第97話
その後、あいとすみれは急速に近づいた。
「頼まれた衣装、明日できるから。」
「ありがとう、すみれちゃん。」
いつの間にか下の名前で呼び合うほどの仲になった二人。
あいにとっては初めての魔界の子へのちゃん付けであった。
「助かったわ。すみれちゃんが衣装のことを手伝ってくれてその分配信に集中できて。
それにすみれちゃんの衣装、ネットですごく評判だし。」
「…そう…」
最近あいの配信を手伝うことになったすみれ。
彼女は配信内容はもちろん編集、衣装、その他諸々をたった一人で切り盛りしてきたあいのことに感動し、自ら彼女のフォローを担うことにした。
他人に頼られるのは嫌いではない。むしろそれは「赤鬼」の「鍛冶屋」としての本能。
だが自分はあまり感情や気持ちを表現することが苦手でこういう時にどのような顔をしたらいいのか全く知らない実につまらない人だった。
それがまた余計な誤解を招いてそのことを密かに気にしているすみれだったが
「すみれちゃんだって褒められると照れたりするわね。可愛い~」
不思議にあいは自分の心をきっちり分かってくれた。
「灰島さん。どこが不機嫌なところでもあるの?」
「いや…別に…」
特に怒っているわけでもないのに子供の頃からよくそう言われた。
「赤鬼」の「灰島」は代々口数が少なくて実に職人という感じがする堅苦しい一族だったが自分は一段と顔立ちはムッツリして自分から見てもいつもやさぐれて不機嫌そうに見えた。
なおかつ「赤鬼」の目は殆どの種族とは違って黒い眼に炎色の瞳が打ち込まれたただでさえ怖がられることが多くてそれが悩みだったすみれ。
「鬼」という血統に誰よりも誇りを持っている彼女だがそういう時はさすがに地味に傷つく。
だがあいはこの学校で初めて会ったみらいのように本当の自分を見透かしていた。
「私、子供の頃から立場上人とたくさん触れ合ってたからそういうのちょっと得意。
だからすみれちゃんはすみれちゃんのままでいいのよ。」
そしてみらいと同じことをあいは自分に言ってくれた。
「すみれちゃんは顔だけがちょっと怖いだけで本当は誰よりも温かい心を持っているんですもの。
それは私が保証します。」
入学してからクラスは別々でもいつもありのままの自分を受け止めてくれたみらい。
彼女は自分のかけがえのない友人で自分の心を照らしてくれる光であった。
だからこそ大切な友人のために力になりたくて「百花繚乱」の実質的なトップであるあいに接したわけだが
「…ありがとう。あい。」
「ふふっ。どういたしまして。」
あの頃、既に彼女の心にはあいに対する一段と特別な感情が芽生えたのであった。
二人はよく気が合った。
すみれは無口だが黙々とあいの話に耳を傾けるタイプで一緒に悩んであいはそんなすみれにずっと感謝していた。
やがて自分の「アイちゃん」以外のありったけの秘密まで話せる仲になって時、あいもまた彼女に今まで感じたこともない不思議な気分を感じるようになった。
すみれの協力が加わってから「アイちゃん」の人気は更に急上昇した。
再生数は鰻登りの勢いで上昇する一方でネットだけにとどまらず放送局から彼女をテーマにした番組が作られたほど「アイちゃん」はすぐ有名となった。
「ええ…?こんなに人気出ちゃってもいいのかしら…?」
っと肝心な本人は前よりずっと跳ね上がった人気にたまに戸惑う時もあったが
「それほど皆があいの凄さを分かってくれたってことだから自身持って。」
その度にすみれは今の自分にできる最高の応援で彼女を励ました。
歌、演技だけではなくファンとの触れ合いと豊富なコンテンツ。
その全てを調和的にまとめる「アイちゃん」は確かに大人気の立派なネットアイドルだったがその正体は徹底に禁秘され、その手がかりすら掴むことができず、ただの不確かで無意味な噂だけが流れるだけであった。
「なんかこれって秘密作戦みたいでちょっと楽しいわね…」
そして本人はその状況を自分なりに思う存分堪能していた。
そうやってあいとすみれは徐々にお互いのことを知り合い始めた。
あいはすみれの無口だが優しくてたくましいところが好きですみれもまたあいの凛々しいながらも純粋な心が好きになった。
何より二人共表向きにはできない本音を抱えていた故、お互いに並以上の親密感を感じられた。
「本当にいいの?大事な夏休みなのにわざわざ手伝いに来てくれて。私はいいけど…」
「平気。どうせ暇だし。」
みらいとセシリア、ゆうな以外はあまり友達がないすみれにとって休日やることは大体作業室に引きこもって服を作ったりペットの世話をすることしかなかったため、彼女は自然とあいと毎日をつるむようになった。
「「
「あーデートするのに邪魔しちゃったら悪いわよね。」
みらいとセシリアの久々の二人きりの時間を邪魔したくなかったすみれとその気持ちがよく分かるあい。
みらいと直接話したことはないがあいの寮のルームメイトはセシリアだったため、彼女のことについては割りと詳しかったあいは当然みらいに対するセシリアの気持ちも既に把握済みであった。
