第134話

「それじゃ、参りましょうか。」

「あ、うん。」


その後、ゆりちゃんは無事に私達と一緒に学校に戻る決心を固めてくれました。


「お世話になりました。鬼丸さん。」


っと先に席を外した薬師寺さんへの分までお礼を伝えるゆりちゃん。

ゆりちゃんは私のことを守るためにわざわざ同行してもらったことに心から感謝を表しました。


「…元気でな。」


初めて聞くことができた鬼丸さんの声。

でもそれはここの支配者の一人、その中でダントツで強い「酒呑童子」という人にしてはあまりにもか弱く、そして女の子らしかったのでそこにいる皆だってきっとすごく驚いたはずだと私はそう思います。


「ジン様には私からお話しますので任せてください。」

「本当にありがとうございます、黒木さん…このご恩、どうお返ししたらいいのか…」

「いえいえ。私が好きでやることですからお気になさらず。」


っと今までの最悪と言っても過言ではない関係にも関わらず快く協力を惜しまないクリスちゃんに申し訳が立たないという顔でなんと言えばいいのかただ戸惑っているだけのゆりちゃん。

そんなゆりちゃんの反応に逆に気を遣わせてしまったってむしろクリスちゃんの方がずっとソワソワするようになりましたが私はそれでも二人の間に起きた変化にすごく喜んでいました。


前のゆりちゃんだったら


「あんな胸だけ大きい世間知らずのお姫様なんて大嫌いです。」


っとろくな話もせず頭ごなしに嫌がっていたのに今は割りと普通に喋っている。

まだ完全に打ち解けたわけではなさそうですがこれだけでも一歩前進と言ったところなんでしょう。

良かった良かったー


「…何ニヤニヤしてるんですか…みもりちゃん…」

「え?」


っとこっそり微笑んでいた私の視線に気づいたやさぐれ気味のゆりちゃん。

どうやら私が自分のことをバカにしているって思っているようですけど私はただゆりちゃんがクリスちゃんと仲良くなったのが嬉しくなっただけで決してそういうつもりじゃ…


「…もうゆりとエッチすることでも想像したんですか…?スケベなんだから…」


ちげぃよ!!


「そんじゃ、そろそろババアのところへ行ってみようぜ。」


私とゆりちゃんの久々の茶番が終わって出発することを知らせる寮長さん。

寮長さんはこの一件にけじめを付けるためにもなんとしてもここの「女将」さんである「ジン」様に会う必要があることをもう一度私達に確認させたのです。

そしてそのジン様に細やかな繋がりを持っているクリスちゃんがこれから私達の代弁者として彼女に私達の立場を代わりに述べてくれます。


「彼女は古の「魔神」の一人で我々「夢魔王朝」は彼女達と緊密な関係を持っているんです。

特に私の場合は「神殿」の巫女である「神官」の役割もあってより「魔神」の方々と触れる機会が多かったんです。」


人界の「神社」にある「巫女」、神界の「教会」には「シスター」があるように魔界にも「神殿」と呼ばれる宗教団体があってそこで巫女の役目を果たしているのがクリスちゃんのような「神官」です。

うちの学校には今まで「神官」がいなかったんですが今年クリスちゃんが入学することでやっと「神殿」で祭儀を行うことができるようになりました。

今こうやって普通に話し合っているクリスちゃんですが実際クリスちゃんは「魔界王家」のたった一人のお姫様でしかも「神官」のお役目も果たしているとても偉い立場ということです。

無論本人は自分のことをただの友達として扱って欲しいと言っているんですが。


「大丈夫です。神様と言ってもそこまで固い人お方ではありませんから。むしろ私のことを本当の孫娘のようにすごく可愛がってくださって。」

「ということはやっぱりクリスちゃんもあの人に会ったことがあるんだ…」


去年私がゆりちゃんを探しに来た時、偶然出会うことができた「女将」さん。

透き通るベールで身を包んだ青い肌のその大きな巨人は帳の向こうで私にこう言いました。


「良い子。」


大切な友達を探すためにこんな危険な場所まで来たわねっと私の勇気を称えてくれた「女将」さん。

でも無理しちゃダメだよと彼女はその勇気が蛮勇や傲りになってはならないと私に忠告してくれたのです。

あの時に感じたのはただひたすらの温かさと優しさ。

到底別世界の遥かな格上の存在とは思えないほどの感覚にあの時の自分は彼女に対して神様への敬畏や恐れよりただ親しさだけを抱えるようになったのです。


「知り合いにジン様の遠い子孫がいて私自身も巫女として何度もお会いしたことがあります。

巫女の分際で直接面談を申し込むなんて随分おこがましいとは思いますがみもりちゃんと緑山さんのためなら私、頑張りますから。」

「黒木さん…」


っと張り切っているクリスちゃんのことに今までの自分の行いを改めて省みるようになったようなゆりちゃん。

今までクリスちゃんに対して散々見せつけてきた自分の酷い姿にそれなりに反省の気持ちと感謝を感じたのか


「ありがとうございます…本当に…」


私の後に隠れてその小さな声でお礼を言うゆりちゃんと


「どういたしまして。」


そんなゆりちゃんが愛らしくて仕方がないようなクリスちゃんでした。


「私がジン様にお二人に代わってもう二度とここに関わらないという意思をお伝えます。

ちゃんと謝って説明すればきっと理解してくださるはずです。」


ここでの全ての関わりを忘れるか、それとも死んでここの糧になるか、一度ここに関わってしまったものにはその二択の選択肢しかありません。

でも私がここに来て自分に会いに来てくれたことだけは忘れたくないというゆりちゃんを希望を受けてクリスちゃんは自分の「神官」という立場まで掛けて「女将」さんとの交渉を図ろうとしたのです。

