第11話 謎の画鋲

「めちゃくちゃ静かですね。人がいない大学って不思議な感じです」

 愛海は率直な感想を口にしていた。そして、大学は常に多くの人がいる場所と認識しているものだなと気づかされる。そんな普段とは違って静まり返った大学の中で、現場を示す黄色いテープは不自然さをより際立たせていた。

「ここだ。中に入っても構わないが、手袋の着用は忘れないようにしてくれ」

 小川はそう言って晴人に白い布手袋を渡す。晴人は素直にそれを嵌めると、すぐに黄色のテープを潜って研究室の中に入った。小川と愛海もそれに続く。

「これは、思っていた以上に狭いな」

 現場に入った晴人の感想はこれだった。写真で見ても狭かった現場は、実際に立ってみるとその狭さが際立つ。細身の晴人が机の周りを歩く分には問題ないが、少しでも体格がよかったら机か本棚にぶつかるだろう。そうなると、この研究室は横歩きにしか移動できないことになる。

「座ったら身動きできないんじゃないか」

 三つある座席のうち、中井の使っていた窓際の席は十分に空間があるが、研究員二人の席は狭そうだ。試しに椅子を引っ張り出してみると、何とか座れる程度の空間しか確保できない。

「ここで働いている全員が細身だったから良かったようなものだな。デブと体育会系はお断りって感じの席だ」

 試しに一番体格のいい小川が座ってみると、より幅がギリギリであることが解る。こりゃあ困るぞと、警察官らしく筋肉質な小川は困惑顔だ。

「空間の制約が多い中、正面から刺された死体か。それも仰向けに倒れていた。この時点で不可解でしかないな」

 晴人はそう言うと、横が駄目なら縦方向しかないだろうなと天井を見る。しかし、そこにあるのは蛍光灯だけで、特に変わったものは見当たらない。

「天井を調べてもらいますか」

 あまりにじっと見ているので、鑑識を呼ぶかと愛海は提案する。

「いや、空間の幅としては横よりも大きいが、レーザーが無理だろうな。あれは安定させていないと照準がずれて威力が落ちる。もし大掛かりな機械を天井に取り付けたのだとすれば、何の傷も残っていないなんてことはないだろうし」

「そうですねえ」

 それでも、初めて別の可能性が生まれたような気がして、愛海はじっと天井を見つめる。すると、小さな画鋲が刺さっていることに気づいた。

「あんなところに画鋲がありますね」

「何だって」

「ほら」

 愛海が指さしたのは蛍光灯のすぐ傍だ。今は電気を点けていないおかげか、そこに画鋲があることをはっきりと見ることが出来る。

「まさか本当に天井を利用しているのか」

 小川は冗談だろと唖然としてしまう。一方、晴人はじっと画鋲を見つめていたが

「どうだろう。おい、菊池。スマホであの画鋲をアップで撮ってくれ」

 と指示してきた。肉眼では限界があると感じているらしい。晴人はコンタクトをしているはずだが、それでも見難いようだ。愛海の目がたまたまよかったから確認できたようなものらしい。

「了解しました」

 その手があったかと、愛海すぐにスマホのカメラで画鋲を狙った。小さいものだから、あまり拡大すると画像がぶれてしまう。ぎりぎりはっきり写る倍率で三枚撮った。

「どうでしょう」

「スマホはお前が持っていてくれ。後で松島に「勝手にスマホを触ったらしいな」なんて嫌味を言われちゃ敵わない」

 スマホを渡そうとするのを制して、晴人はじっと画面を覗き込む。こんな場面でまで厳格にルールを守らなくてもいいだろうと思う愛海だが、上層部の警戒っぷりを思い出し、晴人の厳格さも仕方がないかと文句は言わずにスマホを支えた。

「これ、画鋲というより針だな」

「ええ。画鋲の頭がない感じっていうか、金属部分だけですね」

「なんでそんなもんが天井に」

 三人揃ってスマホから天井へと目を向けた。あそこに針が刺さっている理由が全く解らない。しかし、晴人ははっと何かに気づき、スマホの画像を食い入るように見つめた。そして、なるほどと指をぱちんと弾く。

「この方法ならばレーザーのような傷が作れるかもしれない」

「何だって」

「解ったんですか?」

 閃いたという晴人に、本当かと刑事二人は詰め寄る。それに、まだ方法としてあり得るという程度だと窘められる。

「ともかく小川さん。あの針を鑑識に調べてもらってください。それと、このパソコンについて調べてもらえますか」

「パソコン。中身が関係あるのか。それだったらすでにサイバー犯罪対策課が調べているだろ。だからWIOとのメールが出てきたんじゃないのか」

 三台あるパソコンはそのまま置かれているが、中のデータは警察が調べているはずだ。そう言うと、晴人は違うと首を横に振った。

「調べたのは中井のパソコンのみでしょう。それはなく、この横の二台、これがちゃんと正常に動くかどうか調べてください」

「正常に動くか?」

 それってどういうことだと、小川は不可解な指示に顔を顰める。しかし、晴人はすでに本棚に目を向けていて、話を聞いていない。小川は文句を言おうかと思ったが、面倒そうなので愛海に耳打ちした。

「人の話を聞かない男だな」

「ええ」

 いつものことですと、愛海は同意する。日々真面目に警察に協力している晴人だが、人の話を真面目に聞くタイプではない。自分が理解出来たら、さっさと切り上げてしまうのだ。

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