第121話 真の姿に戻って力の限り暴れるだけ ◆――魔王

「いかがでしたか、人間たちは」


 夜。用意された部屋の中で、我の肩掛けを脱がせながらアイビーが言った。

 本当は頑張れば自分でも着替えられるのだが、魔界でもこの世でも、我の体は重くて仕方がないのだ。だから我の世話をやりたがるアイビーに全部任せている。


「驚くほど無防備であったな。今思えば、あのお茶会の最中に聖女を屠ってもよかったのやもしれぬ」

「大神官はしばらく動けないでしょうしね」

「うむ」


 大神官の名は、確かホートリーと言ったな。

 もし大神官とは名ばかりの人物だったら放置しようと思っていたが、あやつは温厚な外見とは反対に、人間にしてはかなりの神聖力を持っていた。

 我は女神の気配を擬態していたものの、見抜かれるのは時間の問題だろうと悟ったよ。あの者なら、確かにキンセンカも捕らえられるやもしれぬ。

 だから先手を打って、あの者の神聖力を封じ込めたのだ。

 しばらくはその影響で病人のようになるだろうが、まあ命を取らなかっただけいい方だと思ってもらいたいものだな。


「だが聖女も……それほどのスキルはまだ持っていなかったな。“対象浄化”は気になるが、“以心伝心”に“映像共有”、“魔物感知”に“才能開花”……。恐れるほどのスキルはない」


 茶会の途中に、我は聖女の過去を見ることに成功していた。その過程で聖女が覚えているスキルも、全部把握できたのではないかと思う。


「“才能開花”で周囲の人間に脅威となる才能が目覚める可能性は?」

「可能性はなくはないが、それでも聖女自身に勝るとは思えぬ」


 聖女は唯一無二の存在だ。

 存在しているだけならそこまで我の脅威にはならないが、あの小さな聖女は幼いにもかかわらず、あまりにも力が強い。

 魔界の奥深くにいてなお、かの者が放つ光が我の心をざわつかせるのだから。


「国王の方は意外と口が堅かったですね」

「口が堅いというよりも、我を信じていないのだろう」


 国王ユーリにも過去を聞き出そうと試みたのだが、それはバッサリと断られてしまったのだ。


『すまない。占いを否定するわけではないが、私はこれでも一国の王なのだ。そういうものには慎重に対応するようにしている』


「まあ彼の判断は国王として正しいですね。でもどうされますか? 国王の情報なしで動いていいものかどうか。もう少し彼から聞き出してからにしますか?」

「いや、必要ないだろう。聖女の情報は既に我らの手の中。それだけあれば十分だ」


 我の言葉に、アイビーが目を伏せた。

 それから、アイビーの目が七色に妖しく光る。


「ならば……今、やりますか?」


 奴が言っているのは、聖女を屠る件だ。


「そうだな。もたもたする理由もない。聖女の部屋がどこかは分からぬが、王宮を丸ごと潰してしまえば死ぬだろう」


 時刻は夜。我の力が一番増幅する時だ。


 難しいことは何もない。ただ真の姿に戻って力の限り暴れるだけで、聖女はおろか、王宮中の人間が勝手に死ぬだろう。

 ズ……と我が力を解放しようとしたその時だった。


「ちょーーーーーーーーっとお待ちをおおおおおお!!!」


 バン!!! ズザザザザーーーーッ!!!

