ダニエルを探して 5
(は! まずいわ!)
ここでダーナたちに会うのは非常にまずい。
エルシーはセアラとして王宮で生活していた。つまりダーナたちの中には「エルシー」は存在していないのだ。
(どうしよう……ばっちり顔を見られちゃった……)
あわあわしているうちに三人が駆け寄ってくる。
エルシーは咄嗟にフランシスの背後に隠れたが、隠れたところで逃げられそうもないのはわかりきったことだった。
フランシスがあきれ顔で背後のエルシーを見てから、クライドたちに向きなおる。
「騒々しいな。どうした?」
「え? ええ⁉」
「ここではフランシスと呼べ。いろいろ面倒くさいことになる」
フランシスの存在に気が付いたクライドがあんぐりと口を開けたが、ここで詳しい説明をするつもりはないようで、フランシスはそんなクライドを無視してダーナたちに向きなおった。
「それで、お前たちはここで何をしている」
「何をと言われましてもお妃様が――」
ダーナがちらりとフランシスの背後のエルシーに視線を向けてから、怪訝そうな顔をする。
「どちらでお召し物をお着替えに?」
「あら、本当。ドレスはどうされましたの?」
(あわわわわ……)
エルシーはひしっとフランシスの背中に張り付いた。これはまずい。本当にまずい。言い訳が思い浮かばない。
(ばれちゃだめってケイフォード伯爵が言っていたのに! どうしようどうしよう……)
もう二度と会えないと思っていたダーナとドロレスに会えたことは嬉しいが、純粋に喜んでいる暇はない。
ぐぬぬ、と唸ったエルシーは、苦し紛れの策に出た。
フランシスの背後からひょっこり顔をだし、とぼけてみせる。
「あのう、どちら様でしょうか?」
「……それは無理があるな、エルシー」
「フランシス様!」
「諦めろ。第一、お前はさっきクライドたちの名前を呼んだあとだろう。とぼけるならその時点でとぼけておくべきだったな」
そうかもしれないが、頑張れば他人の空似で押し通せたかもしれないではないか。
エルシーは頭を抱えたが、フランシスの言う通りこれ以上は無理かもしれない。
短い葛藤の後、エルシーは諦めてフランシスの背後から顔を出した。
「ええっと……ダーナ、ドロレス、久しぶり……」
「――どういうことですの?」
ダーナとドロレスの視線が痛い。
ここで立ち話をするような内容でもないので、コンラッドが近くの少し高そうな飲食店に話をつけて個室を押さえる。
全員で個室に入ると、ダーナとドロレス、そしてクライドまでもがじっとりとした視線をエルシーに向けてきた。
今更逃げられないとわかっていても白状するには勇気が言って、エルシーが俯いてまごついていると、見かねたフランシスが口を開いた。
フランシスが順を追ってエルシーの事情を説明すれば、ダーナたちは唖然とした。
「それで身代わりで、お妃様……セアラ様の双子のお姉様であるエルシー様がずっと王宮に?」
「つまり、わたくしたちがずっと接していた方はこちらのエルシー様なのですね?」
「なるほど……道理で」
「ええ、違和感の正体がわかりましたわ」
ダーナとドロレスが顔を見合わせて大きく頷き合う。何に納得しているのかと思えば、ケイフォード伯爵家に来てから「セアラ」が人が変わったように思えて違和感を抱いていたという。顔はそっくりでも性格まで同じではないから、二人が違和感を抱くのは仕方がないことだろうが、こんなにすぐ気づかれるものなのだろうかとエルシーは驚いた。
「どうして教えてくれなかったんですか」
クライドが不満そうな顔でフランシスを睨む。コンラッドが知っていて自分が知らないというのが納得できないらしい。
「そう言うな。コンラッドにも最近教えたんだ。ほかに知っているのはクラリアーナだけだから、余計な発言をしないように気をつけろよ」
「クラリアーナ様も知っているんですか……」
「あれの場合、言わなくてもどうせ調べ上げるだろうからな。白状して味方につけておいた方がエルシーも生活しやすかったんだ」
「それで、陛下はどうしてこちらへ?」
「フランシスと呼べと言っているだろう。コンラッド、説明してくれ」
