いなくなったセアラ 7

 時間は少しだけ遡る。

 フランシスはドアノブに手をかけようとして動作を止めた。

 カリスタが、エルシーにヘクター・ケイフォードが会いに来たと報告に来て、心配になったフランシスが応接間の前に到着した時、部屋の中からエルシーの叫び声が聞こえてきたからだ。


「いやです!!」


 何が起こっているのか、すぐにでも部屋の中に飛び込みたかったが、中でどんな会話がなされているのか少し様子を見ることにした。

 フランシスが応接間の扉に耳をつけて中から漏れ出てくる声を聞いていると、フランシスについてきたクライドがあきれ顔をする。


「国王陛下が堂々と盗み聞きなんて、ほかの人には見せられませんね」

「うるさいぞ、静かにしてろ」


 邪魔だ、と手で追い払うようなしぐさをすると、クライドがやれやれと肩をすくめて数歩下がる。

 ヘクターは声を落としているようだが、修道院は全体的に壁や扉が薄いので、耳をくっつけているとかなりよく聞こえる。

 どうやらヘクターは、エルシーをセアラの身代わりで引き取ると言っているようだ。


(また身勝手な!)


 貴族というものは往々にして身勝手な生き物だが、ヘクターはその中でも群を抜いている。

 自己保身と権力欲の塊のような貴族相手に家族愛を解くような無駄なことはしないが、それでも自己都合で娘を捨てて、今度はその娘を引き取ると言えるとは、いったいどれほど厚顔な男なのだろうか。


(宰相め。どんな基準で妃候補を決めたんだ。面倒な思想がなくともこれはこれで問題だろう。……まあ、そのおかげでエルシーに会えたのだから、余計な苦情は入れないが)


 下手にヘクターへの苦情を言って「セアラ・ケイフォード」を王宮から追い出されてはたまらない。フランシスが大手を振ってエルシーに会える場所は、今はそこしかないのだから。


「陛下。でも、このままセアラ様とエルシー様が入れ替わった方が、陛下的には都合がいいんじゃないですか?」


 いつの間にか応接間の壁に耳をつけて盗み聞きをはじめたクライドが言った。


「バカを言え。そんなことになったらエルシーが悲しむじゃないか」

「でも、たぶんそれが一番すんなりエルシー様をお妃様に上げる方法だと思いますけど」

「うるさい。迷いたくないからそれ以上言うな」


 フランシスだって、クライドの言わんとすることは少し――いや、結構本気で考えた。だが、それをするとエルシーが泣く。いくら最短距離でエルシーを手に入れることができる方法だとしても、エルシーが泣くような方法は避けたい。


「ここで聞かなかったことにしたら、悪者は全部ケイフォード伯爵ですよ?」

「うるさいと言っているだろう。とにかく却下だ」


 フランシスが悪者にならないからいいという問題ではないのだ。


「変なところで真面目なんですから」

「だから、うるさいと……こっちに来る!」


 部屋の中から足音が聞こえて、フランシスは慌てた。


「それでは院長には私から話を通しておく」


 ヘクターの声が聞こえてきて、フランシスはハッとする。このまま話をまとめられては大変だ。

 フランシスは今度こそドアノブに手をかけると、ヘクターが出てくる前に扉を引いた。


「それは了承できないな」


 振り返ったエルシーが、フランシスの顔を見て、泣き笑いのような表情を浮かべた。


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