2.私、悪役令嬢らしいです。

 




  私、クリスティア・セリンジャーは元々日本人であった。


  ……というのも、前世の記憶を持ったままこの世界に生を受けたのだ。自覚したのは3歳くらいだったと思う。この世界にあるものとは何もかもが違う世界を私は知っていた。それを前世の記憶だとちゃんと理解したのは5歳になってからだ。なぜこのタイミングでちゃんと理解したかと言うと、「初めまして。」と挨拶した目の前の彼を私はよく知っていたからである。




  私がいた頃の日本では悪役令嬢だとか、異世界転生だとかそういった類の小説や乙女ゲームが大流行していた。――かくいう私もそんな小説や乙女ゲームに夢中になっていた1人である。

  そんな私が特に好きだった乙女ゲームがある。それが『異世界転移したからイケメン××を攻略します!』

 通称『イケメン攻略』だ。タイトルはダサいなんて陰で……いや、公式すらもネタの様に言っていたが、ぶっちゃけかなり人気のあったゲームだ。それもそのはず。出てくるキャラがとにかくイケメンなのである。




  攻略対象はよくあるキャラクターだと思う。

  第一王子に近衛騎士団団長、宮廷魔術師に幼なじみの伯爵子息。それから全キャラ攻略後に出現する特別ルートのキャラである留学中の隣国の王子様。まぁ、当たり障りない攻略対象だ。しかし、何故こんなにも人気が出たのかと言うと、キャラ絵を手掛けたのが当時大人気絵師で神絵師様と言われていた『Yu』さんなのだ。

  それはもうとにかく美しすぎるキャラクターにトキメキまくった記憶しかない。特に隣国の王子様は顔面が尊く、さらに性格もいいなんて神キャラクターで圧倒的人気No.1だった。



  ……そりゃオタク女子は夢中になって攻略しますよね。





  ただひとつ……ただひとつ私がこのゲームに対して不満があるとすれば、攻略対象は同い年、もしくは年上キャラしか出てこない事だ!!

 何を隠そう、私は無類の年下好きである。……大事な事だからもう一度言おう。私は無類の年下好きである。

  そう、年下好きなのだ!!




  年下の男の子が年下特有のあざと可愛いを武器にして迫ってくるとか、逆に年下なのがコンプレックスで頑張って大人になろうとする姿がもう可愛くて可愛くて……控えめに言って最高だよね!!!他にも、年下なのにドSってのも控えめに言わなくても最高だよね!!!



  だから年下キャラのいない『イケメン攻略』に少しだけ……ほんの少しだけ!!物足りなさを感じていたのも事実。





  ……それでだ、話を戻そう。

  なぜ私が5歳の時にちゃんとそれらの事を理解したかと言うと、目の前に『イケメン攻略』の攻略対象の1人が現れたからである。




「初めまして。フィリップ・ロジェダンです。」



 

  フィリップ・ロジェダン――彼は私の幼なじみであり、 ロジェダン伯爵家の一人息子である。

  黒髪はどこか日本人を感じるが、整った顔立ちや色素の薄い瞳は明らかに外国の血が混ざっているのが分かる。5歳なのに既に出来上がりつつあるその顔に、無邪気な笑顔が浮かべられていた。




  これが、私が前世の記憶を現世の記憶とは別の物であると理解し、さらにここが『イケメン攻略』の世界であると落胆した瞬間だった。




  ――そう、落胆したのだ。

  私とフィリップの関係は『幼なじみ』である。そして、このゲームに登場する悪役令嬢も彼、フィリップと幼なじみであった。

  しかし、この条件なら他にも当てはまる令嬢がいるかもしれない!と、微かな希望にかけたが、整理した記憶の中のフィリップに幼なじみは一人しかいなかった。そう、それが私、クリスティア・セリンジャーなのである。





 ――……つまり、私、悪役令嬢らしいです。








 ◇   ◇   ◇




  ゲーム自体はヒロイン、悪役令嬢共に15歳から始まる。15歳のヒロインはいつも通り学校に向かっていたのだが、車に轢かれそうになったネコを助けようと道路に飛び出した時、謎の光に包まれ目が覚めたらこの世界に転移してしまったのだ。


  それも、王宮の敷地内の森の中にだ。




  そして運良く朝、馬に乗って散歩に来ていた第一王子に助けられて王子のお客人として大切に扱われた。

  そして王子の計らいで攻略対象や悪役令嬢など貴族の子息令嬢が通う学園に編入するまでが物語のプロローグである。


  その後本編では攻略対象たちと数々のイベントをこなしつつ、攻略対象のいない場所で悪役令嬢率いる取り巻き達にいじめられながらも健気に対象キャラの好感度を上げていくというゲームである。



ちなみに、悪役令嬢はシナリオに必要なキャラであるのに、その姿は黒い影のモブキャラ同然の扱いを受けているため、明らかな残念令嬢感が否めないキャラクターであった。



  そして1年後の卒業式のダンスパーティーで断罪イベントが発生し、悪役令嬢は断罪されるのだ。



  断罪の種類は2種類。国外追放か処刑だ。

  この2つがどうやって決まるかと言うと、攻略対象の隠れイベントを見つけ正しい選択肢を選ぶか、それ以外かだ。



  隠れイベントを見つけ、尚且つ正しい選択肢を選べた場合、1年間陰でいじめられ、暴言を吐かれ続けたヒロインは攻略キャラに護られるように寄り添われ、これまで悪役令嬢からされてきた事を涙を流しながら大勢の前で話し、その場で悪役令嬢は最も重い処刑を言い渡されるのである。

  その後婚約し、数年後結婚した2人は幸せに暮らすのだが、このルートでしか手に入らない特別美麗スチルを手に入れられるのだ。



  国外追放の場合もほとんど同じだが、ヒロインは涙を流さないし、結婚endでもない。婚約してハッピーエンドとなり、スチルは全キャラ共通で箱にふたつ並んだ婚約指輪が飾られているだけのもので、これに関しては1回取得してしまえばもう終わりと言っても過言ではないため、ハッピーエンドだけど、何十時間と費やした時間がなんの面白みもないエンドにたどり着き無駄となるある意味バッドエンドと言っても過言ではないルートである。





 ◇     ◇     ◇






  つまりだ。つまり、私はこの世界で悪役令嬢として生まれ、今後異世界転移してくるであろうヒロインに対し嫉妬に狂った結果、彼女をいじめ倒し断罪イベントで国外追放、もしくは処刑される運命なのである。

 しかも、本編のヒロイン目線の本当のハッピーエンドは悪役令嬢の処刑である……。



  そっ……そんなの嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!




  何が悲しくて国外追放……最悪処刑をされないといけないのか。しかも回避ルートが一切無いっていうね!分かってたけど!!悪役令嬢だもんね!そりゃそうだよね!!なんて開き直ってみても『処刑』という言葉に思わず生唾を飲み込んだ。




  そして、私は考えたのである。どうしたら国外追放、もしくは処刑を免れられるのかを。ゲームの内容を紙に書留め整理して、16歳の断罪イベントまで10年の猶予がある事を知った。ではこの10年で有罪回避するために何ができるか。





  何日も何日も夜も寝れなくなるくらい考えに考えた結果、――攻略対象と関わらないのが1番なんじゃね?? ――という身も蓋もない結論が出たのだった。




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