第98話 ならば……目の前にいるこの女は ◆――ユーリ

『ユーリ、さ、ま……っ!』


 一瞬そんな声が聞こえた気がして、私はハッと辺りを見回した。


「ユーリ様?」


 きょろきょろとする私に、肩にこてんと頭を預けたエデリーンが不思議そうに尋ねる。


「ああいや、すまない。何か声が聞こえた気がして……」


 最近頻発する発作のせいだろうか?

 目の前にエデリーンがいるのに、どこかで彼女の声を聞いた気がしたなんて言ったら、笑われてしまうかもしれない。


「ユーリ様ったら、きっとお疲れなのですわ。最近、体調が優れないようですし」

「そうだな……。心配をかけて、本当に申し訳ないと思っている」

「いいんですのよ。私はこうして、ユーリ様と一緒にいられれば幸せですから」

「エデリーン……」


 私は彼女の口から紡がれる甘い言葉に頬を赤らめた。


 ――ある時から急に、エデリーンはとても積極的になったのだ。


 今まで聞いたこともないような甘い言葉を囁いてくるようになり、常に私のそばにいてくれるようになった。


『ユーリ様。しばらく朝も夜も、私には会いにこないでくださいませ。朝食も、寝かしつけもだめです』


 と言われた時は驚いたが、アイの自立をうながすためと強く言われては、私に断る選択肢はなかった。

 その代わり彼女の方から来てくれるようになったのだが――。


「ねぇ、ユーリ様……」


 彼女にしては高く甘い声で、細い腕がするすると私の首に回る。


「どうして、一度もくちづけしてくださらないのです? 私はこんなにお待ちしておりますのに」

「それは……」


 どうしてか、と聞かれると、わからない、としか言えない。


 もちろん、一番最初に彼女に誘われた時は、泣きたくなるほど嬉しかった。

 いつか彼女と、とずっと夢見ていたことだったのだから。

 けれどくちづけしようと彼女の瞳を見た瞬間、なぜか、違う、と思ってしまったのだ。


 私を見るエデリーンの薄い水色の瞳は、いつどんな時も、生気に満ち溢れてキラキラと輝いている。それは娘アイの瞳と、色は違えど通ずるところがあり、そんな彼女の目を見るのが好きだった。


 けれど今のエデリーンは……同じ水色であっても、そこにキラキラと光るものは、ない。


「エデリーン。逆に聞きたい。最近の君はどうして、そんなに思いつめているんだ? 私ならともかく、君がそんな風になるなんて……何か、周りに言われたのか?」

「そんなことは……」


 スッと、彼女は視線を逸らした。その時に一瞬浮かんだ冷たい光も、彼女らしくない。


「それに最近ずっと私と一緒にいるが、アイは、どうしているんだ?」

「それは前にも言ったでしょう? アイだってもういい年なんですもの。そろそろ親離れをしなくては」

「親離れ……?」


 その単語には、ひどく違和感があった。


『アイは、私たちが守らなければ』


 それがエデリーンの口癖だ。

 彼女はアイに対する愛が重すぎる節はあっても、その逆はありえない。

 いつか本当に親離れする時はやってくるにしても、今はまだ早い。

 エデリーンなら、きっとそう言うだろう。


 ならば……目の前にいるこの女は、一体誰だ?


 ぞわ、と背筋に寒気が走った。


「君は……本当にエデリーンなのか……?」


 目の前のエデリーンの姿が、一瞬ぼやけて二重になる。重なった姿に映るのは、ピンクブロンドの――。


 だがそこまで考えた瞬間、私はひどい眩暈と頭痛に襲われた。


「う、ぐ……!」

「……はあ。いい加減に諦めてくださいませ。わたくしの正体を見破る度に苦しい思いをするのは、あなたなのよ? あともう少しで全部終わるのだから、いい子にして」


 目をつぶってもぐらぐらと揺れる視界の中、私はそう喋る女性の声を聞いていた。








***

ユーリはまだ未経験(意味深


そして!活動報告などでもう知っている方もいると思うのですが、『5歳聖女』3巻の発売が決定しました!!!

これも本当に書籍を購入してくださった皆様のおかげですありがとうございます……!第3部も頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたしますー!!!

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