第131話 やっぱりこれが運命の引力というものなの?

 ……と思っていたのに、やっぱりこれが運命の引力というものなの?


 その日、なぜか私とダントリー様は、ふたりで用具室に閉じ込められていた。


 ――ことのはじまりは、絵の話だ。


 私は知っての通り絵を描くのが趣味なのだけれど、ダントリー様も実は水彩画を描かれる方だったのよ。

 それで話が弾んで、どんな絵具を使っているか見たいという話になって、なら軽く案内しようと思ったら……まさかの帰り時になって、用具室の鍵が壊れて開かなくなってしまったのよ。


 あぁもう! どうしてこんな狙ったかのような、小説に出てきそうなべたべたの展開になっているのかしら!?

 以前アンたちが「口付けをしないと出られない部屋があるらしいんですよ!」とキャアキャア言っていたけれど、まさかそういう類の部屋ではないわよね……!?


 非常事態に、よからぬ発想がどんどん出てくる。

 目の前ではダントリー様が必死にドアを叩いていた。


「おーい! 誰か近くにいないか? おーい!」


 ドンドンドン。

 けれど、返事が返ってくる気配はない。


 この部屋には私の絵具しかないから、実は私以外あまり近づかないのよね……。

 困ったわ。私たちがここに来ていることはアイも三侍女たちも知っているから、時間が経てば誰かしら探しにくるとは思うのだけれど……。

 それまで部屋にふたりっきりというのが気まずいわね。せめて誰か一緒についてきてもらえれば、閉じ込められても三人でいたと言い訳も立ったのに……!


 絵の話ができる人が久しぶりすぎて、つい熱中してしまったのが悔やまれる。

 私がくっと唇を噛んでいると、ダントリー様が申し訳なさそうに言った。


「申し訳ありません。僕が見たいと言ったばかりにこんなことになってしまって。万が一にも王妃陛下の評判に傷がつかないよう、僕はずっと扉にくっついていますので!」


 そう言って、ダントリー様は本当に扉におでこをくっつけている。

 私はぷっと笑った。


「……大丈夫ですわ。どの道、扉にくっついていたからと言って特に何の証明にもなりませんもの」

「あっあぁ! そうか、考えが足りなかったですね。申し訳ない……」


 そう言って恥じらう顔は少年のようだ。


 この方、センスがあってお話上手で、女性の扱いにも慣れている方なのかと思ったけれど、意外と面白い一面があるのね。それに照れている顔をしていると、ますますユーリ様に似ているわ。


「気にしないでくださいませ。こうなったら、やましいことはないと、堂々としていましょう。本当にやましいことは何もありませんし」


 男性とふたりで密室にいるということだけでも実は大問題なのだけれど、起きてしまったことを嘆いていてもしょうがない。ユーリ様も事故だと理解してくれるはず……。

 私はユーリ様を信じることにした。


「……あなたは面白い人ですね」


 そんな私を見て、ダントリー様がくすりと笑う。


「そ、そうでしょうか?」

「ええ。僕たちが知り合ってから短いですが……アイ様に聖母のような優しい顔を向けているかと思えば、絵のことでは少女のようにはしゃぎ、そして今はあわてることもなく、落ち着き払っている。表情がころころ変わるので、見ていて飽きないですよ」

「それは……誉められているのかしら」

「もちろん誉めていますよ」


 怪訝な顔をする私にダントリー様が笑う。


「正直、国王陛下が羨ましいぐらいです。貴族のご令嬢たちと何人も会ってきましたが……皆僕の顔か、地位に気を取られてばかり。あなたのように飾らず話せる人は初めてです」

「よく言われますわ。貴族令嬢らしくないと」

「そういう意味ではありません」


 次の瞬間、ダントリー様がぐいっと私に近づいてきた。


「もしあなたが貴族令嬢らしくないというのなら、それは美点です。あなたほど話していて楽しいと思った女性はほかにはいませんよ」

「……………………それはもしかして口説いていらっしゃる?」

「失礼! そんなつもりは!」


 私が言うと、気付いたダントリー様がぱっと離れていった。私はほっとする。


「失礼なことをお聞きして申し訳ありません。そうですわよね。私はユーリ様の妻ですもの。その兄君であるダントリー様が口説くはずはないですわ。私もほっとしました」


 本当はこういう釘を刺すような言い方はしたくないけれど、仕方ない。

 怪しい芽はすべて潰していかないと!


「そう、ですよね……」


 そこへ、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえる。


「エデリーン様? いらっしゃいますか?」

「ママー?」


 よかった、アイたちが探しにきてくれたのね!


「ここよ。助けてちょうだい。ドアノブが壊れてしまったみたいで、ダントリー様と閉じ込められてしまったの」

「まあ大変! すぐに直せる人を呼んできますね!」


 そうしてアンのおかげで私たちは無事外に出ることができた。


「ママー!」


 飛びついてくるアイを受け止めながら、私はダントリー様に言った。


「すぐに出られてよかったですわ。ダントリー様にもご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」

「いえ、僕は特に……。それよりも王妃陛下、僕は気づいてしまったんです」

「? 何にでしょう?」

「先ほど僕は、あなたを口説いているつもりはないと言った。……でもあれは誤りです。僕は無意識のうちに、あなたを口説いていたのかもしれない」


 えええ!? 釘を指した意味!!! 速攻で抜かれたわ!!!


 ぎょっとしていると、ダントリー様は申し訳なさそうに微笑んだ。


「あなたは本当に素敵な女性です、王妃陛下。弟の妻でなければ、間違いなく求婚していたでしょう」

「な、何をおっしゃっているのですか。まだ知り合って日も浅いと言うのに」


 というかアイも聞いているから私的には早くこの話は切り上げたいのですけれど!?


 幸い、アンたちは壊れた扉の方に気を取られていて、私たちの話は聞いていなさそうだ。

 でも、ありがたくないことに、言えば言うほどダントリー様がどんどん真剣な表情になっていく。


「人を好きになるのに、時間など関係ありません。落ちる、と思った時にはもう落ちている。それが恋というものではありませんか」


 た、確かにそれは私もわかるけれど……!


「とは言え、こんなことを言ってもあなたを困らせてしまうだけですね。僕も、ようやく再会できた弟と仲違いするような真似はしたくありません。どうかこのことはふたりだけの秘密に」


 どうやら、本当にユーリ様との仲を壊す気はなさそうだ。

 それなら私にもできることはある。


「……ええ、もちろんですわ。これは、三人のナイショ話ですわね?」


 私が人差し指を立て、しぃーというポーズをすると、ずっと話を聞いていたアイも真似をした。


「しぃー!」

「そうでしたね。アイ様も、このことは内緒にしてください」

「でもなんでないしょなの?」

「パパが知ったら、悲しいからよ」

「ふぅん? わかった、なら、ないしょね!」


 私たちはうなずきあって、指切りをした。そんな私のことをダントリー様がじっと見つめていたけれど、私は気づかないふりをした。




***

あともうちょっとダントリーの登場が早かったらユーリだいぶ危なかった……かもしれない!?

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