第8話 アイは、うちの子です!

 駆けつけた召喚の間では、今まで見たこともない異常な瘴気に覆われていた。


 吸っただけで胸を悪くするような、どす黒い気にウッと鼻を覆う。先についた騎士たちが、苦しそうに顔をしかめている。


「アイ!? なぜここに!?」


 陛下の声。見れば、大きな黒い渦の前に立った陛下の服を、心配そうな顔のアイが掴んでいた。


「アイ! 危ないわ! こちらに来るのよ!」


 私がアイの腕を掴み、連れ出そうとしたそのときだった。


 キィィイイン、という奇妙な音とともに空間がぐにゃりと歪み、渦から青白い手が突き出される。


 私は咄嗟にアイを隠すように抱きかかえた。魔物が襲ってきても、彼女だけは守らなければ!


「エデリーンとアイを守れ! 傷ひとつつけさせるな!」


 剣を抜いた陛下の怒号が響く。すぐさま騎士たちが、私とアイの周りを囲んだ。そんな私たちの目の前に、渦の中からゆっくりと魔物が――いや、人間が現れた。


「マ、マ……?」


 胸の中のアイが、小さく呟いた。


「え?」


 私は渦から現れた人間を見る。


 現れたのは、男女の二人組だった。どちらも私より年上に見える。彼らはアイと同じ風変わりな服を着て、けれど目は血走り、すさんだ空気を醸し出していた。


 驚いていると、二人がアイに気づいたらしい。


「愛、てめぇ! 今までどこにいたんだよ!」

「そうよ! あんたのせいで警察に捕まっちゃったじゃない! このままじゃあたしたち逮捕されちゃう、早く帰るわよ!」


 わけのわからないことを叫びながら、近づいて来ようとする。


「――そこまでだ。アイに手出しするなら、容赦はしない」


 スラリと剣の刃を輝かせて、陛下が二人の行く手をさえぎった。


「な、なんなんだお前! 変な服着て……警察呼ぶぞ!」

「その子はあたしたちの子だよ! 早く返して!」


 だが陛下は冷たくにらんだまま、全く動じない。たじろいだ女がアイに向かって叫ぶ。


「愛! おいで! ママと一緒に帰ろう!? 家に帰れば、おいしいケーキがあるよ!」


 アイは震えながら、ぎゅっと私にしがみつく。私は叫んだ。


「おだまりなさい! あなた方にこの子の親を名乗る資格はありません! アイはうちの子です!」

「なによあんた、えらそうに……! あんたなんかただの誘拐犯じゃないの! アイ! わがまま言ってないでさっさと帰るよ!」


 カッと頭に血がのぼる。私はいてもたってもいられず、アイを騎士に預けるとずかずかと女の前まで歩いていった。それから叫ぶ。


「誘拐で結構よ! アイはうちでたっぷり甘やかしてたっぷり可愛がってたっぷり幸せにしますから、どうぞお構いなく! さっさとお引き取りください!」


 それから両手で力の限り、どんと女を押した。彼らが渦から来たのなら、渦からお帰りいただけばいいのよ!


「きゃっ!」


 目論見通り、バランスを崩した女が渦の中にずぶずぶと倒れこんでいく。


「てめぇっ……!」


 隣に立つ男が、私に殴りかかろうとしていた。だが男の拳が繰り出される前に、陛下がみぞおちに拳を叩き込んだ。そのまま流れるように鮮やかな回し蹴りを入れて、渦の中に蹴落とす。


 陛下が叫んだ。


「アイ! 君はどうしたい! 私たちの子になるか!? それともあちらの世界に帰りたいか!?」


 アイは泣いていた。泣きながら、小さな体で叫んだ。


「わ、わたしは……エデリーンにママになってほしい! パパは、へーかがいい!」


――アイが叫んだ瞬間、渦が爆発音を立てて霧散した。アイの両親だと言う人間も消えている。後に残されたのはこの国の人間と、アイだけ。


「アイ!」


 私はすぐさまアイの元へ走り、小さな体を抱きしめた。アイがぎゅっとしがみついてくる。その頭を、陛下が優しく撫でる。


「……アイ、酷なことを聞いて悪かった。その代わり、私たちが君を大事にしよう。君の本当の両親の分まで、いやその何倍も幸せにしてみせる」


 その言葉に、アイはうなずきながら泣いていた。私から離れておずおずと、けれどしっかりと陛下に抱きつく。


 それを微笑んで見ていると、陛下が今度は私を見た。


「……その、エデリーン。君も、私とともにアイの親になってくれないだろうか」

「もちろんですわ。私はお飾りとは言え陛下の妻です。誠心誠意、尽くさせていただきますわ」


 けれど私の言葉に、陛下が口ごもる。あら? 欲しかったのはこの言葉じゃなかったのかしら?


「その……それなんだが……お飾りというのも、もうやめたいのだがどうだろう……?」

「えっ?」


 私がきょとんと見つめると、陛下はぼっと顔を赤らめた。


「いや、その、都合がいいことを言っているのはわかっている。……だけど私は君と、夫婦になりたいんだ。愛のある、本物の夫婦に」


 いつも淡々としている陛下が、耳まで赤くなっていた。

 言葉の意味がわかって、じわじわと胸があたたかくなる。私はこらえきれず、微笑んだ。


「もちろんですわ――ユーリさま」


 そんな私たちをアイがニコニコしながら見つめ、小さな手が私の腕をはっしと掴む。


 ――その瞬間、またもやばちっと体に衝撃が走った。


「うんっ!?」

「? エデリーン?」


 ふたたび頭に流れ込んでくる

                     

『聖女アイ:スキル以心伝心を習得。対象、王妃エデリーン』


 ……待って、今度は何!?

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