第132話

町で無事に薬師寺さんともう一人のここの関係者、寮長さんのお知り合いである「鬼丸」さんと合流できた私達。

去年私がここに来た時と違って今の時期は結構忙しくてよほどのことでなければ本来薬師寺さんや鬼丸さんほどの人には会えないそうです。


「暖かくなったらここの生物達が動き出すからな。深部にいる生物達は特に気が荒いからある程度統制しておかなければ上の連中が危なくなる。

もちろんあいつらもあまり自分達の縄張りから離れたりはしないが偶にあるんだよ、そういうことが。」

「ということはここはあまり危なくないところってことですね…?」


っと聞く私に返事も兼ねた笑みの目配せを送る寮長さん。

前は一人だけで全然知らないところだったけどこうして寮長さんと先輩が傍にいてくれるだけでなんだかすごく心強い気分…


でも…


「ご安心ください、お嬢様。ここは入り口であるだけ比較的に安全でしかも紫村さんだけではなく「ベルセルク」も二人もいますので。」


私はやっぱり薬師寺さんと一緒ということが一番不安です…


ゆりちゃんを助け出すためにはどうしても会わなければならなかった薬師寺さん。

でも彼女の存在は私にとって去年のあの家のことを記憶の中から引きずり出すトラウマスイッチであって私は今こうやって寮長さんと一緒にいる間にも彼女のことを恐れています。

当然薬師寺さんも私から怖がっていることに気づいているんですが未だに変な動きはありません。

それでも私は彼女のことに関してはどうしても落ち着くことができなかったのです。


特に薬師寺さんが私に何かをやったわけではありません。でも薬師寺さんは御祖母様側の人間で付き添いでありながら徹底的な傍観者としての立場を固守していましたから。

私がどんなに泣いても、苦しんでも彼女は私に何も言わなくて何もしてくれなかったから。

私は彼女の無関心のことを何よりも恐れていたのです。


今もそう。

私達の前を歩いている彼女はちょくちょく話を掛けてきますが一度も私と目を合わせてくれない。

単に寮長さんに変な誤解をされたくないからという理由もあるはずですが本当の彼女は私なんて同じ人としても見てないってことを私はなんとなく感じています。


そんな薬師寺さんとは違って


「あ…あの…」


薬師寺さんと私達の監視、及び立会人役であるこちらの鬼丸さんからのものすごい視線…

般若のお面を被っていはいますが明らかにこちらを見ているという視線を感じて何か用があるのかなと先から先輩が何度も話しかけても


「…」


ってその度にこんな感じで目を背けられてまともな会話ができませんでした。

特に怖いっていうのはないんですがやっぱりちょっと気まずいっていうか、まあそんな感じです…


そんな彼女の反応を特に気にする必要はないと私達に説明してくれる寮長さん。


「あ、心配すんな。ちょっと桃坂のことが気になるだけだ。」

「私のこと…ですか?」


でもそれは先輩の戸惑いを強めるだけで何の答えにもならなかったも知れないと私はそう思いました。


「あいつの知り合いにお前とそっくりなやつがいてねな。随分昔のことだが。」

「そう…なんですか。」


彼女の知り合いに先輩とそっくりの人がいる。

寮長さんはただそれだけのことだと言いましたが


「私は未来から来ました。」


先輩の正体を知っている私にはそれが単なる偶然には思わない必然的なものが感じられたのです。


「あの「酒呑童子」にもそういう感情があったのですか。驚きましたな、これは。」


そんな彼女の懐かしさの感情をまるであざ笑うような薬師寺さんからの嫌味に近い話。


「…」


でも彼女はそれには何の反応もせずただ黙々と歩いていくだけでした。


酒呑童子しゅてんどうじ」。

神界の神様である「神族」や魔界の「魔神族」のように全ての「鬼」の頂点となる彼らは「鬼の王」として恐怖と畏敬の存在として古代から人々に崇められてきました。

全ての鬼の頂点、最後まで生き残った地上最強の鬼と言われているその存在が今自分の前を歩いていることがどうしても信じられなかった私は一瞬呆然とするようになってしまいましたが