 と扉からすごい勢いで滑り出てきたのは、必死な顔をした黒猫――もとい、ショコラだ。

 我の動きがピタリと止まる。


「……なんだ。ショコラではないか。先ほどはすごい勢いで逃げていったのに、我の前に出てきてしまってもいいのか?」

「そ、そ、そ、それはやっぱ怖いんですけどもおおお!」


 言いながらも、ショコラはぶるぶるぶるぶるぶると焦点が合わなくなるほど震えている。


「し、城を潰すとかいう大変物騒なお話が聞こえてきたものでえええ!!!」

「物騒も何も、それらが我らの本分だろう。何寝ぼけたことを言っているのだ」


 我はため息をついた。


 こやつ……キンセンカが『飼い猫』と言っていたが、まさしく飼い猫化しているな。上位魔族ともあろう者が、破壊を恐れるだなんて。


「そっそれは確かにそうなんですけどぉ……!!!」

「つべこべ言わずにお前もさっさと行くぞ。仕置きされなかっただけありがたいと思え」


 また我がズ……と力を解放し始める。


「待って待って待って!!! 待ってください主様~~~!!!」


 そこに、ショコラが立ち上がったかと思うと、そのまま手を振りながら二本足で飛び跳ね始めたのだ。


「……なんだ?」


 うんざりした様子で言うと、ショコラがへらへらと笑い始める。


「そのぉ……ほら、あれですよ、あれぇ……」

「あれとは?」

「えーっと、あれと言えばほら、あれ……」


 こいつ。

 勢いで我を止めたはいいが、なんにも考えてないな。

 うるさいから、いっそここで気絶させておくか。


 スゥッ……と手を持ち上げた時だった。ショコラの目がきらりと光ったかと思うと、自信満々にこう叫んだのだ。


「でも主様、まだ白パン食べてないでしょ!?」

「………………は?」


 白パン?


「あたい、知ってますからね! 主様が鏡であたいのこと見てた時、おちびが食べてた白パンのこと、すっっっごい見つめていたでしょ!」

「…………」

「あれを食べずに、王宮壊しちゃっていいんですかねぇ~? あの白パン、ふわふわなのに甘くて、それでいてほんのちょっぴり塩気があるのが最高っていうか、たまらなくおいしいんですけどねぇ~?」


 これ以上ないくらいニヤニヤしながらこちらを見てくるショコラの顔は、なんとも腹が立った。


 こやつ、一発殴りを入れてやろうか。


「いや別に構わんが」


 イラっとした我が返すと、ショコラがあわててすがりついてきた。やめい、服に爪を立てるな。穴が空くだろうが。


「待って待って待って!!! 本当にすっごいおいしいんですって!!! そのまんま食べてももちろんおいしいんだけど、おすすめの食べ方はサンドイッチにするやつ!!! 切り込み入れてそこに茹でて潰したタマゴを挟むともうたまらなくおいしいんですよ! あとあと、甘いのが好きならタマゴの代わりにクリームとフルーツ入れても最高!!! 即席フルーツサンドの出来上がり‼ これもすんごいおいしいんだから!!!」


 こやつ……目がギラギラしてて怖いな。

 あとすごい早口。


「だからお願いします王宮壊すにしてもそれだけは試してえええ!!! 一生のお願いですうううう!!!」


 なんでそんなところで一生のお願いを使ってくるんだこいつは。


 我が引いていると、隣で「……フルーツサンド」という声が聞こえた。

 ハッとして横を見ると、アイビーが何やら興味を持ってしまっている。


 しまった……この男、甘味に目がないんだった。


「主様。ショコラの言う通り、暴れるのは白パンを食べてからにしましょう」

「お前……」

「だって主様も食べたいでしょう? 主様も、本当は人間の食べ物が大好きですもんね。以前話してくれたことがあったじゃないですか」


 うっ……。

 こやつ、数百年も前に話したことを覚えておったのか。

 何を隠そう、魔王になる前の我は人間の作る食べ物が好きだった。

 ただしそれは何百年も前の話。今はとっくに味など忘れてしまった。


「大神官を押さえてある以上、今日殺そうが明日殺そうが同じです」


 まあ、それは確かにそうではある……。

 我の心がぐらついているのを察知したのか、ショコラがすばやく会話に滑り込んでくる。


「そうですよぉ! 人間なんていつでも捻り殺せるんです。だったら奴らからうーんと食べ物を搾取してやりましょうよ!」


 搾取。

 その言葉に我は目を細めた。


「そうだな……。殺す前に、搾取するのも悪くない」


 我は、人間どもに散々搾取されてきたのだ。

 ここで少しぐらいやり返したって、可愛いものだろう。


「そうしましょそうしましょ! 名付けて『人間食べ物大搾取作戦!』」


 センスのかけらもない名づけだな。


「あたい、いい方法知っているので任せてください! 主様を満足させられるような食べ物を、ガンガン搾取しちゃいますからね!」


 ビッ! とショコラがウィンクをしながら親指を立てる。


 ……猫なのに器用な動きをするな。人間が見たら一瞬で正体がバレるぞ。


「主様はただ座っていればオッケーです! おいしーもの、どんどん持ってきちゃいますからね!」


 そう言うと、ショコラは一目散に来た道を引き返していったのだった。





***

珍しく(?)ショコラがんばってます。

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