第4話 学校とネコ①
あんのじょう寝過ごした俺は、急いで教室に向かったものの、すでにほとんどの席が埋まっており、後ろに空席が少し残っているのみだった。
ここの学生たちは妙に意欲的な連中が多い。とくに一限目から受講するやつらなんてのは際たるものだ。そういう俺も、どうせ受けるなら見やすい場所が良い。なので、なるべく早めに教室に入るようにしているのだが、この有り様だ。
(あのガキ、せめて起こしてから出ていけよな……)
俺が寝坊した原因を作った奴は、遊ぶだけ遊んで、ベッドを占領してグースカ寝やがった挙げ句、俺を起こすことなく出ていきやがったが、朝飯を作っておいてくれていたので許してやろう。
仕方なく教室の後ろの席に陣取った俺は、形ばかりのノートを広げていたら、見知った顔の男がやってきた。見かけないと思ったら、後ろに座っていやがったのか。
「お前がこんな後ろに居るなんて珍しいな。その顔を見るに寝坊か? 夜更かしは程ほどにしておいたほうが良いぞ?」
「好きで夜更かししたわけじゃないんだけどな。オメー見かけないと思ってたら、いっつも後ろに座ってやがったのか」
「ま、いろいろあってな……」
俺の知る限りこの男は真面目な奴だ。少なくとも1年の時は前に座るタイプだった。その縁でコイツと話すようになったのだが。2年になってからあまり見かけておらず、辞めたのかと思っていたが、活動範囲が被らなかっただけのようだ。
「いろいろねぇ……アレもそのいろいろのひとつなのか?」
俺は教室の中間辺りに座っている女をこっそり指差した。さっきから誰かを探すようなそぶりをしていたが、一瞬こちらを見た時にとんでもねぇ目付きで横の男を睨んでいた。
「まぁ……そう、かな。最近一人になれる時間が少なくてさ。せめて授業中くらいは一人になりたいと思っているんだけど……なかなかなぁ」
「全国のボッチに謝っておけよ! あんまり手当たり次第にやってると、猟奇殺人のニュースがネットニュースの一面を飾るかも知れんぞ。俺はまっさきにコメントしてやるぞ。「いつかこうなると思っていました」ってな!」
「別に俺の方から何かをしているわけでもないんだけどな。状況に流されているうちに、あれよあれよと一人じゃなくなっているんだ」
「お前は何? 神様か何かなの?」
実際、俺の隣に座っているこの男は、何かと話題になる男だった。高校生の頃は何かの大会で優勝しただとか、とんでもなく頭が良いとか、とにかく何かすげぇ奴だとか、信憑性のあるものから眉唾物まで広い大学内でも話題になるような奴なのだ。
最近では世界平和と世界征服を同時に行おうとしているらしい、という噂を聞いた。
そんな噂を持つが、見た目は普通の優男である。なので俺は噂については知らないフリを貫いている。聞いてもろくな事が無いであろうことは、前の女の目付きを見れば明白だ。
気が付けば、講義はすでに後半に差し掛かっていた。俺たちは小さすぎて見えない板書を書き写すこともできず、後でオンライン講義を見直すことにして、ぼーっと残りの時間を過ごしたのであった。
終業を告げるチャイムがなり、教室内が喧騒に包まれる。俺は二時限目も同じ教室のため、のんびりしている。今更前の席に移ろうとは思わない。
隣の男は熱心にスマホを操作しているが、その横顔は余り楽しそうではない。きっとこれも「いろいろ」なのだろうかと俺は勝手に納得していた。
生徒たちの移動が終わった頃、前から一人の女がこちらに向かって歩いてきた。先ほどのものすげぇ目付きで睨んでいた女だ。目付きさえ良ければ相当の美人なのだろうが、眼が合ったものを射殺す程の目付きは、美醜の判別さえ困難にしていた。
「おい、何かこっちに来るぞ。目付きがやべぇんだけど大丈夫なのかよ?」
「徹夜でコンタクトが着けられなかったんだろうね。ふだんはもう少しマシなんだけどな」
どうでもいい情報を聞いたところで、女は俺たちの机の前に立った。あぁ、人違いじゃなかったか。とりあえず俺は石にでもなっておこう。関わらないほうが良い。
「ねぇ、どういうつもり?」
「何のことを言っているが分からないんだけど……」
「あなたが私に、この講義に出ろって言ったんでしょう!? それなのに何をするでもなく……私の睡眠時間を返しなさい!」
「いや、俺の目的は達成したぞ?」
「はぁ!? まさか私の睡眠時間を削ることなの!? そんなので弱らせたつもりでも。あなた程度に私が負けるわけないでしょ!」
「一人で突っ走るなって。遅刻クセのあるお前と確実に会うには、これが一番良い方法だったんだよ。おかげで午前中に会えた」
「普通に呼べばいいでしょ! 何でこんな回りくどいことするのよ! はぁ……来てしまったものは仕方ないわ。先に会議室に行っているからね。それから、昼ごはんはあなた持ちだからね!」
「へいへい……分かってますよっと」
「それと、騒がしくしてごめんなさいね。全部ソイツのせいだから!」
「アッハイ大丈夫です」
急に謝られた俺は、先ほどの迫力に石化しながらも圧倒されており、当たり障りのない返事しかできなかった。やはり睨んでなければ美人だったが、緩急がすごい。これがギャップというヤツなのだろうか。
「お前が居てくれて助かったよ。一人だったらアレくらいじゃ済まなかっただろうし」
「おう……十分エラい剣幕だったが、アレより凄いのか」
「ははは……」
乾いた笑いを聞いた俺は、それ以上追及することを止めた。そんなやり取りをしていた俺は、静かに俺たちの傍までやってきた人影に気付くことが出来なかった。
ネコのいる生活 吾音 @Naruvier
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