第134話 漏れた吐息までおいしい気がするわ


「にゃあああああんっ!!!」


 と鳴き声がしたかと思うと、ショコラがものすごい速さで飛び出してきたのよ。


「おっと」


 けれど、ショコラの爪がたい焼きに届く前に、ハロルドがサッとよけた。

 さ、さすが騎士団! 反射神経がいい! ……多分アイが受け取っていたら取られていたわね……!


「危ない危ない。というかいつのまに侵入してたんだこの猫は」


 言いながらひょいっとショコラの背中を掴んでしまう。


「にゃあん!?」

「お前さんには後で猫用のおやつな。ハイ、出て行った出て行った」

「にゃああん!? にゃああああん!?」


 ……世の中にこんなに哀れっぽい声があるのかしら。

 そう思うぐらい哀愁漂う声を出しながら、ショコラは部屋からつまみ出されていった。


「ほい、姫さん」

「あ、ありがとう……」


 けれど受け取ったアイは、どこか浮かない顔をしている。


「どうした姫さん」


 気づいたハロルドも尋ねたが、アイは逃げるように背中を向けた。


「なんでもないっ」

「……そーかい。ま、いいや。じゃあ次はサクラ太后陛下な」


 なんて言いながら次のたい焼きをサクラ太后陛下に渡している。

 その間に、私はそっとアイのところに行った。ハロルドには聞こえないよう小声で囁く。


「もしかしてショコラのことが気になっているの?」


 途端に、アイがにゅっと下唇を突き出した。それから無言で、こくんとうなずく。


「……だってね、ショコラさっき言ってたんだよ。『あたい魔物だから平気なのにいいい』って」


 やだあの猫、はっきり自分で魔物って言っちゃっているじゃない!?

 うすうすそうだろうなとは思っていたけれど! ついに! 確固たる発言が!

 ……とは言え、リリアンも魔物なのよね……。


 私はうーんと悩んだ。

 ショコラは魔物だし、リリアンも魔物。ということは、ふたりが結託して攻めてくる可能性だってある。


 でも……でもよ……?

 あんな必死にたい焼きを欲しがる魔物が、私たちに害をなしてくるとは思いにくいのよね……。考えが甘いかしら……。それにショコラはどっちかというと、アイの面倒を見てくれているわねって思う時もあるし……う~~~ん。


