギルドが仕事を回してくれるはずもない。


 まるで鬱蒼うっそうと生い茂った木々のように。

 縦横に張り巡らされたしがらみが、フィンの心に影をさした。


「……今は、〈治癒の薬草〉を探さないとだ」


 枯れ葉の敷き詰められた浅い谷を降りていく。

 そこは小さな広場になっていた。


「……ん?」



 広場の真ん中に、黒と銀色に盛り上がった、小山のようなものが見えた。


 少し、動いているようにも見える。


 ――巨大な魔物かもしれない。


 もし魔物であれば、放っておくと近郊の村を襲う可能性もある。

 そういった危険を事前に取り除くのも、冒険者の責務だ。


 小山の正体を確かめるべく、フィンは慎重に近づいていった。




 それは、息をのむほど美しい――しかし傷ついた、巨大な“鳥”であった。



 銀色の羽、しなやかに伸びる長い首。

 そのところどころから血を流している。

 呼吸は浅く、今にも死に絶えそうに見えた。



「こいつは、まさか……!」



凶鳳きょうほうイビルデスクレインの討伐:金貨50000枚!』


 冒険者ギルドのクエスト掲示板の上に、昔からでかでかと貼ってある。

 もはや、おとぎ話の魔物――。



 それがいま、フィンの目の前で横たわっていた。


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