第105話 本当によかったですわね、ユーリ様……!
「エデリーン、今日も元気そうでよかった」
部屋の中。隣に座ってニコニコしているユーリ様に、私は少し困った顔をした。
「もちろん元気ですわ。というか、つい一時間前にお会いしたばかりではありませんか」
「なんだって、もうそんなに経つのか!? やはりもっと早く業務を終わらせる方法を考えねば。その分だけエデリーンに会える時間が増えるということだからな……!」
「あの、もうと言っていますが、たった一時間ですわよね……?」
念のため言ってみたけれど、ユーリ様は何やらひとりでぶつぶつと呟いていて、聞こえていないようだった。
――念願叶って、私たちは先日ついに『本当の夫婦』になった。
……のだけれど、どうもそれ以来ユーリ様の様子がおかしいのよね。
私が何をしていてもニコニコしているし、何もない時でもずぅっとニコニコしながら私を見ているし、気づけば隣にいるし、何やらやたら会いにくる時間が増えたし……。
もちろん私も嬉しいのだけれど、公務の方は大丈夫なのかしら? と少しだけ心配になってしまうの。
あとユーリ様がずっとニコニコしているから、家臣たちが「国王に一体何があったんだ!?」と騒いでしまって。
最終的に、私たちが本当の夫婦になったことを王宮中の人たちに知られてしまってだいぶ恥ずかしかったわ……。
いえまあ、国王夫妻にプライバシーがないのは覚悟していたけれど!
「あとユーリ様、ちょっと近いですわ」
ユーリ様は隣に座っていたのだけれど、その体勢はほぼ私を抱きしめんばかりだった。
片手で私の手を握り、もう片手を私の腰に回してぴったりと寄り添っている。
私の言葉に、ユーリ様の眉がしょんぼりと下がる。
「そ、そうだろうか? 夫婦はこれくらいが当たり前だとハロルドが言っていたのだが」
「彼の言うことを信じてはいけませんわ!」
ユーリ様の中の夫婦基準、一体どこから得たのかと思っていたら、まさかの一番信じてはいけない人だったわ!
顔を見なくても、おもしろがって色々吹き込んでいるハロルドの姿が想像できるもの!
「これはさすがに少し近すぎますわ。国王なのですから、もう少し慎みを持ってくださいませ」
苦言を呈すと、ユーリ様はしおしおと萎れながらも大人しく手を放してくれた。
少し申し訳ない気がするけれども、とは言え人前でずっとこの距離感はまずいもの!
「そう……だな……国王……だものな……」
そう言うユーリ様からは、どんより、どんよりという例の謎の音が出ている。
久しぶりに聞いたわその音! あいかわらずどこから出ているの!? まさかユーリ様が呟いてるの!? ……いえでも口元は動いていないわね……。
探るようにじっと見つめていると、私に気づいたユーリ様が照れたように頬を染めた。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいよ、エデリーン」
そこは照れるところなんですのね!?
一周回って、最近のユーリ様が少し面白い生き物のように見えてきましたわ。
なんて考えていると、可愛らしいアイの声が響いた。
「まま、みてっ!」
「うん? なあに?」
ずいっと差し出されたのは、一枚の絵だ。
私がしゃがんで覗き込むと、そこにはたくさんの人が描かれていた。
「あ、もしかしてこれはリリアン?」
赤い目に、ピンクの髪の女の子。
アイの近くでそんな組み合わせを持つ人といえばリリアンしかいない。
「そう! あとでりりあんおねえちゃんにあげにいくの!」
「それにこっちは、ドーナツね?」
茶色で描かれた穴の開いた輪っかを指さすと、アイはここぞとばかりにふんすっと鼻をならした。
「うん! おねえちゃんどーなつすきだから!」
その様子が可愛くて、私はくすくす笑った。
「ふふふ。きっとリリアンも喜んでくれるわね」
――あの事件の後、リリアンは処刑される代わりに大神殿預かりとなった。
そこで彼女は魔力を封印する腕輪をつけられ、常時神官たちの監視の元、生き証人として資料作りに協力しているのだ。
というのもリリアンの話を聞いているうちに、彼女が実は何代も昔に滅んだとある王朝の“傾国の悪女”であることが判明したの。
反乱で殺されたと思われていたその悪女が実はサキュバスだとわかって、かの国では大騒ぎ。連日ひっきりなしに大使がやってきては、リリアンに当時のことを話してほしいと詰め掛けている……というわけだった。
どうやらもう百年以上も前の話だから、憎しみの感情よりも、当時の情報を知る貴重な存在として珍しがられているみたい。
リリアンの魅了に怯えながらも、連日押しかけてくる大使と言う名の学者たちが目をらんらんと輝かせていたわね……。
私たちも決められた面会時間内ならリリアンに会えるから、アイはその時に渡す似顔絵を書いていたというわけだった。
「それからこれはママでしょう。ショコラもいるわね。こっちのギザギザはハロルドで……あ、パパもいるわ」
ユーリ様らしき黒髪の人物を見つけて、私は微笑んだ。
一時期は完全に「ママ! ママ!」という感じでユーリ様だけ描かれないこともあったから、こうして一緒に描かれているのを見ると嬉しい……というよりホッとしてしまうわ。
隣では気付いたユーリ様が、これでもかというほどニコニコしながら絵を見つめている。
本当によかったですわね、ユーリ様……!
何やら子を見守る母のような気持になってしまったけれど、私はめいっぱいアイを褒めた。
「本当にアイは絵が上手ね。特にみんなの表情がとっても素敵だわ」
そこへ、「さすがアイ様ですわ!」という声がして、すかさず三侍女のアン、ラナ、イブもすべりこんでくる。
三侍女というのは私とアイについてくれている侍女のことで、元気いっぱい赤髪のアンに、大人しそうに見えて意外と一番しっかりしている桃髪のラナ。そしておっとりした金髪のイブの三人だ。
「やっぱりエデリーン様の才能を受け継いでいらっしゃるのですね!」
「それぞれの個性もよくでています! ハロルドのぼさぼさ感なんかそっくり!」
「これはもう色使いの魔術師様ですわ!」
ちやほやちやほや。三人の大げさなほどの褒めに、アイはえっへんと胸を張る。
「じゃあ次の面会の時に、リリアンに持って行きましょうね。ハロルドも誘ったら来るかしら?」
ハロルドはハロルドで、ちょくちょくドーナツを差し入れに持って行ってるらしい。
あのふたり、なんだかんだ本当に仲がいいのよね……。すぐにそういう仲に結び付けるのはよくないと思いつつも、やっぱりちょっと気になっているのよね。
なんて私が考えていたら、隣で三侍女たちがきゃっきゃと話し始めた。
「そういえば魔術師で思い出したんですけど!」
「エデリーン様もご存じですか? 巷で噂の魔術師夫婦!」
「あ、私もそれ思いましたぁ」
「魔術師夫婦?」
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