「昔のことだ。あいつはもうあんなものにこだわっていない。」


彼女の代わりにそれに答える寮長さんの言葉にやっと彼女に関する手がかりの一つが分かるようになったのです。


「「外道」風情が人間のような感情を抱くなんて言語道断。よく人間の真似ができますね。」


でもいくら最強と言っても異種族のことが大嫌いである薬師寺さんにとっては誰が来ても同じこと。

薬師寺さんは何も言い返さない鬼丸さんに対する罵言を次々と並び始めましたが彼女は怒鳴ったり憤ったりするどころか


「…」


ただひたすらの沈黙で自分の行動を制限するだけだったのです。


「「赤鬼」の「灰島はいじま」と「青鬼」の「影風かげかぜ」家が生んだ最強の「人食い鬼」。

そして世界政府の樹立に結ばれた「他の種族に手を出さない」という掟を破った鬼の汚点。」


でも薬師寺さんは思ったより彼女のことをよく知っていて


「百年前の「朧月」を持った「酒呑童子」。本名「影風かげかぜ凜華りんか」。

ここでは「鬼丸」という異名で呼ばれるあなたにそういう感情があるということが私は反吐が出るほど不愉快です。」


だからこそ彼女が人間よりも自然な感情、懐かしさや悲しみなどのものを抱いてしまうことに耐えられなかったのです。


「あなただけではありません。私はここにいる外道その全てが心底から嫌いです。」


異種族を示す言葉としてよく彼らを「外道」と呼ぶ「大家」。

その中で特に薬師寺さんの異種族に対する敵意は憎悪などの枠に収まらないほど遥かに大きいものであることを自分は恐ろしいほどよく知っている。

彼女は相手が誰であろうとその剥き出しの敵意を向けて徹底的に排除する御祖母様の充実な下僕でした。


「外道の分際で私の前で喋らないでください。笑わないでください。

感情を抱くことも、痛みに苦しむのも人間だけに与えられた特権。

この地上で唯一思考し、全てを支配できるのは我々人間ですから。」


恐ろしいほど偏った人間中心主義。

古代から「大家」が唱えて掲げてきたその歪な思想は平和と共存を狂わせてやがてこの星を破滅に導く。

だからこそ「大家」は危険な存在で御祖母様と薬師寺さんは駆除するべkの世界の敵だったのです。


でも一体何故だったのでしょうか。


「そのまま交わることなく一生分からず住めば良かったのに…」


私はその話をしている時の薬師寺さんの声からほんの小さな悔いのようなものを感じていたのです。


それは初めて感じた薬師寺さんへの感情。

恐怖、それ以外私は彼女から何も感じなかったはずなのにいつの間にか彼女のことを密かに哀れんでいる自分がいる。

その理解できない思考の変化に私は自分の心に大きな戸惑いを抱えたのですがが結局私は彼女からの恐怖に負けて真実から目をそらしてしましました。


彼女に何があったのか、彼女にどんな痛みがあってそのために自分にできることは何なのか。

もしあそこで私はもうちょっと勇気を出して彼女に寄り添ったら歴史は大きく変わったかも知れません。

でも臆病の私は自分の心を守ることだけに手一杯で彼女の苦しみから目を背け、ただ寮長さんと先輩の中で怯えているだけでした。


「だったらなんでお前が私達に協力しているんだ。私達のこと、嫌いんじゃねぇのか。」


っとよく協力する気になったもんだと寮長さんはその理由を求めましたが


「大した理由はありません。私はただあの外道の小娘が嫌いなだけでそちらにいらっしゃるお方が私の主様であるからです。」


主である私が望めばその願いを全力で叶える、薬師寺さんは自分の行動についてそう説明するだけでした。


薬師寺さんが未だに私のことを仕えるべきの主と思っているのはさすがに意外としか思えません。


「去年虹森がここに来た時のこともお前の仕業なんだろう?それもそういう理由か?」

「はい。いかにも。」


でも去年私がゆりちゃんを探しにここに来た時、周りに誰も近寄らないようにしたのが薬師寺さんだったってことが知った時はさすがに驚いてしまったのです。


「ご存知のようにそちらのお方は曲がりなりにも我々「大家」の大母「鉄国てつごく七曜しちよう」様の直系。

お守りする理由はいくらでもあります。」


それが単なる好意ではないことが分かった時はなんだかちょっとガッカリしちゃったりもしましたが


「あ…ありがとうございます…薬師寺さん…」


私はやっぱりその件についてはちゃんとしたお礼をしなきゃと思いました。


「や…薬師寺さんが手伝ってくれて去年、ここで無事にゆりちゃんを連れて行くことができました…

もちろんゆりちゃんがまたここに戻って来ちゃったんですけどちゃんとありがとうって言っておかなきゃと思って…」

「おいおい。こんなクズにお礼なんてしなくてもいいだからな、虹森。」


っと寮長さんは何言ってるのってものすごい気に食わないって顔をしましたがそれでも薬師寺さんが私とゆりちゃんのために頑張ってくれたのは確かな事実ですからこれにはちゃんと応えたい。

そう思った私の気持ちがほんのちょっとだけでも届いたのか


「お役に立てて光栄の至と存じます。」


薬師寺さんは丁寧に私のお礼に応えてくれました。


「着きました。お嬢様。」


そしてある建物に入ってしばらく廊下を歩き続けてきた私達の前に現れたある部屋の扉。

その扉の向こうこそ私達のゴールと言った薬師寺さんは自分でこのドアを開けてくださいと私にそう言いました。

私は一瞬自分の足で薬師寺さんの前に立てなければならないことに怯んでしまいましたが


「大丈夫です、みもりちゃん。私が付いていますから。」


そんな私の震えている手をグッと握ってくれる先輩の言葉に勇気をもらってやっとそのドアの前に立つことができました。


「心配するな、虹森。あのババアはここの理、つまり神様みたいなもんだ。

お前はここに来た外からの来客でババアの縛りがある限りこいつは絶対お前に指一本触れることはできない。

それにもしもの時は私とこっちの般若野郎がぶちのめしてやるからな。」


っと私と薬師寺さんの間に立つ寮長さんと鬼丸さん。

その言葉に薬師寺さんはなんてことでもないと特に反応はしなかったのですが私は身を投げて私達のことを守ろうとしてくれる寮長さんの責任感の強い心がとても嬉しかったのです。


「じゃあ…開けますね…?」


そして先輩と寮長さんの応援を背中に負って心を決めた私はついにそのドアを開けて


「み…みもりちゃん…」


胸いっぱい自分の一番の宝物を迎え入れたのです。

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