【第3部連載開始】聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
第101話 手心を加えると言うか、オブラートに包んでくれると嬉しいなっていうか
第101話 手心を加えると言うか、オブラートに包んでくれると嬉しいなっていうか
扉ではないわ。壁よ。だって私のいる位置から、ちょうどそれが見えていたんだもの。
「なっ!?」
仰天したマクシミリアンが振り向いた次の瞬間、今度はゴッ!!! という鈍い音がして、マクシミリアンが吹き飛んだ。
それが部屋に飛び込んできたユーリ様に殴り飛ばされたからだとわかったのは、必死な顔をしたユーリ様が、私の口に詰められたスカーフを取り出した時だった。
「エデリーン、無事か!? すまない、私がふがいないばかりに……!」
ブツッ、ブツッという音とともに手首を縛っていたロープが切られ、そのまま私はユーリ様に力強く抱きしめられる。
私はケホ、とせき込んだ。
「ユーリ、様……。どうしてここに……!? リリアンと一緒にいたのでは……!?」
事態が呑み込めなくて、でも来てくれたことが嬉しくて、私はユーリ様の背中におそるおそる手を回す。
「すまない! 私は、リリアンの術にかかっていたんだ。そのせいで彼女を君だと思い込んで……本当にすまない! 君は、つらい思いをしただろう……!」
術? リリアンを、私だと思い込んでいた……?
頭の中で必死に情報を整理していると、起き上がったらしいマクシミリアンが、殴られた頬を押さえながら叫ぶ。
「クソッ、どうなっているんだ……! リリアン! お前の仕事は、国王を魅了することじゃなかったのか!? サキュバスなんだろう!?」
「「えっ!? サキュバスだったんですか!?」」
突如混じった叫び声は、双子騎士のオリバーとジェームズだ。
見れば、ユーリ様がやってきた方向から、手をロープで縛ったリリアンを連れたオリバーと、アイを抱っこしたジェームズが立っている。ジェームズはマクシミリアンを見つけると、アイをその場に下ろしてマクシミリアンの拘束に走った。
「サキュバス!? ……魔物か」
マクシミリアンの言葉に、ユーリ様の瞳が鋭く険しくなる。
――ユーリ様は過去に、魔物に母親を殺されている。それもあって、彼は魔物に対してはとても厳しく、冷酷なのだ。
一方のリリアンはと言えば、諦めたようにフッと笑っただけ。
直後、バサリと音がして、小さな黒い羽根と羊のようにぐるりと巻いた角が現れる。
まるで、もう隠す気はないとでも言うかのように。
……でも、不思議ね。リリアンは正体を隠す気がないのと同時に、抵抗する気もないように見えるわ。だってあのロープぐらいいくらでも切れそうなものなのに、未だに手につけたままだもの。
「オリバー、アイを遠くに連れていってくれ。サキュバスは私が――」
言って、ユーリ様が剣に手をかける。けれど彼が剣を構える前に、アイの叫び声があたりに響いた。
「だめ!!! リリアンおねえちゃんをいじめちゃ、だめっ!!!」
「あっ! アイ様!」
バッ! とオリバーの手を振り払ったアイが、リリアンの前に立ちふさがり、両手を大きく広げてかばう。それを見たユーリ様は、ゆっくりと首を振った。
「……アイ。こればかりは駄目だ、彼女は魔物なんだ」
「それでもだめ! だってりりあんおねえちゃんは、アイのおともだちだもん! まものだからって、いじめるの、だめ!」
「アイ、それは……」
「だってパパ! まものがぜんぶわるいひとなら、どうしてりりあんおねえちゃんは、にげようとしないの⁉ パパにだって、やりかえしたりしてないよ!」
その言葉に、ユーリ様がハッと黙り込む。
確かにそれは、私も先ほどから気になっていたことだ。
そんな私たちの代わりに答えたのは、それまでずっと黙っていたリリアン自身だった。
「ただたんに疲れてしまっただけよ。どうせ失敗した以上、わたくしはもう主様に顔向けできないんだもの。だったら失望される前にここで終わらせた方が、ましだというもの」
……主様?
淡々と語るリリアンの顔は、虚ろだ。
「なら、アイたちのところにこればいいよ! だっておねえちゃん、ママのきしさまなんでしょ!?」
「アイ、それはできないんだ。彼女は私に術をかけ、マクシミリアンと共謀して、エデリーンを……ママを、危険な目に遭わせた」
ぎろりとユーリ様の鋭い瞳がマクシミリアンをねめつける。ジェームズに捕まってぶすりとしていた彼は、「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「じゃあ、おねえちゃんともういっかいなかよくすればいいよ! なかなおり、しようよ!」
「彼女は魔物。私たちとは生きる世界が違う」
「そんなことないよ! だって……だって……!」
一瞬、アイはちらりとそばにいたショコラを見た。けれどぶんぶんと首を振ったかと思うと、アイは叫んだのだ。
「だっておねえちゃん、どーなつおいしいっていってたもん!!!」
……どーなつ?
私たちが目を丸くする前で、なぜか虚ろだったリリアンだけが、ぴくりと肩を震わせる。
「またどーなつぱーてぃーしようねって、アイとやくそくしたもん!」
「アイ……」
「それにおねえちゃん、ほんとうはぜんぜんパパのこと、すきじゃなかったんだよ! だから、ぜんぶいやいや、がんばってたんだよ!」
「……えっ?」
突然飛び出たまったく予想外の発言に、その場にいた大人たち全員が目を丸くした。
「えっ、あの、アイ。急にどうしたの……?」
「だってアイ、すぐわかったもん。パパみてるときのおねえちゃん、ぜんぜんたのしそうじゃないから、なんでだろって、おもってたんだもん」
アイの容赦ない言葉に、ドスドスッと見えない矢がユーリ様に深く突き刺さった……気がした。
「あ、あの、アイ……? もうちょっとその、手心を加えると言うか、オブラートに包んでくれると嬉しいなっていうか」
五歳のアイにこの言葉の意味はまだ通じないだろうと思いつつも、私は言わずにはいられなかった。
だってあまりにもユーリ様が不憫で……!
「い、いいんだエデリーン。事実だから……」
「ユーリ様……!」
リリアンが企みのためにユーリ様を篭絡しようとしていたのはみんな気付いているけれど、だからってはっきりと言葉にされると傷つくというか……!
子どもの正直さ、怖い!
「だからおねえちゃんは、わるくないもん。どーなつすきなひとに、わるいひとはいないもん! うぇえええん!!!」
とうとう大声で泣き出したアイに、私はあわてて駆け寄った。抱きしめようと手を伸ばすと、アイがすぐさま胸の中に飛び込んでくる。
そうよね、アイにとってリリアンは、りりあんおねえちゃんというお友達だものね……。
「ねえ、リリアン」
私は泣きじゃくるアイを抱きしめながらリリアンを見た。
***
もう少ししんみり収束する事態……のはずが、子どもってほんとう残酷なまでに正直ですよねぇ(白目
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