紅い薔薇を手折るなかれ
緋雪
第1話
6月、昨日からやっと2日連続の晴れた空が、すっかり地面を乾かしていた。気温は高めでも乾燥しているだけで涼しく感じる。
非常階段の隅っこの壁にもたれて、彼女は小さく座っていた。瞳は涙で潤み、どこか遠くを見つめている。
綺麗な子だった。色白でストレートの茶色っぽい長い髪。華奢という言葉はこの子のためにあるのではないかというくらい、儚げな子だった。
「紫苑せんぱ〜い! こんなとこにいたんだ〜。一緒にお弁当食べようって約束したじゃないですかぁ!」
同じ部活の後輩、
非常階段の子に、自分が見ていたことを知られてしまったかもしれない。だけど、彼女の方を見ていたわけではない。偶然そこに居合わせただけで、彼女には気付いてなかったと、そう思ってくれていることを願った。
紫苑には、知られるわけにはいかないことがあったから。
「紫苑先輩、おそ〜い。どこにいたんですかぁ?」
1年生の
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
紫苑は誤魔化す。
「まあいいじゃん。食べよ」
「あっ、先輩、これ、あたし作った卵サンドなんですよ」
「あ! 何それ、
「あ、先輩、あたしのチキンソテー貰って下さい!」
負けずに菜々が参加した。
紫苑は苦笑いだ。
「そんなに貰うと、太っちゃうから。ありがと。気持ちだけ貰っとくよ」
後輩たちにニコッと笑いかけると、彼女たちは一斉に黄色い声をあげた。
そんなこと、「女子校じゃ、よくあることよ」って
「よ、紫苑、また後輩ちゃんたちとランチしてたの?」
中学からの友達、
「笑い事にするけどさあ……」
「いいじゃん、モテて」
「あたし、女だよ? ……多分」
「多分、な」
「女の顔して、女の身体で、女の恰好をしているんだけどなあ」
「バスケ部の副キャプテンやってて、そんだけ背が高くて、頼れるお姉様だもんな。イケメンだし」
「なんだよ、イケメンって」
紫苑も笑った。
顔立ちが整っていて、少し中性的な感じなのもあってか、顔と背の高さ、人柄と人付き合いの良さで、男女問わずモテていた。特に後輩たちはファンクラブのようなものを作っていて、今日のように、時々昼休みにランチに誘われるのだった。
「それにしてもあの子……あんな子、この学校にいたかな……」
午後の授業が始まるので、自分の席に戻って、紫苑は彼女のことを思い出す。非常階段で小さくなって泣いていた子。とても儚く消えてしまいそうな綺麗な子。
紫苑は、その子のことが、ずっと気になっていた。
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