第2話

夏休みといえばプール。


家から自転車で坂を降りて、商店街をまっすぐ行った先にルナスと呼ばれるアクアリゾート総合型レジャー施設がある。


 幼馴染の詩織とルナスに行く約束をしており、今支度してるところである。


「今日は暑いな。はやくプールに入りたい」


 海パン、タオル、ゴーグル、財布。

これだけあれば充分か。


 新田詩織。小学生の頃からの幼馴染。

 クラスで孤立していた俺と詩織。


友達グループの輪から逸脱した者に待ち受けるのは孤独。


俺がグループに馴染めなかったのは、そもそも作ろうとしてなかったから。


 集団の中には必ずリーダーとなる、輪の中心に立つ人物がいる。そいつに合わせないとみんなから嫌われる。それが面倒だった。


 詩織はそうではない。

 詩織はカードゲームが好きで、同じクラスにいた時から、学校にカードを持ち込んで、いつもカードと睨めっこしていた。


 女の子がカードゲームをするのは今の時代珍しいことではないが、小学生の女の子となると、周りから浮いてると思われても仕方ない。


ピンポーン。


チャイムがなる。

詩織が来たようだ。

俺は玄関の戸を開ける。


「お待たせ。ちょっと待たせたか?」


「うん、大丈夫。私も今来たところだから」


詩織は笑顔を浮かべて、青空を見上げる。


「今日暑いね」


「夏だからな」


「そうだね。夏だよね。私、暑いの苦手だから、早くプールで泳ぎたいな」


「でも、詩織は泳げないだろ。金槌だけど大丈夫なのか?」


「それなら大丈夫!」


詩織はカバンから浮き輪を取り出して、自慢げに浮き輪を見せつけて、得意げな表情をする。


「浮き輪ねぇ。いい歳の乙女が浮き輪かぁ。お前、恥ずかしくないのか?」


「恥ずかしくなんて、うん、大丈夫、大丈夫だから」


少し気まずそうに詩織は言った。

詩織が学校の水泳の授業で泳いでるところを1度も見たことがない。泳いでるというか、必死に犬かきしてた。ビート板でなんとか水に浮いてた。


「もうすぐでルネス着くな。今日は楽しもうぜ詩織」


「そうだね。私、お昼ご飯、何食べようかな」


「おいおい、泳ぎに来たのに食事の話かよ」


「カレーうどんとかフランクフルトとかデザートも何食べようかな。考えるだけで、テンション上がるね」


食うことばっかりじゃねえか!


「詩織は体が細い方なのによく食べるのか?」


「そうだね。一般的な女の子よりは食べると思うよ」


「そっか」


ルナスに着いた。

リゾート地でもあるルネスはアミューズメント施設も備えており、学生2人だけで行くには贅沢かもしれない。


受付を済ませたあと、更衣室へ向かった。

家族でプールに遊びに来た小学生と父親が大半。昔俺も父さんや母さんとよく来たっけ。なんか懐かしい。両親は今は忙しくて、普段あまり家にはいない。それゆえに家族で出かけることはしばらく無かった。


「さてと。着替えたし、向かうとしますか」


冷たいシャワーを浴びて、プールへと向かう。


詩織はまだ来ていなかった。


「そういえば、あいつどんな水着してるのかな」


中学に入ってからは水泳の時間もなくなったしな。


「お待たせ。千歳くん」


「お、来たか」


レディースのワンピース水着。色やデザイン、露出も控えめだが、それが詩織の落ち着いたイメージとマッチして、詩織の魅力を表現している。


「あの、どうかな。私の水着。あの、千歳くん、目がエロい」


「あ、悪い」


 俺としたことが、同級生の幼馴染の水着に見入ってしまった。別に、いや決してムラムラした訳ではない。というか俺どんな顔してたんだ?


 「知ってる?今日、ここで面白いイベントがあるの」


「面白いイベント?なんかあんの?」


「プロのカードゲーマーのダイゴさんのエキシビジョンマッチがあるの」


詩織は昔からカードゲーム好きだからな。

俺はカードゲームの全く知識ない。

カードゲームを見ても、正直何やっているか分からない。


「やっぱり、今でも詩織はカードゲーム好きか?」


「うん、大好き」


昔から変わっていないな。

そういえば、俺には、何があるだろう?


