ネコのいる生活
吾音
第1話 図書館とネコ①
「資料室の利用、承りました。館内ではお静かにお願い致します」
受付の女性から入室許可をもらい、閲覧スペースの奥にある、資料保管室へ向かった。
そこには、一般的でない極専門的な資料や、目的外の利用に制限がかかる資料が保管されている。
最も俺の場合は、資料の閲覧というよりは、通常の閲覧スペースに比べて、こちらはほとんど利用者がおらず、その静けさを俺は気に入っている。
体面上、資料を使わないわけにはいかない。せっかく申請しているのだから、研究に役立つ資料のひとつくらいは見付けたいものだ。そうすれば、これからもここに通う理由を正当化できる。
資料室の右側奥、社会学の書架へ向かう。その途中、踏み台を持っていくことも忘れない。だが、今日その踏み台が利用されることは無かった。
――目的の書架の前に、ネコがいた。
資料の劣化を防ぐためか、窓から入る陽光は限られているが、ネコは数少ない陽当たりの良い床を選び、小さく丸まっている。
豊かな飴色の毛並みは、陽光を受けて黄金色に輝いており、細くしなやかな脚は、膝を抱えていても十分なエネルギーを感じさせる。無防備に晒された膝上から太腿に視線を辿ると……見えた。
何だコイツは。ずいぶんとデカいネコじゃねーか。よりによってこんな所で日向ぼっこかよ……
「おい、オマエそんな所で寝られると邪魔だ。あっち行きな」
俺は面倒くささを隠そうともせずに、ネコを起こそうと肩を揺すった。
「……ぅ」
「そこ退いてくれ、資料が取れん」
「……」
「いや、起きろって……しゃーねぇ」
なかなか起きてくれないネコに、非情な手段を用いる決心を付けた。そう、ヒゲを引っ張るのだ。コレをやっちまうと、起きてはくれるが好感度はダダ下がりだ。
ふだんなら躊躇うところだが、どうせ一見さん。今さえ良ければそれで良い。
「ほれほれ、起きろ~」
このデカいネコにはヒゲが無いので、仕方なくほっぺたを掴んで引っ張った。おうおう、めっちゃ伸びるなコイツ。みょーんと伸びたほっぺたを上下に動かしていると、ようやく気づいてきたのか、ネコがむずがり始めた
「……うぅ……むむぅ……なぁにぃ~?」
「起きたか、そこ退いてくれ」
「うぅ……あつぃ……」
「まぁ陽当たりが良いからな……!!?」
ネコは肩に掛けていたカーディガンを投げ捨てると、スカートからシャツを出し、ボタンを外し始めた。
「オイオイオイ、バカ! 何やってんだ、寝ぼけてんなバカ!!」
「もう……あつぃ……ってば……」
第2ボタンまで外し、次のボタンに手を掛けたタイミングで、投げ捨てたカーディガンを頭から被せることに成功した。今回も完全に上が見えた。
もごもごと何かを言いながら、カーディガンを頭から退けたネコが、ようやくこちらに気づいて顔を向けた。
「んー? だれ?」
「ここの利用者だよ。オメーがそんな所でデーンと陣取ってるからよ、資料が取れねーんだわ」
「そーなの? ふぁ」
「おう」
「ん-……ん? うん?」
ネコ、もといネコみたいな女は、小さなあくびをしたあと、ネコの様に目をゴシゴシ擦り、大きく体を伸ばした後、自分の様子をゆらゆらと確かめていると、自分のシャツのボタンが外れかかっていることに気付いたようだ。まったく、俺が紳士で良かったな。
十分に間を開けたあと、自分の中で答えが出たのか、ようやくこちらに寝ぼけ眼を向けた。
「ちかん?」
「ちっげーよ! オメーが勝手に脱ごうとしたんだよ! むしろ俺は止めてやったんだよ!」
ここは図書館だ、俺は可能な限り小さな声で怒鳴るという、新たな技を開発しちまった。
「そーなの?」
「そうだよ! ここに資料を取りに来たらオメーが寝てるから起こそうとしただけだよ! そしたらオメーが暑いとか言いながら脱ごうとしたんだろ! 思い出したか?」
「ん-……」
とんでもねぇ事言いやがるなこの女、しかしあれだ、全く身に覚えが無いにもかかわらず、痴漢を疑われるとやけに言い訳っぽく聞こえるのはどういうこった?
「起こすのに……そんなに近づく必要……なくない?」
「オメーが声掛けても起きなかったんだろーが! だから肩叩いて起こしたんだろうが!」
「ん-……ほんとうにそれだけ?」
寝ぼけ眼でじっと見つめられていると、天に誓って疚しいことが何もないのに、なぜか詰問されているような気分になってきた。なので正直に言うことにしな。全く疚しいことは無いしな!
「いや……叩いても起きねーから頬っぺたを引っ張った」
「ん-……? ちかんじゃない?」
「だから違うっつってんだろーが! 良いか、想像してみろ! オマエ見つけてからの俺の行動を説明するからな!」
「ふむぅ……?」
女は素直に想像する姿勢に入る。寝ぼけ眼はそのままだが、その目に少し真剣味を帯び……てんのか? 分っかんねぇなコイツ。
とはいえ、まずはとんでもねぇ誤解を解かないことには話が進まない、それどころか俺が社会的に死ぬ。とりあえず話を聞いてくれるヤツで助かった。説明すれば分かってもらえるはずだ。
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