第10-2話
オーディションの当日、赤城さんは先輩たちにこう言ったそうです。
「見せてもらいましょう。あなた達の覚悟、そして決意を。」
音楽に関してズルはしない。
会長さんの狙い通り、赤城さんは真剣に先輩たちの音楽と向き合おうとしました。
そしてそんな赤城さんを納得させるために、心を込めて歌を歌った先輩たち。
特に赤城さんと何らかの因縁を持っているかな先輩は助っ人という立場にもかかわらずめいいっぱい歌ったそうです。
そして、先輩にもかな先輩に負けないくらい心を込めて歌わなければならない理由があったと、私にそう言いました。
自分を信じてくれて機会を与えてくれた会長さんのために、赤城さんを納得させるために。
そして弱小部を代表して大型部でなくてもいいパフォーマンスができることを知らせなければならないという責任感。
何より、
「あのオーディション会場にはどうしても私の歌を聞いてもらいたいもう一人の人が、私の大切な人がいたんです。」
どうしても自分の気持を届けたい人があの場に、審査委員の一人としていたから。
それが誰なのか、今の私には知りません。
でも、先輩が彼女を会長さんのことほど大切にしているということだけはちゃんと分かると、私は先輩の愛しさに満ちた顔を見て分かるようになったのです。
それにはまた会長さんのもう一つの意図が隠れていましたが、それが分かったのは、少し時間が経った後でした。
最初に、副会長の赤城さんはこのオーディションを受けられるのは正式に認められた部に限る予定だったらしいです。
オーディションが始まる前に、基準を満たしてない部や同好会を統廃合して、大型部を牽制しながら、部活の管理を効率よくするのが目的だったそうです。
でもそれが会長さんの根回しによって、全部活、同好会が受けるようになって、思惑通りには進まなくなって、副会長は実に不機嫌だったそうです。
それでも彼女は真剣に先輩たちの歌と向き合い、公明正大に判断してくれました。
そして、オーディションの合格通知まで自ら届けに来たそうです。
「これはあくまで厳正な審査によるもので、会長の意思は一切含まれてません。
今回はあなた達の勝ちですわ。
はい、これは当日のステージ使用許可書ですわ。」
「あ…ありがとうございます!赤城さん!」
っと発表会のステージ使用許可書を渡す赤城さんに先輩はあまりの嬉しさに涙まで流してお礼を言いましたが、
「勘違いくださいまし。
これが学校のための過程だとしたら、わたくしはそれに従うまでですわ。」
彼女はそこんとこははっきりさせておくべきだと、きっぱりと線を引きました。
「会長には会長の考えがあるよに、わたくしにはわたくしの考えがありますわ。
そしてその考えになんの変わりもありません。」
自分は自分が信じるやり方で自分の道を歩く。
先輩たちの心を込めた歌にも彼女は相変わらず統廃合の政策を主張する強硬派のままに残る道を選んだのです。
でも、
「いい歌でしたわ。
確かにアイドルならわたくしより桃坂さんの方がずっと先輩ですわね。」
オーディションで聞かせてもらった歌はとても素敵だと、赤城さんは先輩たちの歌を認めてくれたのです。
「せいぜい頑張るのですわ。
あの時のように、途中で投げ出すまねはもう止しなさいな。」
でもかな先輩のことだけは最後まで受け入れなかったような、かな先輩に向けたその最後の一言だけはとても心が苦しかったと、先輩はそう言いました。
「なんだか出来すぎますね。」
っと辻褄が合いすぎて、むしろ怖いほどだと言うゆりちゃん。
ゆりちゃんはこの一連の過程すべてに会長の意図が隠されていると読んで、実際、私もそんな気がしました。
でもそれも全部、会長さんが先輩のことを心から信頼しているからこそできたことだと、私はそんなに悪い気はしなかったのです。
会長さんはどうしてもここまで先輩の肩を持ってくれるのか。
その答えは会長さんのあの時の言葉に全部出ていました。
「どうしてここまでやるんですの?」
っと納得できる答えを求める赤城さんに、
「だってみらいちゃんは私のたった一人の大切な人だから。」
彼女は、ただその一言で自分の行動に正当性を与えました。
自分の反対まで押し切ってこんなことをする会長さんのことがどうしても納得できなかった赤城さん。
でもあまりにも自分勝手な理由に、むしろ爽やかさまで感じたと、赤城さんは呆れましたと笑ってしまったそうです。
先輩へのひたむきの思い。
ゆりちゃんはそれを「恋」という一文字でまとめて、
「思ったよりもっと情熱的な方でしたね、会長って。」
ちょっと見直しましたと、内心感心するようになりました。
「もう…何でもそっちの方に持っていくのは失礼だよ…」
っと、私はゆりちゃんは本当にそういうの、好きだなって言いましたが、
「本当に分かってませんから、みもりちゃんは。」
ゆりちゃんは逆に分かってないのは私の方だと、ちょっとだけ文句を付けました。
「普通の女友だちに「たった一人の大切な人」とか言う人なんてそうそういませんから。」
「そりゃそうだけど…」
単に会長さんにとって先輩が特別な友達かもしれないじゃんと、反論はしていましたが、
「いいえ!会長は絶対先輩のことを恋しているんです!
