No.27【ショートショート】空色のウサギ
鉄生 裕
空色のウサギ
『空色のウサギを見た者は、必ず幸せになれる』
それは、私と妹の菜々の二人だけしか知らない秘密だった。
その日、私たち家族は菜々の提案でキャンプ場に来ていた。
「今日はなんと、このキャンプ場に一泊します!!イエーイ!!」
いつにも増してハイテンションな父を、
私と母は冷めた目で見つめた。
「やった!お泊りだ!お姉ちゃん、お泊りだよ!」
ハイテンションの父はキツイが、
菜々が楽しそうだから良いとしよう。
「それじゃあ二人は、枯れ枝を探してきてくれる?
菜々、ちゃんとお姉ちゃんのいうこと聞くんだよ」
父とは正反対の性格の母は
キャンプ場に着くなり、私と菜々にテキパキとそう指示した。
すると、この日のために購入した大型のテントをせっせと運んでいた父が、
「菜々ちゃん、森でクマさんに会った時はどうするか知ってるかい?」
と、いつものように菜々へのダル絡みを始めた。
「う~んとね、お友達になる?」
なんて可愛らしい回答なんだ。
あんな父親から、よくもまぁこんな可愛い妹が生まれたものだ。
「たしかにお友達になれたら楽しいかもしれないね。
でも、もし本物のクマさんに会ったら、その時は死んだフリをするんだよ。
どうやるのかパパが見せてあげよう」
そう言うと、父は白目をむきながら
その場に倒れるフリをした。
そんな父を、またしても私と母は冷めた目で見つめた。
「それじゃあ、探してくるね」
そう言って菜々の手を握ると、
「菜々のこと、お願いね」
と母が私の耳元で言った。
枯れ枝は思っていたよりもすぐに見つかった。
私と菜々が両親の元へ戻ると、
テントはまだ全然出来上がっていなかった。
「お父さん、大丈夫そう?」
「キャンプなんて初めてなんだから、
もっと簡単にできるテントにしなさいって言ったんだけどね。
せっかくだから豪華なのにしようって聞かなくて、その結果がこれよ」
母は呆れた顔をしながら言った。
「ママー、ちょっと手伝ってー」
父に呼ばれた母は、ブツブツと文句を言いながらも
父の方へと駆け寄って行った。
「お姉ちゃん、お散歩しに行こ」
拾ってきた枯れ枝をテントの近くに置くと、
菜々が私に言った。
「テントもまだ時間かかりそうだし、二人でお散歩行こうか」
「うん!お散歩する!」
汗だくになりながらテントを組み立てている両親に聞こえるように、
「菜々とお散歩してくるね!」
と大きな声で言った。
「あまり遠くに行っちゃダメよ!」
「うん、わかってる、すぐ戻ってくるから」
キャンプ場から少し歩いたところには、小さな川があった。
すると、急に立ち止まった菜々が川の向こう側を指さしながら、
「お姉ちゃん!見て!」
と言った。
「どうしたの?」
「あそこ!ウサギさんいるよ!」
「どこ?お姉ちゃんには見えないよ」
「あそこだよ!あのウサギさん、お空の色してる!
お姉ちゃんが言ってたウサギさんって、あのウサギさんのこと!?」
私は菜々が指さす方をじっと見つめた。
「・・・本当だ。空色のウサギだ」
「ね!いたでしょ!空色のウサギさん!」
そんな私達に気付いたのか、
空色のウサギはすぐに私達の前から姿を消してしまった。
「空色のウサギさんを見ると、幸せになれるんだよね?
これでお姉ちゃんも私も幸せだね!」
嬉しそうにそう話す菜々を、私はギュッと抱きしめた。
散歩から戻ると、テントは出来上がっていた。
「おかえり!暗くなる前に、みんなで夕ご飯の準備をしようか」
この日のために買い揃えたのであろうキャンプ道具を
両手に抱えながら父が言った。
「パパ、何作るの?」
「今晩のメニューは、なんとなんと・・・カレーです!!!」
「やったー!菜々、カレー好き!」
今は楽しそうにしている菜々も、
将来は私のようにグレる日が来るのかと思うと、
父のことが少しだけ可哀そうになった。
それから私たちは四人でカレーを作って食べた。
初めてキャンプ場で作ったカレーは、
お世辞にもおいしいとは言えなかった。
でも、久しぶりに四人で料理をしたあの時間は、
なんだかキラキラしていて少しだけ照れくさい気持ちもあったけれど、
たまにはこういうのも悪くないかなとも思った。
気付けば、辺りはあっという間に暗くなっていた。
「お星さまがいっぱい!」
菜々が星空を指さしながら言った。
「菜々ちゃん、流れ星って知ってるかい?
