【3巻8/9】聖女が来るから君を愛することはないと言われたのでお飾り王妃に徹していたら、聖女が5歳?なぜか陛下の態度も変わってません?
第68話 これだから男は嫌いなのよ。★――キンセンカ(リリアン)
第68話 これだから男は嫌いなのよ。★――キンセンカ(リリアン)
「わかりましたわ。リリアン様――いえ、リリアン。あなたに、私の護衛騎士となることを命じます」
言いながら、王妃エデリーンがわたくしに微笑む。
聖女アイの母親である彼女は、滑らかな金髪に透き通る水色の瞳をしていた。形良い輪郭に、品のある佇まい。まだ若いながらも凛とした空気を持つ王妃は、けれど聖女アイと話す時だけ、ふわりと表情がやわらかくなるのを知っている。
「ありがたき幸せ。心より仕えさせていただきますわ」
わたくしは標的のひとりである王妃を見つめたまま、うやうやしく頭を下げた。顔が見えなくなるのをいいことに、にやりと笑いながら。
ふふ。王妃様、どうかわたくしを恨まないでね。
あなたに恨みはないけれど、王妃は聖女アイの守護者。聖女の力を無効化するために、まずはあなたがた夫婦の絆を裂かなければいけないのよ。
以前魅了した男がぺらぺらと教えてくれたのだけれど、人間の世界には『将を射んと欲すればまず馬を射よ』という言葉があるのでしょう? ならわたくしも、その策を利用させてもらうわ。
そんなわたくしの企みにも気づかず、一番の標的である国王ユーリの声が降ってくる。
「ではリリアン殿は、着替えが終わったら係のもののところに来るように。近衛騎士となるなら専用の部屋も与えられる。すべて担当の女官が説明してくれるはずだ」
「かしこまりました」
返事をしてから、わたくしはとびきりの微笑みを浮かべて顔を上げた。男なら誰でも見惚れさせてきた、わたくし自慢の蠱惑の笑みだ。
矛先はもちろん、国王ユーリ。
……けれど彼は、わたくしと目が合うか合わないかのタイミングで、既にもうわたくしから視線を外していた。
「エデリーン、君が快諾してくれてよかった。これで私も、安心して執務に集中できる」
そう言って国王ユーリが見ているのは、妻である王妃エデリーンだ。
「ユーリ様ったら本当に心配性ですのね」
「そ、そうだろうか? 普通だと思うのだが」
「でもそれで安心してもらえるのなら、お安いことですわ」
言って、王妃エデリーンはふふっと微笑んだ。その顔は呆れながらも、どこか嬉しそうだった。まだ恥じらいの残る初々しい笑みに、国王ユーリは王妃以上に嬉しそうに顔をほころばせている。
……はた目から見ていると、このふたりは本当に仲がいいのね。というよりも、国王が王妃にべた惚れなのかしら?
わたくしは気づかれない程度に目を細めた。
国王ユーリは、黙っていればかなりの威圧感を感じる男前だ。にもかかわらず、今はニコニコとしすぎて威厳なんて微塵も感じられない。
最初見た時は、「この様子なら秒でわたくしの瞳に魅了されるわね」なんて思っていたのだけれど……意外なことに、そうはならなかったの。
わたくしは国王夫妻と最初に会った日のことを思い出していた。
その日は祝賀会という名の舞踏会だった。
主様の命を受けたわたくしは、すぐさまマキウス王国に侵入して任務を開始していたの。
サキュバスは男と目を合わせるだけで魅了をかけられるから、王宮の出入りを監視し、会った男を片っ端から魅了していけば、すぐにみんなぺらぺらと話してくれる。
その中から王妃エデリーンと因縁があるデイル伯爵マクシミリアンの話を聞き出し、彼の家に乗り込んでまんまと彼をわたくしの支配下に置いた。そして、マクシミリアンの遠縁として祝賀会に潜入したのよ。
当日はわたくしの美貌に、会場中が酔いしれていた。特別強い魅了魔法を使わずとも、性別関係なく皆の視線がわたくしに釘付けになり、それは王妃エデリーンだって例外ではなかった。わたくしを見た彼女の瞳には、確かに感嘆の色が浮かんでいたんだもの。
なのに、国王ユーリだけが……私に見向きもしなかったのよ。
挨拶の時に一瞬、間違いなく目は合った。にもかかわらず、彼はわたくしの美しさに見とれることもなく、称賛することもなく、何事もなかったかのようにサッと視線をマクシミリアンに戻してしまったのよ!
そんなことは初めてだったから、一瞬何が起きたのかわからなくてわたくしは呆然としてしまった。あわてて自慢の微笑みを強めてみたけれど、国王ユーリはそれにも無反応。それどころかわたくしより、マクシミリアンを見ている時間が長かったくらいなのよ。
……なんたる屈辱! 一体、どうなっているの!?