「ゆうなも里帰りしちゃったし確かにこの時期はやることなんてあまりないかもね。
でも旅行とか実家とか行かなくても本当に良かったの?」
「まあ、あいと一緒にいる方がずっと楽しいし別にいいかな。」
っと思わず自分の口から本音が漏れてしまった時はいつの間にか少しずつ本音が出せるようになった自分に自分でさえ驚いてしまった。
「あ…ごめん…」
「え…!?な…何が…!?」
っと今の言葉を謝るすみれにあえて平然とした顔で対応するあい。
だが既にあいの心は桃色の恋心に染まっていた。
そして1学期が終わって2学期が始まろうとする時期に合わせて二人はお互いに秘密にして密かに一大の決心をする。
「急に呼び出してごめんね…?すみれちゃん…」
「いや…ちょうど私もあいに用事があったから…」
始業式が終わってから数日後、あいは人目につかない屋上にすみれを呼び出した。
そんなあいにちょうど自分からも用事があったと言うすみれ。彼女の後ろには大切に包まれた一個の箱が密かに持たれていた。
普段と違ったどこか気まずい空気に二人は心のどこかでそこはかとない予感を感じたが
「そう…?でも先に私から言わせてもらえるかしら…?」
先に口を開けたのは「黄金の塔」の姫様であるあいの方。
あいはどうしてもすみれに伝えたい気持ちがあるように見えた。
「いきなりこんなこと言われても困るだけだって承知の上だけどどうしても言わなきゃいけないことがあって…」
握りしめた拳が震えて中からじわっと汗が滲んでくる。
誰の前でも堂々で自信たっぷりのあいだったがあの時のそうのような気分は一度も感じたことがないため、あいもまた自分の揺さぶる心に動揺していた。
だがあいは一度決めつけたのは必ず自分の手で遂げなければ気が済まない心の芯が強い子。
あいは一歩も引くことなく自分が抱いたありったけの気持ちをありのままに目の前の鬼の少女に伝えた。
「す…好きです…!あなたのことが…!」
知り合ってから3ヶ月。
あいは人生初めての恋心にくすぶっていた自分の気持ちをそのまま打ち明けてしまった。
「私…!初めてだったの…!私のことを…「
「…ごめん…あい…」
切なくて儚くても大切な気持ち。
だがその返事として返ってきたのはただの詫びであった。
「あ…」
その一言で全てのことを一気に分かってしまったあい。
そしてあいは自分が言っていた言葉の意味とそれに対するすみれのことに気がついてしまった。
「ご…ごめんなさい…そ…そうだよね…?こんなこといきなり言われても困るだけだよね…?」
初めて手に入れなかった望み。
勇気を振り絞ってやっと踏み出したそこの待っていたのが希望が絶望に変わった時、あいは一瞬心が折れそうな惨めな気分に覆われてしまったがあえて挫けそうな心を保って
「で…でもこれまでみたいに友達にはいさせてくれないかしら…?すみれちゃんが私にとって大切な人ってことは変わらないから…」
どうか今まで通りに自分達の関係だけは維持して欲しいと懇願した。
たとえ今の自分の心が届かなくてもせめて友達にはいさせて欲しかったあい。
だがそれが一歩早めた自分の間違えであることをすみれの次の言葉であいは気づくことができた。
「いや…違うんだ、あい…そうじゃなくて…」
っと後ろに隠していた包装の代物をあいに渡すすみれ。
それを受け取ったあいは一瞬キョトンとした顔で戸惑ってしまったが
「開けても…いい?」
「…どうぞ。」
そこで出てくるのがすみれがただ自分のために作ってくれた服であることに気づいた時、自分の心はちゃんと届いていたことに実感してしまった。
真っ白な和風のドレス。
純潔をイメージしたようなその純白のドレスはこの世でたった一人、「速水愛」という名前の少女のために作られたすみれの集大成の一着であった。
そして
「…先に告らせちゃってごめん…そういうのってやっぱり恥ずかしいだろう…?どう考えても私が先に言うべきだった…」
その服に乗せたひたすらの心に気づいた時、
「…うん。私の方こそあいのこと、好きだったから。こんな私のこと、素直に受け入れてくれて…」
あいはそれ以上、溢れてきた涙を堪えられなかった。
うみのこととは関係なくただ純粋にあいのことが好きになった上でやった不器用な告白。
だがそこに込められたありったけの本音をあいは感じ取ることができて
「ふ…不束者ですが…何卒よろしくお願いします…」
ただすみれから差し出した手を握ってはにかんだ顔を見せるだけであった。
「うん。私こそよろしく。あい。」
そしてそこから魔界の大手企業「灰島」の一人娘の鬼の少女と「黄金の塔」次世代トップの霊少女との隠密な「ドキドキラブスパイ大作戦」が始まったわけだが…
「え…?ちょっと、すみれちゃん…?これってもしかして…」
その時のあいはまだ知らなかった。
「そういえば言ってなかったっけ…」
鬼の娘は
「うん…
全員股に立派な
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