永禄四年(西暦一五六一年)

第五話 神宮年始大富くじ

「伊勢神宮の年始大富くじ!俺が当てるからな!!」


仕事終わりに酒を嗜む客が多い飯屋で、藤さんが酒に酔ったような大声を張り上げる。


「景品の米三俵!!」


賑やかな飯屋の喧騒で酔っ払いが叫ぶのは日常だが、皆米三俵という単語は判断能力が落ちている酔っ払いであっても聞き捨てならなかったようだ。

周りの客が藤さんにそれとなく視線を向けるのが分かる。


「これで俺も運が開けるっちゅーもんじゃ!」

「俺はーー正月にーー大八車を持ってーー米三俵を迎えにいくゥー!!」


もう三俵を手に入れたかのように上機嫌で謎の唄を歌う藤さん。なかなかの役者だな。


「でもおめぇ日頃の行い悪いじゃねぇか」


小平太がそんな上機嫌な藤さんにツッコミを入れる。


「俺が伊勢の大神だったらぜってぇお前だけには当てねぇ」


まぁ参拝もせずに精進落としをするような不信心者だ、俺が伊勢の大神でも当てないと断言できる。


「なんだとぉ!?」


藤さんが小平太に飛び掛かり殴られる。本当に酒に酔ってるのか酔っていないのか分からない迫真の演技だ。そんな彼らを尻目に他の客も藤さんの言った「伊勢神宮年始大富くじ」の話をし始めたようだ。

よしよしこれでいい。


富くじ付寄進を出した当初は閑散としていた社務所は、藤さんが一席打った次の日から一人また一人と確実に寄進が増えていった。

娯楽の少ない世の中、噂と共に寄進の数は増え一日で百口以上も寄進が集まる日も出てきた。一人で十口の寄進をする欲深…いや信心者までいる。気がつけばまだ秋の終わりだというのに一万口あった富くじはなくなり、急遽一口十文の小富くじを作る事になった。

気が付けば信長が死んだ激動の永禄三年は終わり年が明けた。


永禄四年


正月の三が日の賑わいも一段落、松の内も明け伊勢神宮は本来の静謐さを取り戻す…事はなく、そこには三が日に負けじと劣らぬ人だかりが出来ていた。


「…本当に買ったのか藤さん?」


「何ンぞ不味い事でもあるんか?」


舞台裏、関係者一同が集う広間で藤さんが俺に問う。


「仮に運営側から当選がでたら八百長だと疑い納得しない者が出るだろう?」


「あー」


なるほどと納得する藤さん。藤さん俺より絶対頭良いのに何処か抜けてるなーと。

まぁ当選が出る確率はざっと万分の一そうそう当たる事も無いだろうが…


「仕方ない、藤さんは念の為一般に紛れて参加してくれ」


飯屋で一席打って貰った事もあり、その場を覚えている者がいるかもしれない。あの人だかりの中で藤さんがいないからと見咎める人間は居ないだろうが、一般に紛れていた方が自然だろう。

この富くじは式年遷宮を復活させる為の手段の一つだが、もし仮に上手くいき式年遷宮を復活させた後も二十年に一度の神事に備え、永く続けたい。その為にも出来るだけいらぬ疑いがかからぬよう、清い運営を心掛けて欲しい所だ、最初から躓くワケにもいかない。


「おう!じゃあワシは大八車取ってくるわ!」


威勢よく出て行く藤さん。

大八車の下り、本気だったのか…?

そんな俺と藤さんのやり取りを見てあからさまに動揺する常興さんを筆頭にその場にいる神宮関係者の面々。


「えっ…まさか常興さん、あんたらも?」


俺が顔を向けると皆俺から顔を背け目を中空に泳がせる。

特に常興さん…アンタは壇上でくじを引く大役だろう?


「余りにも楽しそうだったのでつい…一口だけと思い…」


常興さんはそうは言ったが神宮関係者まで話を聞くと中には十口も買った欲深…信心者もいた。

おいおい、日頃の行いの悪い籐さんはともかく常興さんは当たるかもしれないだろ。

大丈夫だろうなコレ?


「今後の事もあるので公平を期する為、出来れば関係者にはご遠慮頂きたく…」


「申し訳なし…」


一同うなだれてしまう。

仕方ない、常興さんら神宮の関係者は頼れる者にくじを預けて一般の中に紛れてもらう事にした。

当選者がその場で群衆の中から出てこないのも都合が悪い。当たった者は盛大に年男年女と囃し立て祝い、皆の記憶に残って貰いたいのだ。


かくして伊勢神宮の佇まいに似た厳かな…とは縁遠い喧騒の中、抽選が始まる。

権禰宜である常興さんが木箱が空であることを神妙に確認する。そこに数字の書かれた十枚の木札を一枚一枚ゆっくりとうやうやしく読み上げながら箱に収める。

そして大幣(おおぬさ)を振り清め、祝詞を口上し…厳かに木箱から木札を一枚取り上げる

…一応神事らしい形にしたけどテンポ悪い気もするな。


「一の桁…八!!」


後ろの壁に貼られた紙に大きく八の文字を書く。


『うおおおおおおおおお!!!!』


大歓声が境内に響き渡る。

取り敢えず一桁が当たっていた者、外れた者、それぞれが上げる歓声、絶叫、雄たけび、怒号の坩堝になる。今ので十分の一は外れたワケだしな。

そして十の桁、百の桁、段々上げる歓声は少なくなるが、代わりになんともいえぬ緊張感が張り詰めているのが分かる。

そして最後、千の桁。

常興さんが祝詞を口上し、うやうやしく箱から最後の木札を取り出す。


「千の桁………二!!」


「あったったあああああああああああ!!!!」


絶叫にも似た雄たけびを上げる男。

どうやらこの場に当たった者がいたようだ。神宮関係者でもなく藤さん一味でもない無関係の者だった事に内心ほっと胸をなでおろす。

福男は大歓声に包まれ、近くの観客にもみくちゃにされている。

それを常興さんが壇上に上がるよううやうやしく促す。割り印と番号、住まいと名前を確認し高らかに宣言する。


「今年の年男は…曽根村の弥七郎!!」


常興さんが大幣(おおぬさ)で弥七郎を清めると厳かな笛の音が鳴り始める。すると大八車に掛かっていた布が引かれ景品である米三俵が姿を現す。

弥七郎は感極まって涙を流している。なかなか絵になる、良い光景だ。

観客も何故かもらい泣きしている者がいるが、それは外れた事への悔し涙かもしれない。

ともあれ富くじの抽選は無事に終わり、同様にその後の小富くじもつつがなく終わった。盛況のうちに伊勢神宮年始大富くじは無事に幕引きとなった。


ちなみに強欲な藤さんは二十口買って当然外れて大分へこんでいる。

空の大八車を押して帰って行った。


伊勢の大神は見てるんだな…と一人納得する。

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