わたくしはその日、マクシミリアンに八つ当たりをしながら帰ったあと、試しにマクシミリアンを魅了してみた。
普段はわけあって魅了を解いているのだけれど、改めて彼の瞳を見つめた瞬間、マクシミリアンはわたくしのしもべになった。わたくしにぶたれても踏まれても、顔にはとろけた笑みを浮かべるだけ。
……でもこれが普通の反応なのよ。わたくしはサキュバス。目が合った男は、皆こういう反応になるのが自然なの。なのに!
……それからわたくしはこう考えたわ。
あの男は腐っても国王。つまり――何か特別な加護を受けているのかもしれない、と。
聖女だけが使える力を持つと聞くもの。父親である国王に、何か加護を授けていたって不思議ではない。
だからわたくしは手を変えることにした。
ただの令嬢として国王に近づくには、限界がある。それよりも国王ユーリと王妃エデリーン両方に近づける最良の手段――王妃の護衛騎士になることにしたの。
あの男は軍人王で、一時期剣にしか興味がなかったとマクシミリアンが言っていたから、ただの令嬢よりもそちらの方が興味を引くだろうと思ったのよ。
とは言っても、さっきは本当に疲れたわ……。
思い出しながら、わたくしはまだジンジンする手をぎゅっと握った。
私は魔族だから人間どもに比べたらよほど体は丈夫よ。それに魔力を総動員して腕利きの騎士を装うぐらい、わけないわ。
だけどあの男――ほんっっっっっとうに容赦ないのね!?
思い出してクワッと目を見開いた。
わたくしが魔族じゃなかったら、先ほどは血を見ていたわよ!? 女性に対してなんて馬鹿力を発揮してくるのかしら! ……いえ、「手加減なしで来てくだいませ」と言ったのはわたくしだけれども、そういうことじゃないのよ。そこはうまいこと空気を読んでほしいというか!
「デイル伯爵とリリアン殿は先に戻っていてくれ。私はもう少し、家族とここに残る」
思い出して内心イライラしていると、わたくしのことはもう忘れたらしい国王ユーリが優しい瞳で聖女アイを見つめた。鼻先を赤くした聖女が、ぴょこんとウサギのように跳ねる。
「やったあ! じゃあパパ、ママ、みんなでゆきだるまつくろ! なべのおじちゃんも!」
「よーし! じゃあユーリ、どっちがでっかい雪だるまを作れるか競争だ!」
「それなら訓練場より庭の方に行こう。あっちの方は雪を残してあるだろう」
なんて言いながら、和気あいあいと移動していく。残されたわたくしに、王妃エデリーンが微笑んだ。
「リリアン。後程またきちんと挨拶をさせてくれるかしら。あなたも汗をかいたでしょう。早めに着替えていらっしゃいな」
「お気遣いありがとうございます」
にこりと微笑むと、王妃エデリーンもうなずいて聖女たちの後をついていった。
彼らが十分に離れたのを確認してから、マクシミリアンがわたくしに小声で話しかけてくる。
「……これで君の要望通り、王宮に潜り込ませたぞ。後は任せていいんだな?」
「もちろんよ」
わたくしの使命は国王と王妃の仲を引き裂くこと。
一方マクシミリアンの望みは、王妃エデリーンを手に入れること。わたくしがあえてマクシミリアンの魅了を解いたのは、利害が一致しているからだった。
「ならいいんだ」
ホッとした様子のマクシミリアンを、わたくしは冷めた目で見た。
……この男も本当に自分勝手ね。
一度は他の女に目が移り、自分から王妃エデリーンを捨てたにもかかわらず、人妻になった後でやり直したいだなんて。
これだから男は嫌いなのよ。
「それじゃ、わたくしは着替えてくるわ。説明とやらも受けてこないと」
マクシミリアンを置いて、わたくしはさっさと歩きだした。
――わたくしは上級サキュバス。
そんじょそこらの下級サキュバスと違って、視線を合わせるだけで男の気を吸い取れるし、支配下に置いて意のままに操るとこともできる。この国ではないけれど、かつてわたくしが「悪女」としてふるまった結果、滅びた国は今も歴史書に載っているわ。
けれどわたくしは男が嫌いだった。大嫌いだった。
だって考えてみてちょうだい。若くて見目麗しい女が現れた途端、長年連れ添った女房を、恋人をあっさりと捨てて乗り換える男のどこに魅力を感じろというの? どんなに愛を囁いてきたところで、薄っぺらいと思わない?
だから、男はわたくしにとってエサであり、道具である以外の何物でもない。
さっさと着替えると、わたくしは王宮の指示された場所に向かって歩き出した。
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