第110話 私がユーリ様を運命に人にしてみせます
その言葉に、私はハッと現実に引き戻された気がした。
冴えてきた頭でローズ様を見ると、彼女は一枚のカードを持っている。
そこには、さかさまに描かれた男女の姿があった。
「その者はどうやらつい最近まで王族だったようだな。その者が王族の地位を失ったのは……なるほど、これも何かの縁か。汝の夫によって地位を追われたと出ている」
「え……」
私は困惑した。
つい最近まで王族で、今は王族の地位を失っている。
それに該当する人物は、サクラ太后陛下の子どもたちしかいなかった。
「おや? おやおやおやおや? まさかサクラ太后陛下のお子の誰かと? これは面白いことになってきたなぁ」
他人事のように面白がっているのはお父様だ。そののんきな表情が憎らしくて私は言った。
「お父様! 面白がっている場合ですか!」
そもそもユーリ様はお父様が見つけて連れて来た相手なのに、私の運命の相手を占わせるなんて……!
ユーリ様の時だって、元々聖女という暫定婚約者みたいな存在がいたにもかかわらず、強引に私を押し付けていたのよね。
一体、お父様の倫理観ってどうなっているの!?
実の娘である私にそう思われていることなどまったく気づかず――そして恐らく気付いたとしても気にしないでしょうね――、お父様はのんきに言った。
「まあほら、儂はエデリーンの幸せが一番だからねぇ」
「今まで散々振り回してきてよくそんなことが言えますわね!?」
「ユーリくんと結婚させたのだって、それがお前の幸せになるっておばばが言っていたからねぇ」
のらりくらり。全然会話が通じなさそうな気配を感じて私はぐったりした。
それに……既に夫がいる身でありながら運命の人なんて、正直本当に迷惑でしかない。
結婚してから目覚める『真実の愛』なんて、まるであの人みたいじゃない……。
現在絶賛牢獄暮らし中のマクシミリアンを思い出しながら、私はハァとため息をついた。
「でも、運命の人だからと言って必ずしも結ばれなきゃいけないわけじゃないのでしょう?」
「うむ。世には運命の人に会えずに終わる人々も少なくはないからな」
いいことを聞いたわ。ならサクラ太后陛下には悪いけれど、王子たちにはぜっっったいに会わないように気を付けましょう。
絶対、という言葉に強く力を込めながら私は心の中で決意した。
「それに、ユーリ様がたとえ運命の人じゃなかったとしても、私の夫ですもの。ならば誰がなんと言おうと、私がユーリ様を運命に人にしてみせますわ」
私が亡くなるその時まで「ユーリ様は私の運命の人です」と言い続けていれば、周りはきっとそう思ってくれるだろう。歴史書にもそう書かれるはずだ。
私がそう言うと、父が感動したように言った。
「おぉ、エデリーン、強くなったね。あと今の台詞、ユーリくんが聞いていたらちょっと“ヤバイ”んじゃないの?」
「ヤバイ? 何がですの? あとお父様はどこからそういう言葉遣いを仕入れてきているんですの?」
「お父様ったらたまに商売人に扮して、町の酒場とかに出没しているのよ……」
お母様の言葉に私は白目を剥いた。
変な市井言葉は、酒場産なのね!?
そこへ、ふふふっという笑い声が聞こえる。
見れば、常に無表情だったアイビー様が、ふるふると肩を震わせて笑っている。
……え。今何かアイビー様のツボに入る要素があったかしら……? というかこの方、ずっと無表情だったからてっきり感情が乏しいのかと思っていたのに結構笑うのね……?
戸惑う私に、ローズ様がやれやれという顔で言う。
「重ね重ねすまぬな。アイビーの奴は沸点が独特で、たまにわけのわからないところで笑い出すのだ。あまり気を悪くしないでほしい」
「こちらこそ主人が見苦しいところを見せてしまってごめんなさいね。今日一日付き合わされて大変だったでしょう? そろそろ晩餐にいたしましょうか」
言いながらお母様がてきぱきと使用人たちに指示を出す。
どうやら話を聞く限り、ローズ様たちは泊まり込みでの滞在らしい。
きっとお父様が無茶を言ったんだわ……。
ともあれ、久しぶりの実家を私は楽しんでいた。
食事の席では、アイの隣に座ったトルケがアイのことをじーっと見つめている。
「この子がお姉様のむすめ? じゃあわたしの“めい”ってこと?」
トルケにぐいぐい距離を詰められたアイが、初めてのことに目をぱちぱちとさせている。
今までアイの周りにいたのは大人ばかりだったから、同じ子どもの友達はトルケが初めてだった。
「でもなんか“めい”っていうか、妹みたいだね!」
「確かに、私が二十歳でトルケが十歳、そしてアイが五歳だから、私とトルケよりもトルケとアイの方が年齢が近いのよね」
私の言葉に、トルケがニカッと笑う。
「うれしいなあ! わたし本当は妹がほしかったんだよね! もうみんなからお子様あつかいされるのはうんざり! だから今日からアイをわたしの妹ににんめいしてあげるね!」
意味がわかっているのかわかっていないのか。トルケの言葉に、アイの顔がぱあぁっと輝いた。
「うん!」
私はそれを微笑ましく見ていた。
トルケは令嬢にしては元気いっぱいでおてんばとも言えるくらいなのだけれど、面倒見のいい優しい子でもある。
どっちも私の大事な家族だから、仲良くなってくれると嬉しいわ。
***
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