最強無敵チート魔王のガチ恩返し

今井三太郎

第一章「あなたの妻です」

第一話「搾取される狩人」

 冒険者たちが集う小さな街、リーンベイル。


 ギルドの近くの食堂で、フィン・バーチボルトは、4人の仲間と共にテーブルを囲んでいた。


 このパーティーのリーダーで、魔法剣士のベイブ。

 ベイブの恋人で、魔法使いのレレパス。

 血の気が多く喧嘩っ早い、戦士のロンゴ。

 物静かな、回復術士のサンティ。


 そして最年長は、狩人のフィンだ。

 もうそこそこいい歳のフィンであったが、いまだに妻も子供もいなかった。


「さあ、お待ちかねの報酬だ」


 ベイブが銀貨の詰まった革袋かわぶくろを取り出す。


「やーん、早く配ってよダーリン」

「待ちわびたぜェ! ギヘヘヘヘ!」


 クエストを終えて金を手にする。

 こんな瞬間は誰にとっても嬉しいはずだ。


 しかしフィンは小さなジョッキを見下ろして、得物である弓のげんをぼんやりとはじいていた。


「みんな、今日はよくやってくれたな」


 魔法剣士のベイブが歯を見せる。

 そうしてみんなに銀貨が配られるのだが、フィンはいつも、いちばん最後だった。


「おっと」


 ベイブがわざとらしく革袋の中身を床に落とす。


「フィン、お前の取り分だ。ひろえ」


 年下のベイブにそう言われて、フィンはため息をついた。

 フィンはパーティーの最年長だが、扱いは最低だ。


「………………」


 フィンはイスを引いて、地面に落ちた銀貨を拾い集めた。

 そうして、またため息をつく。

 これでまかなえるのは、せいぜい数日の宿代と朝晩の固いパンくらいのものである。


「悪いな、最近はギルドの払いがしぶいんだよ」


 ベイブは半笑いでカラの革袋を逆さに振った。

 しかしその中身を、ベイブがこっそりポケットに入れていたことを、フィンは見逃していない。

 フィンの取り分だけが、いつもチョロまかされていた。

 仲間たちも見て見ぬふりだ。


「………………」


 フィン自身、手前で一流とまでは言わないが、それなりに弓の腕は立つ。

 今回、近郊の村から受けたクエストは、ゴブリン退治だった。

 フィンは、あの小さな連中の頭蓋骨を15も射貫いぬいた。

 しかし。


「オッサンさあ、もしかして自分がいちばん頑張ったとか思っちゃってんの? ウケるんだけど」


 ベイブの恋人、魔法使いのレレパスが、鼻で笑った。


 今回のクエストで、いちばんの功労者は間違いなくフィンだ。

 だがレレパスは、それが気に入らないらしい。


「でもさ、ザコがザコを相手にするのは当然じゃないの? ねえ?」

「そりゃァそうだぜェ!」


 戦士のロンゴがくしで髪を整えながら口を出す。

 パーティーの中でも、いちばん生意気なのが最年少のロンゴだった。


「オレたちはもっと凶悪なモンスターを相手にするのが仕事だからなァ! “的当まとあて”でお小遣こづかいがもらえるんだから、むしろオレらに感謝してほしいぜェ! ギヘヘへ!」


 そう言って下品な笑い声をあげる。

 とうのロンゴはというと、今日はゴブリンを3匹狩っただけだった。


「………………」


 フィンは手元の金を見下ろし、つぶやく。


「けど、これじゃさすがに生活が……」


 独り身とはいえ、これでは食べていけない。

 しかしそのひとことで、ベイブの目つきが変わった。



「……ちょっとオッサンさあ。なんか勘違いしてないか?」



 ベイブは頬杖ほおづえをついて、フィンをにらみつける。


「いい歳して弓ぐらいしか使えないあんたを、わざわざ“仲間”に入れてやってるのは誰なの? ん?」


 トン、トン、と指でテーブルを叩く。


 苛立いらだっているのではない。

 “攻撃の機会”をうかがっているのだ。


「おい、なんとか言ってみろよオッサン。自分の立場マジでわかってんのか、ええ!? 誰のおかげでギルドから仕事がもらえてるんだお前、言ってみろよオイ!」


 大声とともにイスを蹴りつけるベイブ。

 いつものことなので、振り向く客もまばらだ。


「ウチぐらいだよ、あんたに金払うの。わかってんのかな? わかってないからそういうこと言うんだよねえ!?」


 ベイブが一度こうなってしまうと、あとはもう嵐が過ぎ去るのをただ黙って待つしかない。


 フィンに言い返せる言葉はなかった。

 いや、本当は山ほどあるのだ。


 ――それでも、飲み込んだ。


 もめごとにはしたくない。

 ベイブの言うとおり、フィンには“よくないうわさ”が立っているのだ。


「……わかった、すまなかった」

「最初から素直に頭下げてりゃいいんだよ、オッサン」

「ダーリン、そんなオッサンほっといてはやく飲みたぁい。ねえ、今日は口移しで飲ませてよ」

「ギへへ、相変わらず熱いねェ。じゃあ乾杯といこうやァ!」


 ロンゴがジョッキを振り上げると、しぶきがフィンのそでにかかった。

 誰も気にするものはいない。


 ワイン、ビール、みんなの飲み物がまぶしく見える。

 フィンの手元にあるのは、混ぜ物が入った薄いエールだ。

 しかしこれだって、パンひとつ分ぐらいはする。


 節約しなくては。


 本当はさっさと帰って休みたいのだが、そうもいかない。


「ではクエストの成功を祝して、乾杯!」


 ベイブがジョッキを持ち上げる。

 フィンにとっては、むなしい乾杯だ。


 しかしひとりで酒の席を立つのは、このパーティーではタブーとされていた。

 リーダーのベイブが解散を宣言しない限り、帰れない。


「おいオッサン、踊ってみせてくれよ、裸で」

「えー、やだキモーい。キャハハハ」

「脱ぐの手伝ってやろうかァ、フィンちゃん? ギヘヘヘヘ!」


 フィンは“マト”なのだ。

 勝手に帰れるはずもなかった。


(早く、終わらねえかな……)


 じっと時が過ぎるのを待ち。

 ようやく解散となったころには、すっかり日が落ちていた。

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