いなくなったセアラ 5
収穫らしい収穫もなく、昼も半ばすぎた頃、エルシーたちは修道院に戻って来た。
カフェの店員が言ったように裏口から右に折れてセアラの足取りを追ってみたが、数名、それらしい人物の姿を見たと証言する人はいても、その後セアラがどこへ向かったのかまでを知っている人はいなかった。
フランシスが、コンラッドの方は何か手掛かりがあったかもしれないと、クライドとともに彼の部屋へ向かう。
エルシーは夕食の準備の手伝いがあるので、服を着替えてキッチンへ向かうことにした。
「あらエルシー、忙しそうだし、お手伝いはよかったのよ?」
今日の夕食当番のシスターがキッチンに現れたエルシーにそう言って笑う。
しかしそう言うわけにはいかない。セアラを探したりダニエルを探したりと、ここのところ外出の多いエルシーは、全然仕事が手伝えていないのだ。
シスターから仕事の指示をもらい、エルシーはニンジンの皮むきをはじめる。ニンジンを細切りにして、豚肉と炒めるのだそうだ。
人数が多いので、皮をむくニンジンの量も多い。一心不乱にニンジンの皮むきをしていると、キッチンにカリスタがやって来た。
「あら、エルシーここにいたのね。探したのよ」
「院長先生? どうかされたんですか?」
「ええ。あなたにお客様なの。……少し厄介な、ね」
「厄介?」
厄介な客とはどういうことだろうか?
エルシーが首をひねっていると、食事当番のシスターが、ここはいいからカリスタについて行けと言う。
お客様を待たせるわけにもいかないので、エルシーはお言葉に甘えてカリスタとともに応接間に向かうことにした。
「それで、厄介なお客様って誰ですか?」
「……ケイフォード伯爵よ」
カリスタが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「え? ケイフォード伯爵?」
エルシーの身代わり任務は終わったのに、いったい何の用だろうか。
ヘクターはここにダーナとドロレスたちがいることは知らないはずだし、もちろんフランシスがいることも知らされていない。エルシーたちがセアラを探していることには気づいていないはずだから、セアラの件の情報交換に着た可能性は皆無だと思う。
(寄付金を持って来たのかしら? でもそれなら、わたくしを呼びつける必要はないわよね?)
寄付金を渡すだけならカリスタに渡せば済むことだ。エルシーは修道院の財政管理を任されているわけではないので、エルシーに寄付金を渡されても困る。寄付金の受領手続きの方法を知らないからだ。
カリスタが応接間の扉を叩いてから開けると、そこには気持ちが悪いくらいの満面の笑みを浮かべたヘクターが座っていた。
(……どうしたのかしら?)
エルシーにいつも仏頂面しか見せていなかったヘクターの笑顔に、エルシーはギョッとする。
(変なものでも食べたのかしら? そう言えばそろそろ笑いキノコがポコポコ生えてくる季節だものね……)
俗に「笑いキノコ」と呼ばれているキノコは、強い幻覚作用があるらしく、食べると突然笑い出すようになるらしい。もちろんエルシーは食べたことがないが、雨上がりの牧草地にもよく生えるので、毎年のように子供たちに触ってはいけないと注意をしていた。ヘクターは、その笑いキノコを間違って食べてしまったのだろうか。
不気味に思いながら、エルシーがそーっとヘクターの対面に腰を下ろす。
カリスタもエルシーの隣に座ろうとしたが、ヘクターはカリスタを手で制すと、「エルシーと二人きりにしてくれ」と言い出した。
「娘と二人でゆっくりと語り合いたいんだ。構わないだろう?」
いやいや、大いに構う。エルシーはヘクターと話すことなんて思いつかないからだ。
カリスタが眉間に皺を寄せたが、時計を確認して、仕方が無さそうに頷いた。
「十分だけです」
「まあいいだろう」
「エルシー、何かあったらお呼びなさいね」
ヘクターと二人きりにされたくなかったが、カリスタはそう言って部屋から出て行ってしまう。
カリスタが出て行ったあとも、ヘクターの笑顔は消えなかった。いよいよおかしい気がする。
(お医者様を呼んだ方がいいかしら? 笑いキノコって、危険なキノコのはずなのよね……)
人を死に至らしめるほどの毒性はないが、そこそこ危ないキノコらしいというのは、裏山でよくキノコ採りをしているおじさんから聞いた。エルシーもシスターたちとともに山にキノコを取りに行くことがあるのだが、その時にいつも同行してくれる優しいおじさんだ。
エルシーはすっかりヘクターの笑顔を笑いキノコのせいだと決めつけて、医者を呼ぶべきかどうするべきかと本気で悩みはじめた。
そんなエルシーに、ヘクターは笑顔のまま口を開いた。
「エルシー、今日はいい話を持って来たんだ」
「……いい話?」
笑いキノコの心配をしていたのですぐには反応できず、エルシーは一拍あけて顔をあげた。
いい話とは何だろう。寄付金でも増額してくれるのだろうか。
「寄付のお話しなら、院長先生にお願いします」
「ああ、もちろん寄付金も渡そう。だがそうじゃない。エルシー、私はお前を、正式に引き取ろうと思う」
エルシーは目を丸くして、それから素っ頓狂な声をあげた。
「ええ……!?」
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