「クレスコ、あんた行ってみたら?」

 それは1ヶ月ほど前の秋の終わりの頃だった。


 女性兵宿舎で寝起きしている私たちのところにある募集書類が巡回してきた。


――――――――――――――――――――――――――

【臨時編成部隊、志願者募集】


新部隊を編成のため、以下の要件で志願者を募る


1:伍長以下の兵卒

2:心身ともに頑強な者

3:精術適正の無い者

4:男女不問


フェンデリオル正規軍総本部編成事務局

――――――――――――――――――――――――――


 事務局から回ってきたその書類を8名ほどの同室の仲間たちで回し読みしていた。

 軍学校の頃から同期だった親友が問いかけてくる。


「クレスコ、あんた行ってみたら?」

「えっ? なんで?」

「だってあんた〝適性欠損〟じゃん」

「う、うん――」


 適性欠損、その言葉が私に重くのしかかる。

 私は仲間が右腰に下げた、一振りの剣に目をやった。

 仲間のエーレンは精術適性がある。火精系の力の持ち主で火炎の力が宿った剣を所有している。その剣技とも相まって彼女は最前線の白兵部隊に配属が予定されている。

 それに対して私は――


「あんたが悩むのはわかるよ。フェンデリオルの軍隊じゃ、精術適正が有るのと無いのでは先行きの可能性に雲泥の差があるからね」

「うん」


 精術――

 私たちの世界には精霊科学に基づいた〝精術〟と言う技術が存在する。その精術を用いた武器が〝精術武具〟と呼ばれる。

 風火水地の四つの属性を持ち、使用者によって適正が異なる。当然、適性によって所有できる精術武具にも違いが出るのだ。

 私は募集要項の書類を見つめながらつぶやいた。


「なんで精術適正の無い人限定なんだろう?」

「さあね。理由が書いてないってことは表にあかせないってことさ」


 すると同室の別の女性兵士の声がする。


「案外、新しい武装のテストとかじゃないの? 精術を使わない新型武器とかさ」


 さらにもう一人が、


「頑強って言葉がついてるあたり体力自慢じゃないと厳しいんじゃない?」

「じゃ男性限定?」

「かもね、最近は男性限定って明記すると抗議を受けるって言うから、それ対策で書いてるんじゃない?」

「男女平等なんて言ってるけど、現実はそんなに甘くないよ」

「だよねー」


 いずこも同じ。軍人として国を護る意志に違いはないと口では言うが、結局、体力の差や同性同士での連帯意識などで差がつけられてしまう。

 そのためどうしても、優れた戦闘能力の裏付けがないと女性兵士は歓迎されない傾向にある。


「結局、施設内部の内勤になるか、どっかのお偉方の秘書にでもなるのが王道だからね」

「でもそれじゃ何でこの世界に入ったんだか」

「だよねー」


 愚痴をこぼしあう仲間たちの言葉を耳にしながら、私はその書類を手にして立ち上がった。


「ちょっと行ってくる」

「行ってくるってはどこへ?」

「事務室」


 その言葉は、私が新部隊に志願することを意味していた。


「ちょっと本気?」

「絶対男連中と一緒にしごかれることになるよ?」

「追いついて行く自信があるの?」


 男性と女性が混成で訓練されることは少ない。体力差から脱落の可能性が増えるからだ。

 でも――


「でも私、今のままだと〝お飾り〟にしかなれないから」


 何の取り柄もないごくごく標準的な女性歩兵卒、今の正規軍の中では一番肩身の狭い存在だった。でも、自分の人生の中でもっと上を私は目指したかった。

 そんな私を仲間たちは励ましてくれた。


「やってみなよ」

「男たちに一泡吹かせな」

「クレスコ、あんたが人一倍頑張ってるのはみんな知ってるよ」


 エーレンやみんなの言葉にことさら勇気が湧いてきた。


「ありがとう、行ってくるね」


 こうして私は自分の運命の扉を開いた。

 ある人への憧れを抱いて。

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