「続行了解」
100発を過ぎて130に差し掛かった時だろうか、ついにあの問題がやってきた。
「ちっ」
心の中で舌打ちする。そう〝シモ〟の問題だ。
水を飲まずに対策した連中は喉の渇きと体調の乱れで成績を落とした。水を飲んだ連中は尿意をこらえきれずに途中で断念した。
心の迷いは指に現れる。引き金を引く力が乱れたことを私が悟る。銃から人差し指を離した時だった。
――ポッポッポッ――
空が泣き出した。よりにもよって11月に入ったこの寒空で雨が降り出した。大粒の雨、雨量は瞬く間に小降りとは言えない量になっていく。
「金属薬莢式だから雨天でも撃てる」
教官にそう教わったのを思い出す。はるか眼下の仮設本部からは中断の指示は来ない。つまりは、
「続行了解」
続けろということだ。冷たい雨が全身に染みていく。あっという間に上着はおろか下着にまで雨水が閉めていく。全身の体温があっという間に奪われる。
ルドルス教官は筋金入りの実戦型だ。訓練だからと手ぬるいことは一切しない。この最終訓練だってそうだ。
戦場ならどうなるか? 雨が降ったからといって中断したら罵声を浴びせられるに違いない。
だがこれは――
「かえって好都合ね」
恥も外聞も関係ない。これは私の〝生きる場所〟なんだ。
何の取り柄もない、目立った特徴のない、この私の生きる場所。
やっと見つけた自分の〝適性〟
それを確実なものにするためならなんだってやってやる。
私は股間の力を緩めた。生暖かいものが着衣の中に広がっていく。
恥ずかしいなんて思うものか。戦場ではトイレに行ってる暇なんてない。垂れ流しなんてよくある話だ。
不安要素を排除してスッキリすると私は再び、狙撃に集中した。
大雨の降る中をふたたび引き金を引き続ける。
完全に意識を狙撃に集中させてひたすら打ち続ける。
150、160、170、180――
だが、
「意識が……」
冷たい雨が体温を奪っていく。当たり前の体力ですら削ぎ落とされていく。でも、私は逃げるわけにはいかない。
やるんだ! 最後まで!
体力と気力が、限界を迎える中で、私は震える手で回転式弾倉に残りの4発を込めていく。
そして――
198、199、200――
最後の弾を打ち終える。はるか下から声が聞こえる。
「クレスコ・グランディーネ! 全弾終了!」
はるか下から声のようなものが聞こえる。
でもそれが限界だった。
「終わった」
そう呟くのと同時に私の両手からリボルバーライフルが滑り落ちた。
意識の糸が切れそうになる瞬間、私の体に暖かい毛布がかけられた。
「大丈夫か!? クレスコ!」
「教官?」
尊敬するルドルス教官の声だ。
「よくやった! 全弾命中だ!」
その言葉が何よりも嬉しかった。
教官に抱きかかえられて射撃現場から降りていく。朦朧とする意識の中、運ばれていく私。
ふもとの仮設本部にたどり着いた時、私の意識は限界を迎えていた。
その瞬間、私に声をかけていたのは――
「大丈夫? しっかり!」
女性の凛々しい声がする。
儀礼式典で、本部庁舎で、西方司令部で、制圧現場で、様々な場所で何度もかけて何度も聞いた声だった。
「搬送準備! 医療部へ急いで!」
ああ、この声はあの人だ。憧れのあの人の声だ。
ルドルス教官が何か言ってる。
「ルスト! 頼む! 付き添って行ってやってくれ」
「わかったわ! あなたはこちらをお願い!」
「頼んだぞ!」
私は馬車に乗せられてどこかへと運ばれていく。
そして、私の意識はぷっつりと途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます