第2話 図書館とネコ②

 俺はひとつ深呼吸をして、ゆっくりと説明を始める。こういう時に重要なコトは、ウソやごまかしをせず、真実だけを淡々と話すことだ。俺は詳しいんだ。


「俺は資料室に入ってきて、すぐそばにある踏み台、ココに置いているヤツだ、を取った。んで、そのままこの本棚に向けて歩いてきたわけだ。ここまでは良いな?」

「てくてくてく……」


 女は脳内で歩いているらしい。てくてくてくと呟きながら首をゆらゆら動かしている。


「で、そこを曲がってきたわけだ、そしたら本棚の前で寝ているヤツを見た。オメーだ。分かるな?」

「あそこに……立ってた?」

「おう。んで、俺の欲しい資料はオメーがもたれてかかっているその本棚の上段だ。つまり、オメーに退いてもらわねーとこの踏み台が置けないわけだ。で、オメーに声を掛けて起こそうとしたってわけだ、分かったな?」

「ん-……」


 想像を働かせているのか、そうでもないのか、女は何やら納得のいかない様子だが、残念ながらこれ以上説明できることは無い。女はゆるゆると俺が説明した場所を指さした。


「なんだ? まだ疑ってんのか?」

「あそこに・・・・・・立ってた?」

「おう、さっき言った通りだぞ」

「あそこから……わたしを見た?」

「? おう、でっけぇネコみたいなのが居るなって思ったな」

「ん-……わたしのぱんつ見た?」

「ぶっ!!? 何言ってんのオメー」

「わたしの座り方だと……あそこからぱんつ丸見え。……みた?」

「いや、暗くてよく見えなかったからな。見てないぞ」


 完全な嘘である。しっかりと脳内メモリーに保存済みだ。自慢じゃないが記憶力には自信がある。今後しばらくはハッキリと思い出せることだろう。だが、俺は見ていない。今そういうことになったのだ。


「ん-……それはうそ」

「え? 何? お前エスパーか何かなの?」


 じぃっと寝ぼけ眼が俺の眼を見つめてくる。瞳の中に移っている小さな自分が早くも白旗を準備しているように見えた。


「だってここ……明るいし」

「おうおう、そうだったな! 陽当たりの良いとこで寝てたなオメーは! 確かに見えたぞ! 丸見えだったからなぁ!? 見ようとしたわけじゃねーんだぞ!? 分かったかオイ!」

「ん。ならしょーがない?」

「おう」

「わかった」


とりあえず逆ギレしておいた。正論には逆ギレしかない。テストに出るからな?

勢いが功を奏したのか、それっきり女は黙ってしまった。いつまでも付き合っていられない、そもそも俺は何をしに来たのか……


「納得したか? じゃあそこを退いてくれ。もう日も当たってないだろ?」

「ん」


のろのろと立ち上がると、真っ白いふわふわの座布団が顔を出した。その座布団を拾い上げようと屈んだとき、緩めた服の胸元から、バッチリ見えた。むしろ柔らかそうな腹まで見えちまった。さっきまでの不毛なやり取りを思いだし、俺は頭を抱えた。


「オイ!」

「んー……すぐにどくからまって」

「オメー乳丸見えだぞ? わざとか?」

紳士な俺は指摘せずにはいられなかった。自分の胸元を指差しながら教えてやる。


「?……!?」


女はばばっと胸元を抱きしめながら慌ててボタンを留め直した。


「……みた?」

「おう。見えた、だけどな」

「ゆだんもすきもない……」

「オメーが油断も隙も有りすぎなんだよ! 何なのオマエ、いっつもそんな調子で生きてんの? それで無事だったの? スゲーな!! つーかよ、パンツよりそっちのが恥ずかしいのかよ! 今日だけで俺の女性観変わっちまうよ!?」

「あっち……むいてて」

「おう……悪い……」


若干の気まずさを感じながらも、素直に回れ右をして本棚に向き直った俺は、ようやく当初の目的を思い出し、足場を設置して資料を物色し始めたのだが……


「もーいいよ」

「……」

「? もーいいよ?」

「……」


資料漁りに集中していた俺は、突然ぐいっと服を引っ張られ、後ろに倒れ込む間抜けは防げたが、その勢いのまま回転し、キレイに女を本棚に押し付ける形になった。そうはならんやろ。


「……もーいいよ?」

「おう……」

「かべど……」

「いーや! 違うね! 俺は壁に手付いてねーもんな! オメーの肩を掴んでんもんな? 壁ドンより酷ぇなこりゃ! だが言わせてくれ! オメーがいきなり引っ張ったからだからな!」

「きこえてないのかなって……」

「おうおう、聞いてなかったよ悪かったな! 次はもうちょい優しく知らせてくれよな!」

「えと……ちょっといたい……」

「すまん……」


慌てて肩を離した俺は、悪気の無さを説明しようとしたが、女のカバンから小さなアラーム音がした。音聞くのなんて久しぶりだな。


女はカバンからスマホを取り出すと、何かを確認してアラームを切った。そして首を回し、腕をあげて大きく背伸びをしたあと、こちらを見た。背伸びした時に完全にヘソが見えたが、気付かないフリをしておいた。


「んー……ちょっと寝たりないけど、十分かな。そこのキミ! 面倒かけたね! ゴメンね! さっき私のおヘソ見せたので許してね!」

「見てねぇよ見えたんだよ……見せたって言ったかオイ!?」

「あはは。寝ぼけた私に付き合わせてゴメンね! あーでも……」


いきなりハキハキ話し出した女は、わざとらしく頬を染めた。


「パンツもブラ、どころか胸も見られたみたいだし、私の方が少し損をしたかもね?」

「見てねぇよ、見えたんだよ!」

「あはは……できれば忘れて欲しいな。見られたのが真面目な男の子で良かったよ!」

「そうだぞ、俺が紳士じゃなかったら、エラい目に合ってたかもしれんぞ。気を付けろよ!」

「ふだんは人が近付くとすぐに目が覚めるんだけどね。疲れてたのかなぁ……」


女はそれだけ話すと、話は終わったとばかりに帰り支度を始めた。俺は状況を飲み込めずに茫然と女を見ていることしかできなかった。


「迷惑かけてゴメンね。また会うことがあれば何か埋め合わせするね。それじゃ」


 それだけ言って女は資料室から出て行った。時刻は17時を少し過ぎたところだった。何だったんだ一体……











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