誘拐 5
シスターたちからも口々に「くれぐれもおとなしくしているように」と釘を刺されたあと、エルシーはお妃候補「セアラ・ケイフォード」のふりをして、フランシスの隣を歩いていた。
子供たちが遠巻きにエルシーを見ながら、わいわい騒いでいる。
「すげー! 本当にエルシーにそっくりだ!」
「でもエルシーより何倍も美人だぞ!」
「エルシーはお姫様って感じがしないもんな!」
(失礼ね! 本人なんだけど!)
女の子たちは素直に「きれい」「可愛い」と歓声を上げてくれているのに、男の子ときたら一言どころか二言も三言も余計だ。
扇の下で口をへの字に曲げて、エルシーはちらりと子供たちに視線を向ける。
「うわっ、こっち見た!」
エルシーと目が合うや否や、子供たちがあわててシスターたちの影に隠れた。シスターたちが、子供たちに静かにしているように注意している。
作戦のすべてを知っているカリスタの案内で、エルシーはフランシスとともに修道院の中を歩き回りながら、自分の家を改めて案内されるのは不思議な気分だと思った。
「こちらの絵画は、二十年前にご寄贈いただいたもので、ウェントール公爵夫人がお描きになられたものだそうです」
(へー! 子供の落書きじゃなかったのね!)
廊下に飾られていた絵画の説明に、エルシーが感心して頷くと、フランシスが変な顔をする。「どうして知らないんだ」と言いたそうな顔だったが、はじめて聞いたのだから知らなくて当然である。
「ウェントール公爵夫人は絵をたしなむからな」
「はい。犬が牧草地を駆けまわっている素敵な絵ですわね」
(え? 犬? 牛じゃなくて?)
エルシーが思わず口を開こうとすると、隣のフランシスがわざとらしくゴホンと咳ばらいをする。余計なことは言うな、と言うことらしい。
(だって、これ、犬に見えないわ!)
どう見ても牛だと思ったのに、それを指摘するのもダメらしい。
腑に落ちないものを感じていると、カリスタが次に足を向けたのはダイニングだった。
「できるだけ全員で食事を取るようにしております。預かっている子の中には幼い子もいますので、淋しがらないようにできるだけ賑やかに食事をするようにしています」
「それはいいことだな。子供たちが穏やかに生活できるように、これからも心を砕いてくれ」
フランシスが柔らかく微笑む。
(陛下はもしかして、子供が好きなのかしら? あの子たちがどれだけ騒いでも、嫌な顔をしないし、一緒になって遊んでくれるときもあるものね)
ポルカ町に下りれば、子供たちに何か土産を買ってくれるから、子供たちもフランシスにとても懐いていた。エルシーのことは「エルシー」と呼び捨てなのに、フランシスのことは「お兄ちゃん」と呼ぶのだ。……ちょっと嫉妬してしまう。
修道院の中の案内を終えると、カリスタは最後に礼拝堂へ向かった。
フランシスとともにグランダシル像の前で祈りをささげる。
そして礼拝堂の外へ出ると、エルシーは打ち合わせ通り、フランシスに言った。
「陛下、わたくし、修道院の裏手をお散歩したいのですけどよろしいでしょうか? スミレがたくさん咲いているのが二階の窓から見えて……近くで見たいのですけど」
「ああ、構わないぞ。私も一緒に行こうか?」
「いえ、すぐ戻りますから」
「そうか」
クラリアーナの指示通りの会話をして、エルシーは一人で修道院の裏手へ向かう。
わざと修道院から少し離れて歩いて行くと、修道院の裏手にある雑木林のあたりががさがさと揺れたのが見えた。
エルシーはそっとドレスの上から左の太ももに触れながら、それとなく雑木林に近づくように歩いて行く。
――その時だった。
雑木林の中から三人の男が飛び出してきて、エルシーはドレスのスカートの中に手を入れると、左の太ももに括りつけていた短めの麺棒を抜き取った。それはキッチンから拝借して来たものだった。
「観念しなさい! 誘拐犯!」
麺棒を突きつけて叫ぶと、三人の男が唖然とした顔になる。
その隙を狙って殴りかかろうとしたエルシーだったが、殴りかかる前に男たちが左右に散らばった。
「挟み撃ちなんて卑怯じゃない!」
「なにわけのわからんことを言っているんだ?」
「この娘、本当に妃候補か?」
男たちがあきれ顔を浮かべる。その顔を見たエルシーはハッとした。
(あ! あの時の泥棒‼)
先日、院長室に盗みに入った泥棒たちだ。
泥棒たちは、化粧をしてドレスを着ているエルシーが、あの時のシスター見習いだとは気づいていない様子だったが、エルシーはあの時の男たちの顔をしっかりと覚えている。どこかで見かけたら捕まえてやろうと思っていたからだ。
(グランダシル様の像を盗もうとした罰当たりな泥棒たち……! 覚悟しなさいよ! 捕まえてグランダシル像の前に連れて行って謝罪させるんだから!)