これといった特技や趣味はない。

広く浅くの域。


俺も何か取り柄が見つかるといいな。


「千歳君、最初はどこ行く」


「そうだなあ、流れるプールはどうだ?」


「え、でも溺れないか不安だよ」


いいからいいからと言って、俺は詩織の手を取り、流れるプールへと足を運んだ。


詩織は戸惑いながらも、抵抗はしなかった。

若干、頬が赤くなっている。


 「ほら、ゆっくり足を浸けて。足が着くまで、手を繋ぐから」


「ありがとう」


詩織の両足が着き、プールサイドの手すりまで誘導する。


「待ってろ、俺も今浸かるから」


気持ちいい。

程よい水温で体全体が熱から解放される感じ。いいねえ。来てよかった。


「きゃ、凄い、流れる、怖い、助けて」


詩織が手すりに捕まりながら、ブルブルと体を震わせている。


「ほら、掴まれよ」


俺は詩織に手を差し出し、詩織は俺の手を掴む。


 水の流れに逆らわず、一定のテンポで脚を浮かせながら、ゆっくりと進む。

 室内の流れるプールは屋外へと続いており、外はドリンクサービスや温泉などもある。


屋内の流れるプールの出口のひらひらをくぐり、外に出る。


「詩織、何か飲むか?」


「今はいいかな、私は歩いてるだけで楽しいから」


「おいおい、せっかくプールに来たから、ここは歩いてるじゃなくて、泳いでるにしような」


「うん、そうだね。私たちさ、周りから見たらカップルに見えてるのかな?」


「どうだろうな。友達以上恋人未満ってところか。分からんが、人によっては見えてるかもしれないな」


「そ、そう…」


カップル。

恋愛か。

確かに俺たちの関係は?

恋人?友達?

そもそも、人を好きになるってどんな感覚?

 カップルって何するの?分からん。弘人のようにギャルゲーをやるべきだったか?


「千歳。ねえ、千歳君ってば」


「お、おう」


ボーとしてた。

詩織は「あれどう?」と言って向こうを指差す。先には夏の定番、かき氷だ。


「かき氷か。そうだな。1つ食べるか。あれ頭ツーンとくるだろ。何度も来ると癖になるよな」


「ならないと思うよ」


詩織は笑みをこぼして、プールから上がる。


「かき氷、どの味にしようかな」


「かき氷はシロップの香りや色による錯覚で味が違うと感じるんだ」


「へえ、千歳君物知りだね」


「だから、シロップをかけなくても、味は変わらないと思うぞ」


「千歳君、私、ただの氷を食べるのは嫌なんだけど。それに錯覚起こすのはシロップをかけた時前提だよね」


あ、バレたか。


詩織はどちらかと言うと天然だから、もしかしたら騙せるかと思ったが、流石に見くびりすぎたか。


「あ、千歳君。いちご味なんだ。意外と可愛い一面もあるんだね」


「そうか?いちご味をなめたらあかんぞ。赤といえばこの味。ありとあらゆるジャンルの中心に立つ色。それが赤だ。赤は主人公の証だ」


「ふふふ、千歳君可愛いね」


駄目だ。詭弁が全く通じていない。

それどころか軽く流された。


俺はかき氷をスプーンで1口食べる。


「んー、つめアマ!」


冷たいと甘いを一言で表した言葉だ。

 

「千歳君は可愛いなあ」


「可愛いって、お前、俺の外見のどこが可愛いんだ?男前と言ってくれた方が嬉しいんだが」


「千歳って気が優しいけど、不器用なところあるから、可愛いって思うことがあるし、一緒にいて楽しい。」


「そ、そうなんだ」


気恥ずかしさに頬が赤くなる。


苦笑いして誤魔化すが、動揺はおそらく隠しきれてない。その証拠に詩織はニコニコ笑っている。


「ご馳走様。美味しかったな」


「そうだね。あ、そういえばそろそろかも」


「なんだ、何かあるのか?」


「ダイゴさんのエキシビジョンマッチ」


ああ、カードゲームのね。

外の会場では人が大勢集まっていて、舞台では準備が行われている。


「ダイゴさんだ。私行くね。千歳君も行こうよ。絶対楽しいから!」


「仕方ないか。俺も行くよ」


カードゲームなんてトランプぐらいしか分からんが、雰囲気を楽しめればいいか。


俺は会場へと移動した。






 






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