流れ星にお願い事をすると、神様が叶えてくれるんだよ」
「すごい!菜々、お願い事する!」
そう言うと、菜々は星空を見上げながら両手を合わせた。
「菜々ちゃんは何をお願いするのかな?」
「手術が終わったらママとお姉ちゃんと私と、あとパパの四人で
またここに来れますようにってお願いするの!」
それを聞いた両親の動きがピタッと止まったが、
私はそれに気づいていないフリをした。
「ねぇ、菜々ちゃん。
パパの気のせいなら良いんだけど、一瞬パパ仲間外れにならなかった?
『あとパパと』って言ったよね?
ねぇ、“あと”ってどういう意味かな?
菜々ちやんが一番好きなのはパパだよね?そうだよね?」
しつこく迫る父に母は、
「いつかは菜々にもキモイって言われる日が来るんだから、
今のうちにしっかり心の準備をしておきなさい」
そう言いながら、菜々から父を無理矢理剥がした。
一つのテントの中で家族四人で寝るのは、なんだか不思議な感じだった。
父のいびきがうるさいのは昔から知っていたけど、
母が意外と寝相が悪いというのは新しい発見だった。
そして、菜々の寝顔は相変わらず可愛かった。
父と母から、「病院ではおとなしくしていなさい」と言われているせいか、
病室で会う菜々はいつもどこか遠慮している様子だった。
でも、今日の菜々は本当に楽しそうだった。
あんなに楽しそうな菜々の笑顔を見ることが出来て、
キャンプに来た甲斐があったなと思いながら、
私はスヤスヤと眠っている菜々の小さな手を握った。
キャンプから一週間が経った。
手術は無事に成功した。
手術後は驚くほど体調が良く、
本当にまた四人でキャンプに行けるんじゃないかとも思った。
だが、そんな奇跡も長続きはしなかった。
手術から数日が経ったある日、容態が急変したのだ。
そして、その日の夜中、
私は独りぼっちでこの世を去ることに決めた。
両親と菜々が病院に着く頃には、
私は既にこの世を去っていた。
容態が悪化してから息を引き取るまで、
僅か十分足らずのことだった。
あまりの辛さに声も出なかったが、
同時に私は、『もうそろそろなんだな』と思っていた。
痛いよ
辛いよ
寒いよ
怖いよ
独りは、寂しいよ
不思議そうな顔をしながら、
菜々は動かなくなった私をずっと見ていた。
不思議そうな顔をしながら、
菜々は動かなくなった私の手をずっと握ってくれた。
両親や菜々は私の最期を見ることが出来なかったけれど、
私はちゃんと皆のことを見ていたよ。
娘にデレデレでだらしないパパ。
だけど、娘のキャンプに行きたいという願いを叶えるために、
毎日残業して、わざわざ平日に休みを取ってくれたパパ。
パパが私達のことを一番に考えてくれているという事を、私は知っている。
しっかり者で几帳面なママ。
だけど、意外とおっちょこちょいで頑固なところもあって、
キャンプに行くために何度も私の主治医に頭を下げてくれたママ。
ママが家族を守るために一生懸命だという事を、私は知っている。
私はパパとママの娘に生まれることが出来て、本当に幸せだった。
そして、私のいちばんの宝物の彼女。
彼女のおかげで、私は強くなれた
彼女のおかげで、私は優しくなれた。
彼女のおかげで、最後まで精一杯生きたいと思うことが出来た。
私は菜々のお姉ちゃんになることが出来て、本当に幸せだった。
あの時、菜々にだけ見えていた空色のウサギは、
今もまだあのキャンプ場にいるのだろうか。
空色のウサギのおかげで、私は本当の幸せに気付くことが出来た。
だから、空色のウサギさん。
どうか、菜々の幸せも守ってあげてください。
~一年後~
「今日は一年ぶりに、このキャンプ場に一泊します!!イエーイ!!」
「はいはい。それじゃあ、パパには一人でテントを組み立ててもらうとして。
菜々、一緒に枯れ枝を集めに行こうか」
「うん!行く!」
「それじゃあ、テントは任せたから。
私と菜々は枯れ枝を集めてくるね。
・・・菜々?どうかしたの?」
「見て、ウサギさんがいる」
「本当だ、こんな所にもウサギがいるのね」
「でも、なんか変じゃないか?
ウサギって、もっとこう真っ白いもんだろ?」
「あれはね、空色のウサギさんだよ。
本当はお姉ちゃんと菜々の二人だけの秘密なんだけど、
特別にママにも教えてあげるね」
「菜々ちゃん?パパは?
パパには教えてくれないの?
ねぇ、菜々ちゃん!聞いてる?菜々ちゃん!?」
『空色のウサギを見た者は、必ず幸せになれる』
それは、私達家族四人だけしか知らない秘密だ。
No.27【ショートショート】空色のウサギ 鉄生 裕 @yu_tetuki
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