俄然やる気になったエルシーが、麺棒を強く握りしめたときだった。
「見つけたぞ!」
そんな叫び声とともにこちらに走ってくる人影を見つけて、エルシーは目を丸くした。
「ダニエルさん⁉」
それは、フランシスが脱獄犯として行方を追っていたダニエルだった。
驚くエルシーをよそに、ダニエルは猛然とこちらにかけてくると、三人の誘拐犯の一人に狙いを定めた。
その手には、手のひらほどの刃渡りのナイフが握られている。
「だ、だめ!」
そのナイフで切りかかるつもりなのだと悟ったエルシーは叫んだが、ダニエルは止まってくれなかった。
「やっと見つけた! 殺してやる……‼」
「だめ――――‼」
ダニエルがナイフを振りかぶったその時だった。
「捕えよ‼」
フランシスの叫び声とともに、隠れていた騎士たちが一斉に三人の誘拐犯とダニエルに襲い掛かった。
ダニエルに気を取られた誘拐犯はもとより、ダニエルも騎士たちにあっけなく捕縛される。
エルシーが目をぱちくりとさせていると、怖い顔をしたフランシスがこちらに歩いてくるのが見えて、エルシーは咄嗟に麺棒を背中に隠した。だが、もう遅い。
「お前は……! また余計なことを‼」
「ひぅ!」
仁王立ちで怒鳴られて、エルシーはびくりと肩を震わした。
「騎士たちが出て行こうとしたときにお前が飛び出したせいで、騎士たちが動けなかっただろうが!」
「ご、ごめんなさい……」
エルシーが中途半端な位置に移動してしまったため、エルシーを盾に捕られる危険性が生まれて、騎士たちは出たくても出られなくなってしまったらしい。
騎士たちに加勢しようと思っていたのに、逆に足手まといになってしまったようだ。
「で、でも……あ! ダニエルさん!」
言い訳をしようとしたエルシーは、それよりもダニエルの方が問題だと、騎士に押さえつけられているダニエルに駆け寄った。
フランシスも、エルシーを叱るよりも先に誘拐犯やダニエルの相手をしなくてはならないと思ったようで、怖い顔のままエルシーを追いかけてダニエルの前に立つ。
ダニエルは騎士たちに押さえつけられた姿勢で、うなだれるように首を落としていた。
「ダニエルさん、どうして……」
「その話は後だ。ダニエルを修道院の中へ。コンラッド、誘拐犯たちはお前に任せる。セアラの居場所を吐かせろ」
「わかりました」
コンラッドが頷き、騎士たちに命じて誘拐犯たちを縛り上げると、修道院の裏庭のあたりに連れていく。
エルシーがダニエルについて行こうとすると、その前にフランシスに手を取られた。
「お前はダメだ! 部屋でおとなしくしていろ! あとで説教だ!」
「…………はい」
エルシーはしょんぼりと肩を落とした。
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