諦めの悪い人たち 4

「ねえ、ドロレス、おかしいと思わない?」

「ダーナもそう思う? 絶対おかしいわよね?」


 ダーナとドロレスは、ケイフォード伯爵家の近くにある小さな湖まで散歩しながら、二人そろって難しい顔をしていた。

 ダーナたちが散歩に行くと聞くとこれ幸いとばかりにくっついて来たクライドが、二人の半歩うしろで首を傾げる。


「なにがおかしいんだ?」

「なにがって、クライド副団長は何も思いませんの?」


 ドロレスが逆に驚いたような顔をしてクライドを振り返った。

 クライドはきょとんとして、それから、「あー……」と気が抜けたような声を出した。


「もしかしてお妃様のことかな」

「それ以外に何がありますの?」

「いや……ほら、ケイフォード伯爵の接待とか?」

「それはわたくしたちにはあまり関係がございませんもの」


 ダーナの言葉に、クライドはそれもそうだなと頷く。

 ケイフォード伯爵ヘクターは、クライドをはじめとする騎士たちを国王の名代と勘違いしているのか、到着当日から驚くほどの大歓迎を見せた。

 食事はもとより、夜は酒に誘われる。自慢の絵画コレクションとやらは長々と説明されるし、近くの山で狩猟が楽しめるから行かないかと言われて、今朝も丁重に断りを述べてきたばかりだった。

 夫人は夫人でやたらと娘を売り込んでくるし、国王フランシスの目に留まるために協力してほしいとまで言い出す始末だ。


(あの両親のもとで、よくセアラ様のような面白い――いやいや、素敵な令嬢が育ったものだな)


 どこをどうすればあの二人からセアラの性格が出来上がるのかと不思議で仕方がないクライドだったが、ダーナやドロレスが疑問を持っているように、ここに来てからセアラの様子がどうにもおかしい。


「毎朝、わたくしたちよりもずっと早く起きて洗濯やお掃除をはじめるお妃様が、起こさなかったらお昼近くまでお休みになっているんですよ」

「着替えもいつも一人でなさるのに、ここでは靴下一つ履くのに侍女の手を借りていますのよ」

「今朝なんて、いつもお飲みになっているからと思ってタンポポ茶をいれたのに、一口飲んで嫌な顔をされて、泥みたいな味がするとおっしゃいましたわ」

「そして極めつけは――」

「「礼拝堂!」」


 ダーナとドロレスの声が見事に重なった。


「あれほど礼拝堂が大好きだったお妃様が、ここに来てからは礼拝堂の『れ』の字もおっしゃいませんの。すぐ近くに礼拝堂がないからかもしれませんが、お妃様なら、お掃除はともかく、お祈りのために礼拝堂まで行くとおっしゃってもおかしくないはずですのに」

「ええ! ワルシャール地方のお城では、礼拝堂が立ち入り禁止になったからと言って、窓から礼拝堂の方を向いてお祈りしていたくらいですもの」

「あの異常なまでの礼拝堂とグランダシル神への愛が詰まったお妃様にしてはおとなしすぎます」

「異常って……」


 気持ちはわからなくもないが、「異常」は言い過ぎのような気がしてクライドは苦笑する。


(だが、ダーナとドロレスが言いたいこともわかるな)


 クライドもケイフォード伯爵家に部屋を用意されているから、セアラと顔を合わす機会もそれなりにある。


(『ごきげんよう』って言うんだよな……)


 すれ違うたびに挨拶をするのだが、セアラはクライドを見ると優雅に微笑み「ごきげんよう」というのだ。ここへ来る前のセアラならば「おはようございます!」とか「今日もいい天気ですね!」とか元気いっぱいに笑いかけてくれていたのに。


「まるで人が変わってしまったようです」

「気持ちはわかるが……ご両親の目があるから違うのかもしれないだろう?」

「そうでしょうか……」


 ダーナとドロレスは納得いかない様子だ。


「王宮に帰れば、元のお妃様に戻るさ」

「だといいのですけど……」

「まだ何かあるのか?」


 クライドが訊ねると、ダーナとドロレスは顔を見合わせて、どちらともなく息を吐いた。


「それが……、お妃様が、陛下に王宮の待遇改善を求めるにはどうすればいいのかと」

「え?」

「お食事やお掃除、お洗濯……本来用意されるべきことをどうして自分がしなくてはいけないのだとおっしゃられて」

「今までは、むしろ率先して楽しそうにされていたのに、急にそんなことをおっしゃるものですから、まるで狐につままれたような……本当に、悪い夢でも見ているような気分ですわ」


 クライドは顎に手を当てて考え込んだ。


「それは確かに妙だが……例えば、ケイフォード伯爵が言わせているとかはないのか?」


 ケイフォード伯爵が王宮での妃候補たちの待遇を知って、セアラに言わせているとしか考えられない。

 ダーナとドロレスはまた顔を見合わせて、同じ言葉を繰り返した。


「だといいのですけど……」




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