帰宅 (注)ショッキングな描写あり
がちゃがちゃがちゃ
擦り込む。
がちゃがちゃがちゃ
受け皿。曲面の凹。
金属板の先がつるつる滑って
耳障りなワルツ。
なんでだっての…
「あっ。」
見てみればどうという事はない。
右腕、手首が差し込み口の少し上。
その気を感じさせない異様な脱力。
手のひらをマリオネットみたいに
只ぎこちなく操作するのみ。
ーーー、なんて無様。
「っ、カギってのは差し込み口に水平に。」
肘の位置を少し下げて。
項垂れたっきりの右手首を
左手でもちあげる。
当然。穴に数ミリ沈み込む。
あとは肩から肘関節にかけての
伸長でもって差し込むのみ。
がちゃり。
「た…」
言い慣れたセリフ。
吐き出そうとしたはずだ。
でも出てこない。
空虚。
胸骨の堅苦しさはありありと分かるのに
肋骨から下はごっそり取りこぼしたみたい。
うちの玄関は真っ当で
玄関開けたら左手に階段と洗面台。
正面にはすりガラスつきの木目ドア。
「そっかぁ。家出た時
アタシ、フタしていったんだ。」
冷たいドアノブに手をかけた。
ぎいぃぃ
そして見上げる。
「待たせてごめんね。母さん。」
ぷらん。
ぶら下がっていた。
朝と一緒。
繰り返していた日々の名残りが
垣間見える生活圏にて。
異質。
冷たく、どうしようも無く
質量じみた重りとして
ーーー、母さんが。宙に浮いている。
アタシんちは2階の廊下と
1階リビングが吹き抜けで
無論その間には太い梁があった訳なんだが、
それで。
「…………今、下ろすからね」
ゴルフバックを下ろす。
ジッパーなぞってガサゴソ。
ホームセンターのレジが
退屈そうなチャラ男で本当に良かった。
板の間のフローリングに
ぶっきらぼうに投げ捨てていく。
剪定用のナタに高枝バサミ。
ハンディナイフ、出刃包丁。
薄っぺらいノコギリと弓張り式の糸鋸。
ハンディソーともいうらしい。
黙々と。
先ずは刃渡り30センチをゆうに超えた
長ナタを手にとって鞘から抜く。
「はは、」
ーーー、訳が分からない。
本当ならアタシだってそろそろ受験生。
当然今日だって学校はあるし
こんな物騒な凶器、
触る事だって無いはずなんだ。
もう一度、見上げる。
ーーー、何も分かんない。
紐に繋がれて宙にういてる。
なんだっけ、これ。
ひっくり返る現実感。
まるでアタシが天井にいて…それで…
「あ、ああ…あぁああぁあああぁ!!」
抱える。抱える。抱える。
何を…?頭を…?
抱える。抱える。抱える。
こぼしてしまいそうで。
このままじゃ。このまんまじゃ。
アタシのアタシを。全部、全部。
この身体から取りこぼしてしまいそうで。
必死に。必死に。
小さくうずくまって。
無防備な背中の曲線が
空虚に滲んでいく喪失感に耐え忍んでいる。
「うっ、うう…うぁああ…ぐう…あぅ…」
その時、
ピンポーン。
こんな状況。
一ミリだって他人と関わって
いいハズないんだけど。
少なくとも今のアタシは
只それだけのインターフォンで
どうしようもなく救われてしまった。
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