ゆりには分かります!」
相変わらず人の話は全然聞いてくれない、がむしゃらのゆりちゃんでした。
「あの時、私、会長に会って感じたんです。
この人、どこか私に似ているなって。」
そしてそれが胸を焦がす恋心ということが今、分かったとズバリ言い切ってしまうゆりちゃん。
でも確かにあの時のかな先輩と赤城さんが先輩のどんくささを嘆くような発現をして、ゆりちゃんの審美眼って意外と的中することが多いですから、全くありえない話ではないかもしれません。
それに先輩って性格も良くて、優しくてこんなに美人なんだから、恋に落ちるのも無理ではないと思います。
となると、先輩ってどんだけ天然なのか…
「会長さん…苦労してるね…」
「ええ…」
「どうしたんですか?二人共?」
「なにかあります?」と無邪気に聞いてくる先輩を見て、私はまだ会ってもない会長さんの苦労を心から労わざるを得ませんでした…
なんだかんだで発表会までは首の皮一枚繋がった同好会。
でもまだ廃部の危機から完全に逃れたわけではないと、先輩は同好会の存続のために、なんとか発表会でいいパフォーマンスを披露して、部員を集めて、実績を上げなければならないと張り切りました。
もう自分には欠片も残ってない情熱と熱意に、私はなんだか自分がとても色褪せたように見えて、しばらく先輩を見つめられなかったのです。
そんな私の手を突然ギュッと握った先輩は、
「だから私はみもりちゃんとゆりちゃんが私達の同好会に興味を持ってくれて本当に嬉しいです。」
ちょっとだけでも同好会に興味を持って、来てくれた私達にありがとうってお礼を言いました。
会長さんの期待を裏切りたくない。
赤城さんを認めさせたい。
大切なここを守りたい。
そのすべての思いが取り合った手から流れ込んで、もうこんなにも胸がいっぱいになっている。
何より私の心を強く響かせたのは、
「だって私はアイドルが大好きですから。」
先輩の真っ直ぐな「大好き」でした。
飾ることなく真正面からぶつけてくる大事な気持ち。
今の自分には到底真似できない正直さに、私はとことん自分のことを色褪せに感じてしまう。
それでも、
「あ…あの…!」
私は昨日の先輩の言葉を、ゆりちゃんの言葉を信じて一歩踏み出そうとしました。
自分の心を大事に、素直に受け入れて、あの頃の大切な気持ちを思い出せる。
まだ去年の悪夢から抜け切れてない私は自分の足に張り付いている嫌な思いに戸惑って、躊躇しているけど、それでもこの一歩が私を変えてくれると信じる。
私の大好きなゆりちゃん。
そして私のことを元気づけてくれた先輩たち。
私のことを信じてくれた皆のために、この同好会のために私は勇気を出してみたい。
たとえちっぽけな一歩でも、かっこ悪くて情けない一握りの勇気でも、
「私…!先輩の力になりたいです…!」
これはきっと私を今より素敵な未来に連れて言ってくれるから。
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