第27話 美形って怖い!
「待たせたな、これが“ぼたもち”だ!」
そう言ってアイの部屋でハロルドがテーブルに出したのは、白いお皿に載せられたまぎれもない“ぼたもち”だ。
アイの記憶で見たものと、そっくりそのまま同じ……だと思う。
「これ……味は大丈夫でしょうね?」
私は怪しみながらハロルドを見た。隣では、アイも眉間にぐっとシワをよせて、精一杯の怖い顔を作っている。
「大丈夫だよ。ああいう悪戯はもうやらねえ。命が惜しいからな」
ユーリさまを見ながら、ハロルドは言った。……それなら、大丈夫そうかしら。
念のため、私はアイに少し待ってもらって先に毒見ならぬ味見をする。ナイフを入れると、黒くて丸いぼたもちがまっぷたつに割れ、中から白い米が覗いた。
……うん、中身もアイの記憶通りね。
さらに一口大に切ってから、私はおそるおそる口の中に運んだ。
途端、口の中にふわぁっ……とした甘みが広がる。舌に触れる少しざらついた感触が、豆よね? 普段慣れ親しんでいる菓子よりも控えめで優しい甘さに、思わずほぅ……と顔がゆるんだわ。甘い豆って、こんな味がするのね。おいしいじゃない。
噛むと、アイの言う通りモチモチとした食感が豆と混じって、今度はほんのりとする絶妙な甘さになった。しっかりした噛み応えのせいか、一口しか食べてないはずなのにとても満足感があるわ。アイが「たべてもたべてもなくならない」って言っていたのは、もしかしたらこのことかもしれないわね。
「うん……! おいしいわ! アイも食べて大丈夫そうよ」
私は小さめに切ったボタモチを、きらきら目を輝かせて待っているアイのお口に運んだ。
あむっ! と言う音とともに吸い込まれ、ぼたもちを噛むたびにアイのほっぺがぷくぷくとふくらむ。それから、アイが「くぅーっ」と声をもらした。
「おいしいねぇ。おばあちゃんのぼたもちといっしょだねえ」
ぼたもちがこぼれないよう、手で口を押さえながらアイが嬉しそうに言う。ハロルドがここぞとばかりに胸をそびやかした。
「ふふん、どうだおれの腕前は。言っとくけど、そこにたどりつくまで結構大変だったんだぜ。米だって普段使ってるものだとパッサパサになるから、わざわざ“もち米”とか言うのを入手してきて、それも煮るんじゃなくて炊き上げるんだって片言の商人に教わって、すげえ試行錯誤した末に――」
「ユーリさまも召し上がられますか?」
ぼたもち制作の苦労を語り始めたハロルドはそのままに、私は隣に座るユーリさまの方を向いた。
「あっおい、おれの話を聞いてくれよ!」
「聞きますわよ。でもその前に、ユーリさまに食べさせたっていいでしょう?」
「……まあ確かに」
ユーリさまは甘いものがあまり得意ではないのだけれど、この優しい甘さならいけるのではないかと思ったのよ。おいしいものは、みんなで分け合いたくなっちゃうの。
「……なら、少しだけもらおう」
ユーリさまがそう言ったので、私は自分の分を少し切り取った。それから一口分をフォークに刺して彼に差し出す。
「はい、あーん」
途端、ユーリさまが硬直した。
「エ、エデリーン……その、私はひとりで食べられるぞ」
その言葉にはっとする。
し、しまった……! 最近ずっとアイにあーんするのが当たり前になりすぎて、つい……!
「ご、ごめんなさい! 私ったら!」
なんて失礼なことを! 赤面しながらあわてて手をひっこめようとしたところで、手首を掴まれた。見れば、同じく顔を赤くしたユーリさまが、絶妙に私から目を逸らしながら言う。
「……いや、せっかくだからもらう」
言って、ユーリさまの顔が近づいてくる。
長めの黒髪がさらりと肩から落ちて、伏せられた長いまつげが見える。それから形の整った口に、ぱく、とぼたもちが吸い込まれた。
「……うん、これはうまいな。さすがハロルドだ」
言いながら、ユーリさまがぺろりと口の端を舐めた。一瞬覗いた赤い舌に、私の心臓がドッと暴れる。
「そっ、それは大変よかったですわ……」
なっ……なんなの今の! 思わぬ色気に、ちょっと声が裏返ってしまって猛烈に恥ずかしいですわ……! 美形ってたまにこういうところで思わぬ威力を発揮してくるから怖い! 油断、禁物!
私が動揺を出さないように内心で格闘していると、ニチャニチャした笑顔を浮かべたハロルドがこっちを見ていた。……なんなのその顔。なんかねばついてるわよ。
「ふぅーん、ふぅーーーん? 我らが王さまと王妃さまは、ずいぶん初々しい仲のようですなあ?」
「ほっほっほ。見ていると何やら、甘酸っぱい気持ちになりますのう……」
ちょっとまって。どこから出てきたのか、ホートリー大神官までハロルドに乗らないで!?
「あの『軍神ユーリ』がねえ……ふぅん、王妃サマにはこんな顔をするんだあ……へええ、ふうううん」
「おいハロルド、お前何を企んでいる……」
「いやいや、何も企んじゃいねえさ。ただ騎士団のやつらに話したら、さぞかしみんなが喜ぶだろうなあと思って」
プークスクスと、ハロルドが悪い顔をしながら手で口を押さえて笑っている。
「やめろ! 奴らには知られたくない」
ハロルドがケタケタ笑いながら逃げていくのを、ユーリさまがあわてて追いかけに行く。
それを遠目に見ながら、私はアイにもうひとくちぼたもちを食べさせていた。
「ヘーカは、あのおじさんとなかよしだねぇ」
もにもにとほっぺを膨らませながらアイが言う。
「仲良し……そうねえ、きっと仲良しなのね。あんな風に本音で話せる友達がいるのは素敵なことだわ」
もうひとくちぱくっと食べながら、アイがつづける。
「アイも、ぼたもちもってったら、おばあちゃんとなかよくなれるかなあ……」
サクラ陛下のことかしら? 忘れないで、ずっと覚えているなんて……アイは優しい子ね。
私はさら……っとアイのやわらかな髪を撫でた。
「きっと、仲良くなれるわよ。今度お会いするのが楽しみね」
私の言葉に、アイが「うんっ!」っと力強くうなずいた。
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