第28話 そういうところは尊敬しているのよね
「あまり日持ちはしないが、少なくとも今日明日は大丈夫のはずだ」
翌日。ハロルドにサクラ陛下用のぼたもちを包んでもらいながら、私とアイ、それにユーリさまとホートリー大神官の四人は馬車の前に立っていた。ユーリさまが、アイを抱え上げて馬車に乗せている。
私は見送るハロルドに向き合った。
「ありがとう、ハロルド。本当に助かったわ。あなたがいなかったら、きっとぼたもちは完成していなかったと思う」
小豆やもち米という未知の食材を使い、記憶と片言な商人の証言を頼りにぼたもちを見事再現してみせたハロルドの腕前は本物だ。
それにユーリさまいわく、彼は他の仕事と両立させながら、何度も試行錯誤して徹夜でがんばってくれたみたい。アイに渋い豆を食べさせたことはいまだに根に持っているけれど、それとは別に彼の頑張りはきちんと評価してあげたいわ。
私がお礼を言うと、ハロルドは不思議そうな顔をした。それからぼりぼりと、自分の頭を掻く。
「……あんたは本当に不思議な王妃さんだな。貴族のお嬢さまって言うのは、俺を見ると大体汚らわしいものでも見るかのような目をするのに。あんたは俺を嫌がらないどころか、お礼まで言ってくれる」
「そう……かしら? 結構雑な扱いもしている気がするけれど」
「雑な扱いでも、おれとちゃんと話してくれたのはあんたが初めてだよ。俺はド平民から成り上がった騎士で、料理人だ。品も何もないからな。今まで会った令嬢たちはみんな、扇子でサッと顔を隠したきり、目も合わせてくれなかった」
目も合わせないの? 確かにハロルドは貴族男性と違って野性味にあふれた雰囲気だけど……そこまでかしら?
私は首をひねった。
「我が家の教育方針があったから……かしら? 身分問わず、人は大事にするよう教育されてきたのよ」
父がいつも言っていた言葉を思い出す。
『私たちの生活が成り立っているのは、私たちがえらいからではない。生活を支えてくれる人たちがいるからこそだ。決して軽んじてはならん。大事にせよ』
色々と破天荒な父だけれど、そういうところは尊敬しているのよね。
……そういえば、お父さまたちは元気にしているのかしら? 私を王妃にするなり、お母さまと“らぶらぶ夫婦旅行”に行ってしまってまだ帰ってきてないはずだけど……。
私が考えていると、ハロルドが真剣な顔で言った。
「俺……実を言うと、聖女以外が王妃の座に収まるのは反対だったんだ。どう考えても揉め事の種にしかならないし、ユーリにこれ以上の苦労を背負わせたくなかった」
その告白は、全く驚かなかったと言ったら嘘になるけれど、同時に納得もしていた。
私だって、聖女じゃない自分が王妃の座に収まるのは厄介ごとにしかならないと思っていたんだもの。ユーリさまの友であり、ユーリさまのことを案じるハロルドにとってはなおさらよね。
「でも……姫さんが五歳だからってわけじゃないが、俺はあんたが王妃でよかったと思ってるよ。俺を偏見の目で見ないあんたなら、この国を任せてもいいと思っている」
「ハロルド……」
言い方はぶっきらぼうだったが、その瞳は本気だった。
そこへ、ユーリさまがぬっとあらわれる。目は鋭く、彼は牽制するように言う。
「……ハロルド、エデリーンは私の妻だぞ」
「待て待て早まるな、落ち着け。俺がお前から奪おうなんて畏れ多いこと考えるわけないだろ!」
まだ命は惜しいからな! と叫びながらハロルドはあわててあとずさりした。
ユーリさまったら変なところで心配性ね。ハロルドは私を王妃として認めてくれただけよ。
そんな私の視線に気づいたのだろう。ユーリさまが咳払いした。
「それより、そろそろ出発しよう。サクラ陛下にぼたもちを届けるなら、早い方がいい」
「そうでしたわ!」
サクラ陛下の住まう離宮はここからは少し離れているし、最近は気温もあたたかくなってきたもの。少しでも早めに行くに越したことはないわ。
馬車から顔を覗かせたアイが、「ママまだぁ?」とほおをふくらませている。
「待たせてごめんなさい。さあ、出発しましょうか」
私はユーリさまの手を借りて馬車に乗り込んだ。
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