「おい、どうしたんだよ王妃サマ。いらねえのか?」


 見れば、ハロルドが私にたい焼きを差し出していた。


「いるわ。もちろんいるわ。あっせっかくだから二個ちょうだい」

「はああ!? 欲張りだなぁお前!」

「ユーリ様も来るかもしれないじゃない」

「ああ、まあそうか」


 曖昧な言葉で誤魔化すと、私はちゃっかり二個たい焼きを手に入れた。

 そしてアイにこっそり囁く。


「たい焼き二個もらったから、こっちショコラにあげちゃおうか?」

「っ……! うんっ!!!」


 途端に、アイの顔がぱぁぁっと輝いた。


「でも……おじちゃんに怒られないかな……?」

「大丈夫大丈夫。ほら、ママの後ろに隠れて、このまま扉の前まで行きましょう? で、扉の隙間からショコラにあげちゃいましょうか?」

「うんっ!」


 すぐさまアイは、私のドレスの後ろに隠れた。しかも、このかくれんぼが楽しいらしく、ちょっとくすくす笑っている。

 私は私で、不自然な動きでどんどん後ずさって扉の方に行くものだから、怪しいことこの上ない。

 もちろんそれで気付かれないはずがなく、ハロルドは一瞬「何してんだ?」という顔でこちらを見たけれど、たい焼きを二個持っているアイに気づくと、やれやれと首を振った。

 そして何事もなかったかのようにリリアンにたい焼きをあげている。


 ありがとうハロルド。気づかないふりをしてくれているのね。あとでお礼を言わなくちゃね。


 私たちはそのままカニ歩きでずりずりと扉の前まで来た。

 扉の向こうからは、


「にゃあぉおおう。にゃああおううう」


 というショコラの鳴き声と、ガリガリと扉をひっかく音が聞こえる。


「しょこらっ! もってきたよ!」


 こしょこしょと囁きながら、アイがちょっとだけ扉を開けてたい焼きを差し出した。

 すぐさましゅぱっ! と黒いおててが伸びてきて、たい焼きをかっさらっていく。


「おじちゃんに見つからないところで食べるんだよ!」


 囁いて、アイがパタンと扉を閉める。

 それから顔を見合わせると、私たちはふふっと笑った。


「いい、アイ? ショコラは特別な猫ちゃんだからたい焼きをあげても大丈夫だけれど、他の猫ちゃんには同じことをしちゃだめよ?」

「うん、わかった!」


 ふう……これでようやくたい焼きを食べられるわね。

 薄紙に包まれたほかほかのたい焼きは、湯気とともにいい匂いを放っている。

 頭からぱくっと食べると、生地の部分がパリパリッという音を立てた。直後、餡子のあったかくて優しい甘みが口いっぱいに広がる。


「ん~~~餡子がたっぷりでおいしいっ!」


 たい焼きを見ると、ひとくちかじった部分からは餡子がほくほくと湯気を立てていた。

 うん、おはぎもよかったけれどたい焼きも最高だわ! このあったかい餡子のおいしさと言ったら!

 サクラ太后陛下は食べ歩きをしたと言っていたけれど、寒空の下で歩きながら食べるほくほくのたい焼きはさぞかしおいしいのでしょうね……!


 想像して私はうっとりとした。


 羨ましいわ、食べ歩き。

 以前アンたちがお祭りで食べ歩きをしていたと話していたけれど、屋台で食べ物を買うのでしょう? 私も一度してみたいわね……。今度お忍びで城下町に行こうかしら?

 なんて考えながら、もうひとくち食べる。薄皮生地に包まれたたっぷりあんこに、ほっぺが落ちそうだ。

 ほぅ……と漏れた吐息までおいしい気がするわ。


「おいひっ! おいひーねえ! たいやき、おいしーねえ!」


 はふほふと口を動かしながら、アイが一生懸命ハロルドに感想を伝えている。


「おう! よかったな! これも姫さんと太后陛下が教えてくれたおかげだぜ!」


 それからハロルドはちら、とリリアンを見た。


「どうだ? 味は」

「おいしいに決まってるでしょっ!」


 クワッ! と噛みつかれて、ハロルドが「はぁ?」と顔をしかめる。


「なんでおいしいのにキレてんだよ」

「おいしすぎて罪なのよっ!」

「言ってることがわけわかんねぇな……」

「つみー!」


 はふほふしながら、アイが乗っかる。

 きっと意味はわかってないと思うんだけれど、楽しそうだからまぁいいか。

 そしてサクラ太后陛下とホートリー大神官は、しみじみとたい焼きを味わっていた。


「これも本当においしいですねぇ。と言いますか、太后陛下とアイ様のいた世界の食べ物は、どれも驚くほどおいしいですね。食文化が非常に発達した文明だったのでしょう」

「ふふふ、そうね。みんなおいしいものが大好きですから」


 素敵な世界ね。


 私は感心した。


 料理には、人と人の心を繋ぐ力があると思う。

 ハロルドが時々言っている『同じ釜の飯を食った仲間』という言葉があるけれど、私も食事を重ねれば重ねただけ、その人たちとの仲はどんどん深まっていくと思うの。……あ、もちろん嫌なことを言ってくる人たちは別よ? そんな人はさっさとさよならしちゃいましょう。


「これならローズ様たちにお出ししても問題なさそうね。サクラ太后陛下のお墨付きですもの」


 私の言葉に太后陛下がうなずく。それから思い出したように言った。


「そういえばホートリー。ローズという方はどうだったのです?」






***


お魚くわえたどら猫っ♪

そういえば気づくのがすごく遅くなってしまったのですが、5歳聖女の挿絵を描いてくださっている界さけ神がサプライズで5歳聖女の絵を描いてくださっていて……!!!どちゃどちゃにかわいいのでよかったら見てみてください!

https://x.com/miyako_miyano/status/1833795209131692085

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