ダニエルを探して 3
セアラ・ケイフォードは辟易していた。
と言うのも、王宮から来た「セアラ・ケイフォード」の侍女のダーナとドロレスが、あまりに鬱陶しいからだ。
日中は大抵側に張りついていて、二人はまるでセアラの行動を監視しているようだった。
一人になりたくて近くの町に遊びに行くことにしたのに、当たり前のような顔をして二人はついてくる。今日は騎士のクライドと言う男も一緒だった。
(はあ! 息が詰まりそう!)
基本的に放任主義――興味がないと言い換えることもできる――の両親のもとで育ったセアラは、何より自由を愛していた。人に張り付かれることは好きではなく、行動を邪魔されるのは何よりも嫌いだ。
だから、用事もないのに付きまとわれるのはとにかく嫌で、何とかして二人を遠ざけたいと思うのに、二人は口をそろえて「お妃様につき従うのは王宮の決まりだ」とぬかす。
(エルシーってば、よくこれで二か月も耐えられたわね! ……って、残り十か月弱、今度はその役割はわたくしになるんだったわ)
憂鬱だ。それでも、王宮が楽しいところならば耐えられる気がしたけれど、掃除も洗濯も料理も裁縫も、全部自分と侍女でまかなわなくてはならないらしい。あり得ない。
(綺麗なドレスも美味しいお料理もないのに、行く意味なんてあるのかしら?)
両親はセアラが妃候補に選ばれて喜んでいるが、セアラは別に王の妃になりたいわけじゃない。というか、王宮が楽しくないところなら、むしろ願い下げだ。
(王宮に行かなくてすむ方法はないかしらね。また痣を作るのは……痛いから嫌だわ)
王宮では、鬱陶しい侍女二人と三人暮らしらしい。すでに嫌気がさしているのに、残り十か月弱も耐えられる自信がない。
「お妃様、どちらへ行かれますの?」
ずんずんと大通りを歩くセアラのうしろを追いかけながら、ドロレスが訊ねる。
「別に、どこだっていいでしょ?」
セアラが突き放したように返すと、ドロレスもダーナも、困惑したように瞳を揺らした。
馬車を下りて歩き出してから三十分。ずっとこの調子だ。ダーナとドロレスがセアラを憂鬱にさせているのに、まるでセアラが悪いような顔をされる。
(なんなのかしら。わたくしはこの二人よりエルシーとおしゃべりしたいのに、お父様ったらエルシーをさっさと修道院に送り返しちゃうし、あんまりだわ)
離れ離れに暮らしていた双子の姉とようやく会えたのに、まともに話す暇も与えられなかった。父が言うには、エルシーはケイフォード家には存在しないことになっているので、その名を口に出してもいけないのだそうだ。意味がわからない。
(お父様もお母様も世間体とか外聞ばっかり気にするんだもの。わたくしにそれを強要しないでほしいわ)
セアラは別に世間体も外聞も興味がない。自分が楽しければそれでいいのだ。幸せに面白おかしく生きていきたい。王様にはこれっぽっちも興味がない。セアラは素敵な男性と素敵な結婚をして、自由に生きていきたいのだ。面倒くさいしがらみとかしきたりとかはまっぴらである。
「歩きつかれたし、休憩するわ。あの店でお茶でも飲みましょう」
セアラが言うと、ダーナとドロレスがあからさまにホッとした顔をした。
クライドは店の外で警護しているというので、ダーナとドロレスだけを連れて、近くにある紅茶店に入る。
席に着くと店員が注文を確認に来たので、紅茶とチーズケーキを頼んだ。ダーナとドロレスにも同じものを用意させる。
ダーナとドロレスが気を遣うように話しかけてくるが、セアラは適当な返事をして窓の外に視線を向けた。窓の外では、クライドがこちらを監視するように見ている。
(気晴らしに町に下りたのに、これじゃあ気晴らしにならないわ)
セアラがふらふらと町に遊びに行くのはいつものことだ。誰も連れて行かないと両親がうるさいので、いつもは護衛を一人だけ連れて下りている。その護衛には離れて護衛しろと告げているので、セアラは誰にも貼りつかれずに自由に町の中を歩き回れた。
なのに、その護衛の代わりについてきた侍女二人もクライドも、べったり張りついて離れやしない。
(妃候補ってなんて窮屈なのかしら)
ここでこれなら、王宮に行けばもっと窮屈な生活が待っているはずだ。それが避けられない未来ならば、せめて王宮に行くまでは自由にさせてほしい。
紅茶が運ばれてくると、セアラは席を立った。
「お妃様、どちらへ?」
「お手洗いよ。ついて来なくていいわ」
セアラはぶっきらぼうに告げて、一人で店の奥へ向かった。そして――
(ふふ、この店は裏からも出られるのよ)
表はクライドがいるので逃げられないが、裏には誰の目もない。
ようやくこれで自由の身だと、セアラは意気揚々と店の裏口から外へと飛び出した。
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