第103話 許しませんわ

 結局、リリアンは私の嘆願により、しばらくは大神殿預かりとなった。ホートリー大神官が「責任をもって見張りますぞ!」と張り切っていたので、多分大丈夫だと思う。


 けれど、部屋に戻るなり――。


「エデリーン、本当にすまなかった!!!」

「きゃあっ!?」


 ユーリ様が、私を抱きしめてきたのよ!


「だだっ、大丈夫ですわ! こうしてユーリ様が助けてくださいましたし、それに術をかけられていたのは、ユーリ様だけじゃないのでしょう?」


 ハロルドも、各地に現れていた謎の護衛騎士も、その他たくさんの人たちも、皆、リリアンの魅了にかかっていたのだと、先ほどホートリー大神官が説明してくれたの。……あ、でもマクシミリアンは別よ? 彼は彼で、しっかり牢獄にぶち込まれたわ。


 ホートリー大神官はリリアンがサキュバスであることを見抜いていたから、この間すごく謝っていたのね。


「それに……」


 言って、私はふふっと笑った。


 これはリリアンの自供なのだけれど、どうやらユーリ様には何度やっても魅了がかからなくて、仕方なく幻惑という術を使ったのですって。

 リリアンを私の姿に見せる幻惑を使って初めてユーリ様を堕とせたということは……。


「つまり、ユーリ様はずっとリリアンを私だと思って、でれでれにやにやしていたということですわよね?」


 私が聞くと、ユーリ様はぐっと言葉を詰まらせた。


「す、すまない……! 術にかかってしまった自分が、心底情けない……!」


 ふふっ、とまた私は笑った。

 実は、それに関してもリリアンが言っていた。

 何度かユーリ様が私じゃないと見破ってしまったから、術をかけ直すはめになっていたと。そのせいでユーリ様は発作を起こしていたのだと。


「許しませんわ」


 私はにっこりと言った。それを聞いたユーリ様ががくりとうなだれる。


「そう……だよな……」


 そんなユーリ様の顔に、私はそっと両手で触れた。


「私、あなたがリリアンといちゃいちゃしてとっても傷つきました。だから――私とはもっと、いちゃいちゃしてくださいませ?」

「エデリーン……!?」


 その瞬間、ユーリ様の顔がぼんっと赤くなり、かと思うとガバッと抱きしめられた。


「きゃっ」

「エデリーン! もうだめだ、我慢できない。今こそ言わせてくれ!」

「えっ」

「私は、君を愛している!」

「なっ!?」


 急に何をおっしゃいますの!? 部屋の中に一体どれだけの人がいると思って!?


 あわててまわりを見ると、双子騎士や三侍女たちが、これみよがしに視線をそらしている。ただし、ソファに座ったアイはじぃーっと私たちを見ていた。


「勇気が出なくて、伝えるのが遅くなってしまった。そのせいで君をつらい目にあわせたと思う……! だから私はもうためらわない。何度だって言うぞ。エデリーン、君が好きだ! 私と結婚してくれ!」

「こ、こういう時はためらってくださいませ! それにもう結婚していますわよ!」


 ユーリ様の言葉に、私の顔までどんどん赤くなっていく。視界の端で、みんながこそこそと退出していくのが見えた。でもアイは、まだじぃーっとこちらを見ている。


「エデリーン。君はどうなんだ? 私との結婚に、後悔はないか? 私はこのまま、君の夫を名乗ってもいいのか?」


 ユーリ様の顔は、いつになく切羽詰まり、真剣だった。

 深い青の瞳がゆらゆら、ゆらゆらと切なげに光っていて、それはどきりとするほど色っぽい。

 暴れる心臓が気恥ずかしくて、私はパッと顔を逸らした。


「い、嫌だったら、さっきみたいな言葉は口にしていませんわ……!」


 もごもごと答えれば、声まで潤み始めたユーリ様が言った。


「エデリーン……!」


 それからそっと、ユーリ様の武骨な指が、私の顎に添えられる。

 そのままくいっと顎を持ち上げられる感覚がして私は焦った。

 もしかして!?


「ま、まってくださいませ、その、アイが……」


 言いながら、ちら、とアイに視線を送り――私は目を丸くした。


「にゃあん」


 ご機嫌なショコラの声が聞こえたかと思ったら、なんと、ショコラが黒くて丸いおててで、アイを後ろから目隠ししていたのよ。


「ねえ、しょこら。なんでみちゃだめなの?」


 両目をショコラのもふもふおててに隠されたアイは、不満そうだ。


「にゃあん」


 ふたりはまるで、会話を交わしているよう。

 ……というかショコラ、どう見ても普通の猫じゃないわよね? 普通の猫、あんなことしないわよね?


 そこで私はふと気づいた。さっき、リリアンが『猫じゃあるまいし』って言ってたのって、もしかして……?


 ……でもまあ、いっか。


 だって、ショコラもアイの大事なお友達なんだもの。深く考えないようにしましょう。


「ありがとう、ショコラ」

「にゃあん」


 私が言うと、ショコラがまたご機嫌で鳴いた。


「エデリーン……」


 目の前ではユーリ様が、潤んだ瞳で私を見つめている。

 そこに浮かぶのは、とてつもないほどの色気で。


 うっ、ゆ、ユーリ様、本当、こういう時にだけ、毎回すごすぎないかしら……!?


 心臓が、早鐘のように打っている。


 私は覚悟を決めると、ぎゅっと目をつぶった。




 私の唇に、やわらかな唇が押し付けられたのは、その直後のことだった。







<第2部完>

===========

というわけで、第2部が完結いたしました!!!


皆様ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


今回は本当に最後までユーリがへたれで不憫な感じでしたが(汗)、主様編完結となる第3部ではきっとカッコイイところを見せてくれると……期待………………していいのかな………………。


……。


期待して待ちましょう!(本当に?)


現在第3部(第3巻)は鋭意制作中ですので、また連載再開した際にはぜひお付き合いいただけると嬉しいです!そしてお待ちかねの"アレ"も絶賛進行中なので……!(私が言えるのはここまで)


書籍版である単行本の方には、とても短いですがわりかし重要なユーリとエデリーンの書き下ろし掌編&リリアンのその後についても触れているので、気になった方はよかったらぜひ!


それではまた第3部でお会いしましょう~!


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