説明が面倒になったのかフランシスがコンラッドに丸投げすると、コンラッドが仕方のなさそうな顔で口を開く。
「――、と言うわけで、監獄を視察した後で脱獄した囚人の行方を追っている」
「どうして陛下――フランシス様がわざわざ脱獄犯を探す手伝いをしているんですか」
わざわざ国王が動く問題でもないだろうとクライドが言うと、コンラッドが額に手を当てる。
「フランシス様がここに来るには、それなりの理由が必要だ」
その一言でクライドはすべてを理解したようで、あきれ顔を浮かべた。
「無茶をしますね」
「城のことはアルヴィンに任せてあるからしばらくは大丈夫だ」
「そうかもしれませんが、あまり自由にしていると宰相あたりがやかましくなりますよ」
「可及的速やかに対応すべき案件は妃問題だそうだからなんとかなるだろう。なあコンラッド」
「限度はありますけどね、まあ、多少なら……」
エルシーにはフランシス達三人が何を話しているのかよくわからなかったので、三人は放っておいてダーナたちに向き合うことにした。
「今まで黙っていてごめんなさい」
「いえ、そういうご事情なら仕方のないことでしょう。……教えてほしかったですけど」
「ええ、仕方のないことですわ。わたくしも教えてほしかったですけれど」
「うぅ……ごめんなさいってば」
ダーナとドロレスは微笑んでいるが、声に小さな棘があって、エルシーは縮こまる。
「それで、ダーナとドロレスはどうしてここにいるの?」
エルシーが訊ねると、ダーナたちはハッとしたように再度顔を見合わせる。
「そうでしたわ」
「ええ。お妃様がセアラ様ではないのなら、セアラ様を探さないといけませんわ」
「どういうこと?」
きょとんとエルシーが首を傾げると、ダーナがわずかに眉を寄せて説明した。
「実は、セアラ様のご希望で町にやってきたのですけど、カフェでお茶をしているときにセアラ様が裏口から消えてしまわれたのですわ」
ダーナの説明によると、セアラは裏口から店の外に出て、そのまま行方をくらませたという。カフェの店員も裏口からセアラが出て行くところは見たけれど、それ以上は知らないらしく、ダーナたちはセアラを探している最中だという。
「またなんだって、セアラは一人でふらふらといなくなったりしたんだ」
いつの間にか男三人での話を終えていたフランシスが割って入った。
ダーナとドロレスが言いにくそうな顔で答える。
「セアラ様は、どうやらわたくしたちがそばにいるのがお気に召さなかったようなので、そのせいかもしれません」
「ええ。町に下りるときもついてくるなと言われましたが、お一人にするわけにも参りませんので、強引について行きましたし……」
セアラが妃候補である以上、ダーナとドロレスは彼女から離れるわけにはいかない。妃候補を監視するのも侍女たちの大切な役割だからだ。だから、セアラにどれほど嫌がられても、ダーナたちは仕事である以上彼女から目を離すことはできないのである。
「馬車も確認しましたが、馬車が停まっている場所には戻って来ていないとのことでした」
「飽きれば一人でも帰るかもしれませんけど、放っておくことはできませんからね」
クライドも肩をすくめる。
(セアラってば、ダーナたちを困らせて、仕方がないわね)
両親から縁を切られているとはいえ、双子の妹が迷惑をかけたと思うとどうしても無視できない。
「まだ時間があるし、わたくしも手伝うわ」
エルシーが言うと、フランシスが「言うと思った」と言う顔をして嘆息する。
「このままにもしておけないだろうからな。いいだろう、俺たちも手伝おう」
フランシスがコンラッドに腸詰を修道院に届けるように言って席を立った。
「手分けをするぞ。合流場所はこの建物の下でいいだろう。俺とエルシーは南から、お前たちは北から探せ。いいな」
エルシーはフランシスに続いて席を立ちながら、心の中で、セアラを見つけたらダーナたちを困らせないように注意をしないとと思いながら、そっと嘆息した。
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