誘拐 3

「クラリアーナ様⁉ どうして……?」

「そうだ、どうしてお前がここにいるんだ!」


 驚くエルシーたちに、クラリアーナはどこか拗ねたように口を尖らせる。


「フランシス様がこちらへ向かったと小耳に挟みまして。わたくしに黙ってエルシー様に会いに行こうなど、抜け駆けも甚だしいですわ」

「何が抜け駆けだ! 妃候補は安易に王宮から出られないはずなのにどうやった?」

「どうもなにも、ちょっとジョハナにお願いしただけですわ。わたくしは立場上、ある程度の自由は認められていますもの」

「……それはあくまで必要と判断された時の場合のはずだが?」

「わたくしが必要と判断したのだから、必要ですわ」


 文句でもあるのかと、クラリアーナは凄みのある笑みを浮かべた。

 クラリアーナは軽い足取りでエルシーに近づくと、テーブルの上に置きっぱなしにしていた手紙に目を向けて、「あらあら」と頬に手を当てた。


「何だか面倒そうなことになっていますのね。……金貨一千枚。さすがのフランシス様でもすぐに用意できませんわね。王太后様の年間予算より多いですもの」


 国王陛下はもちろん大金持ちだが、国庫を開けるためにはそれなりの手続きが必要らしい。ましてや金貨一千枚となると、何に使うのか細かくチェックされるので、会議を通さなくては動かすことはできないそうだ。


「それに、例え動かせたとしても、誘拐犯相手に国王陛下が屈したとなると大変不名誉ですものね。安易にこの手紙の言う通りにするのはおすすめできませんわね。『セアラ・ケイフォード』様の名前にも大きな傷がつきますし」

「だから困っている」


 クラリアーナはトントンと指先で細い顎を叩きながら、ちらりとエルシーに視線を向けた。


「……この犯人たちは、『セアラ・ケイフォード』様を誘拐したと思っているのですよね。では、本物のセアラ・ケイフォード様が現れたらどうするかしら?」

「何を言っている? 本物が誘拐されたんだろう」

「ええ、でも……犯人たちに、それを知るすべはあるかしら?」


 クラリアーナはエルシーの頭から修道服のベールを取り去った。

 さらりと銀色の髪が揺れて、フランシスに買ってもらった髪飾りがきらりと光る。なんとなく部屋に置きっぱなしにしておくのが不用心な気がして、贈られた日から毎日つけていたのだ。

 フランシスが髪飾りを見つけて嬉しそうに笑うと、どうしてだろう、ちょっとくすぐったく感じてしまった。


「エルシー様はセアラ様に瓜二つ。ならば、エルシー様がセアラ様のふりをすれば、犯人たちはさらったセアラ様が偽物だと思って焦るのではないかしら? そして、セアラ様のふりをしたエルシー様が、小さな隙でも見せたら、今度はエルシー様を攫おうと動くかもしれませんわ」

「エルシーをおとりに使えと?」

「妙案だと思いますけど。だって、このままだと、例え金貨一千枚を支払ったところで、犯人は捕縛できないと思いますわよ? 金貨だけ取られて犯人を捕らえられないなんて……醜聞以外のなにでもないでしょう?」


 クラリアーナの言う通りだ。犯人を捕縛できないどころか、本当にセアラを返してくれる保証もない。それならば犯人を捕まえるように動いた方が何倍もマシだ。


「お金を動かさずにセアラ様を助けられて、犯人も捕まえられる。もっと言えば、セアラ様が誘拐されたことは表に出ないので、セアラ様の名前にも傷はつかない。一石三鳥だと思いません?」


 フランシスは眉を寄せて腕を組んだ。


「だが、エルシーが……」

「もちろん、危険がないように最大限の注意を払いますわ。わたくしだってエルシー様を危険にさらしたくありませんもの」

「もしも怪我でもしたらどうするんだ」

「……フランシス様って、意外と過保護なんですわね」


 フランシス相手では埒が明かないと、クラリアーナはエルシーに向きなおった。


「エルシー様はどうなさいます? 一番大変な役割をするのはエルシー様ですもの、あなたの意見を尊重しますわ」


 エルシーはクラリアーナを見て、難しい顔をしているフランシスを見て、それから拳を握りしめた。


「もちろん、やります!」


 フランシスが片手で目の上を覆って嘆息した。


「言うと思った……」


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