そのことにゆりちゃんは大きな感謝と申し訳無さを抱えていますが


「これからもみもりちゃんと仲良くしてください。緑山さん。」


クリスちゃんはただいつものような笑顔でゆりちゃんのことを励ますだけでした。


「あ…あの…!」

「先輩?」


そしてそろそろ「女将」さんの部屋へ行こうとした時、急に立ち止まって後ろに向ける先輩。

先輩のとっさの行動に私達は一瞬戸惑ってしまいましたが


「事情はよく分かりませんがどうか勇気と希望を失わないようにしてください…!」


先輩にどうしても応援したい人があそこにいることに気づいた時はやっぱり先輩はいい人だなって改めてそう思うようになりました。


「先輩…」


先輩が走って行ったあそこには体の黒ずくめの小さな鬼の人がいて


「…ありがとう…」


彼女はただ小さな声で先輩の心からの応援に素直に応えていました。


先輩にも聞こえないほどの小さかった声。

でもその一言に込められた溢れそうな喜びと懐かしさだけはたとえ顔が般若のお面で見えなくてもはっきり分かるほど初々しいものだったのです。

それがたとえ自分の思い描いている人の声でなくてもただその気持だけは嬉しかったはずだと彼女の古馴染みである寮長さんは私達にそう話しました。


「あいつはもう百年もここで戦っている。たった一人の大切な人のためにな。」


それが先輩に初めて出会った時の彼女の口から出た「ひびき」という名前の少女であることまでは寮長さんは話しませんでした。

そしてその少女が先輩に恐ろしいほど似ていたことにも。

それでもたとえその本人ではなくても彼女は、鬼丸さんはきっと嬉しかったに違いないというその話だけはなんとなく分かったのです。

私にはなぜか仮面の中でほんのりした笑顔で笑っているある小さな鬼の少女の笑顔が見えているような気がしたのです。

あの時だけはここ「影」の「ベルセルク」ではなく、私達とそう変わらないたった一人の女の子である「影風かげかぜ凜花りんか」さんになることができたと寮長さんは後で先輩にお礼を伝えました。


「ババアの部屋はここから直接行くことはできねぇ。あのババアは結界術という無茶苦茶なものが得意で常に自分の居場所を徹底的に隠しているからな。」

「じゃあ、どうやって…」


普通の方法で彼女に接続するのはまず無理だと言う寮長さん。

ならどうしたらいいのかと聞く私達の前に現れたのは


「その必要はないよ。」


ゆりちゃんと薬師寺さん、鬼丸さんは除いた全ての「ベルセルク」の皆さんでした。


「あなたは…」


そしてその中から代表者としてある一人の少女が歩いて出た時、ゆりちゃんを除いた全員はあまりの衝撃でしばらくあそこから動けなかったのです。


「君がゆりちゃんのお嫁さんだったんだね。」


っとニコニコした笑顔で真っ先に私に話を掛けてきた小さな少女。


「初めまして~「赤座あかざすずめ」と言います~よろしくね?」


彼女はとびきりの笑みを浮かべて私に自分のことを紹介してきましたが


「ウソ…」


私の頭は混乱のあまりに未だに現実に追いついていないままだったのです。


サラサラな赤い髪の毛。

それをきちんと一本に束ねて可愛いらしいポニテールにしたつぶらの瞳を持った小柄の少女。

外の人なら誰でも知っているはずの「超」って文字が付くほどの有名人である彼女のことに私は完全に判断力を失ってただ呆然としているだけでした。


「あーやっぱりびっくりしちゃうんだね。」


そんな私の反応に予想通りって顔で


「私は君が思っているその本人じゃないから。」


まず自分についてもう少し説明を加えようとする少女。

彼女は自分のことをその「双子の姉」ってそう説明しました。


「「ことり」ちゃん…じゃないんですか…?」


そしてその正体を彼女自身から聞かれた時に先輩の口から飛び出たその名前。

振り向いたあそこには混乱しつつ心のどこかでほっとしたような先輩が悲しそうな、懐かしそうな目で彼女のことを見つめていたのです。


「残念だけど私はその双子のお姉ちゃん、すずめって言います。」


っと少し複雑そうな顔でそう答えてくる少女。

その時、私はふと先輩の心の中で複雑な感情の渦巻きが起きていることに気づいてしまったのです。


「というか胸デッカ!本当に人間なの!?」


でも多分先輩のその大きな胸に対する彼女の驚きの方が私達が感じている戸惑いよりずっと大きかったと私はそう思います。


その頃、私は入学頃に聞いたある話を思い出しました。

かつて第3女子校に通っていたある一人の少女。

その少女はあの伝説の「歌姫」と呼ばれた青葉さんや「Fantasia」の会長さんに肩を並べられるほどの圧倒的な存在感を表したがその名前はまもなく学校において禁句となって二度と生徒の間で話題になることはありませんでした。

ちょうど今私達にいるこの小さな少女の顔をした彼女の名前は「赤座あかざ小鳥ことり」。

ただいま自分のことを「赤座雀」って名乗ったこの少女の双子の妹であり先輩と青葉さん、そして学校中の皆を巻き込んで狂わせた元凶となる少女だったのです。


「これは一体…」


突然の現れた彼女の姉、すずめさん。

そこから私達の学校を巡った運命は大きく動き始めたのです。

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