「よく頑張ったわね」

 再び私の意識が戻っていた時、自分が医療施設の白いベッドの上に寝かされていたことに気づいた。


「あ――」


 ようやくに戻ってきた意識の中で自分の状況を冷静に判断する。着ているものは全て脱がされ、医療用の下着とガウンに着替えさせられていた。

 右腕がベッドの上に出されてそこにゴムホースと鋭利な針で薬液が点滴投与されている。

 自分の体が恐ろしく冷え込んでいるのが分かる。

 身体が芯まで冷えて指を動かすことすら辛いものがある。

 自分が今どこにいるのだろうととまどいながら周囲を見回せば、不意に声がかけられた。


「大丈夫? 気がついた?」


 それは若い女性の声。それは何度も、何度も聴いたあの声――


「えっ? ルスト――さん?」


 銀髪、翠目、小柄なシルエット、瞳はいつでも力強くはるか前を向いている。

 着ているものは、ロングのスカートジャケットに、ボレロジャケット、その上にロングコートと、黒ずくめの衣装。

 誰もが知っているそのシルエットは奇跡のような成功を何度もなし得た国家的英雄。

 彼女の二つ名は、


――旋風のルスト――


 彼女が目の前にいた。呆然として見つめている私に彼女が話しかけてきた。


「気分はどう? 吐き気とか頭痛とかは無い?」

「いえ、大丈夫です。かなり体が寒いですけど」

「それは仕方がないわ。低体温症だって軍医が言ってたわ。でも重症じゃないから明日の朝には復帰できるって」


 そして彼女は私の右手を両手でしっかりと握りしめてくれた。


「よく頑張ったわね」


 私は戸惑っていた。


「あの、ご覧になられていたんですか?」

「ええ、集められた志願者の中に女性が一人だけいるって聞いてね、興味が湧いて最終訓練を閲覧させてもらってたの」

「いつからですか?」

「あなたが射撃を始めてから」


 私の苦闘を彼女は見届けてくれていたのだ。

 冷え切った私の右手に彼女の両手のぬくもりが伝わってくる。

 でも今の私には嬉しさよりも不安の方が大きかった。


「あの、私失格ですよね」


 彼女はすぐには答えてくれなかった。


「最後まで撃ち終えたけど、体力切れで完了報告まで行きませんでした。上官に結果報告をしてそれで初めて成功ですから」


 そう弱音を吐いた時だった。


「あなたに最終訓練の結果を伝えるわね」


 優しい言葉の中に彼女の冷静さがにじみ出ていた。


「クレスコ・グランディーネ伍長、最終訓練結果を成功と認める。指導教官ルドルス・ノートン」


 その言葉と同時に彼女は私に一枚の紙切れを手渡してくれた。

 そこにはこう記されていた。


――全ての訓練課程を終了したことをここに認める――


「最終訓練、直前まではあなたは上から8番目だったけど、最終訓練で全弾命中させたのはあなた一人。しかも途中から風の強い雨天になった事で難易度は格段に上がった」


 そうだ。雨に祟られたのは私だけだ。


「あれは辛かったですけど、かえって幸運でした」

「そう?」

「はい。途中で尿意を催したので。全身ずぶ濡れになったんでそのまま」


 恥ずかしながら頬が赤くなってくる。

 なりふり構わぬふるまいをルストさんは笑わなかった。


「そんなの前線ではよくある話よ」

「そうなんですか?」

「ええ、敵国の前線部隊とにらみ合いになると、そのまま1ヶ月も2ヶ月も膠着状態なんてよくある話。ましてや敵軍と戦場で混戦状態になったら、のんびり休息なんてできない。私も今までで3回くらい着たままでやってるわ」


 あっさりとした言葉に私はあっけに取られるしかなかった。


「ドルスが言ってたわ、物凄い肝の座った女性兵士が入ってきたって。あいつなら最後まで乗り越えるだろうって」

「教官が」

「ええ、ズボラそうに見えるけどあいつあれでなかなか面倒見いいのよ。特に女の人にはね」


 その言葉の裏にはルストさんも、ルドルス教官に助けられたことがあるかのようだった。

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