第62話 ハチ公、ライバルと遭遇する
(別に、そういう関係になりたいわけじゃあないんだけどな……)
昼休み、こだまに連れられて購買へと向かう最中、狛哉はぼけっと考え事をしていた。
内容はもちろん、朝に紗季から言われたこと。こだまとの関係についてだ。
その気があるのなら、動いた方がいい……というのは、狛哉が男性としてこだまを意識しているのなら、何かしらのアプローチをかけろという意味なのだろう。
今現在、こだまの周囲には数えきれないくらいに彼女を狙う男たちがいるわけだし、彼らに先を越されるのが嫌ならばお前が動けという紗季の言葉は至極まともなものだ。
だが、大前提として、狛哉にはその気はない。
彼にはこだまと彼氏彼女の関係、即ち恋人という関係になるつもりなどさらさらなかった。
こだまと自分は良き友人であり、我がままなご主人様と飼い犬であり、時折甘えてもらえるような今の関係が一番だと狛哉自身は思っている。
彼女が仮に誰かと付き合うことになっても自分は祝福できる自信があるし、嫉妬なんてしないだろう。
その気持ちに嘘偽りはないのだが……少しだけ、紗季の言うことに納得してしまっている自分がいることも確かだった。
(停滞は実質退化かぁ……確かにその通りだよなぁ……)
こだまとは入学直後に起きた様々な出来事を経て関係を深め、こうしてよく話す間柄になったわけだが……そこから先の進展というものは皆無だ。
ストーカー事件の際には実質デートともいえる二人きりでのお出掛けも経験したわけだが、GWにはそういったこともなく、別にプライベートで話したり会ったりということもあまりない。
通学のバスでの会話と下校時に時折ハンバーガーショップに寄った際に話すというのが、最近のこだまと狛哉の学校外での関わりだ。
別にこういった部分に不満があるわけではない。必要以上にべたべたするのはこだまも嫌がるだろうし、このくらいの関係が彼女にとってもちょうどいいのだろう。
ご主人様と犬、という自分たちの関係はこれで完成されているわけだし、これ以上を無理に望む必要なんてないのだ。
だがしかし、それを逆にいえばここから先の進展がないということで、あとは衰退していくだけともいえる。
こだまか、あるいは狛哉の方に新しい人間関係が構築されていけば、自ずと二人だけで過ごす時間は減っていくことを意味している。
例えば二人が部活や委員会に所属することになった場合、朝練やミーティングなどで登校時間が変わることだってあるし、放課後もそのまま下校せずに活動に勤しむことになるだろう。
そうなれば登下校の時間が合わなくなり、狛哉たちの数少ない二人きりの時間というものは完全に消滅するわけだ。
二人きりの時間がなくなれば関係性は希薄になり、関係性が希薄になれば優先度が下がり、優先度が下がればまた別の親しい友人が出現して、そちらの方と過ごす時間が多くなる。
そこから席替えか何かで学校で顔を合わせる機会がなくなってしまえば、もうそれで自分たちの関係は終わり。昔は仲がよかったけど、いつの間にか没交渉になった友人という間柄に落ち着いてしまうだろう。
正直にいえば、狛哉はそうなることは望んでいない。こだまとはこれからもいい友人でありたいと思っている。
であるならば……彼女とは、このままの関係ではダメなのだ。
実に矛盾しているが、こだまと今の関係であり続けたいのならば、関係を発展させていかなくてはならないのである。
そうしなければ、ふとしたきっかけで疎遠になってしまうことも十分にあり得るのだから。
(難しいよなあ……贅沢な悩みだってことは間違いないんだろうけどさ)
ゼロから関係を構築するのではなく、既にある程度いい形の関係性ができあがっているが故の悩みに渋い表情を浮かべる狛哉。
相次いでこだまにアタックし、玉砕している男子たちからしてみれば羨ましくて仕方がないであろう立場の彼であるが、彼にも彼なりの悩みが存在しているようだ。
その気があるなら動けと言われても、正しくはその気があるわけではないし、そもそも何をどう動けばいいのかもわからないしで、困ったな……などということを狛哉が考えていると――
「ハチ? ハ~チ~? さっきからなにボーっとしてんのよ?」
「え? あ、ああ、ごめん……」
こだまからの鋭い視線を向けられ、狛哉は若干気圧されてしまう。
どうやら、長い間無言を貫き続けたことが彼女の気に障ってしまったようだ。
「まったく、気が利かない駄犬ね。ご主人様とお散歩してるんだから、少しは嬉しそうな顔をしなさいよ」
「あ、あはははは……ごめん……」
こだまからしてみれば、確かにつまらない状況だったろうなと自分の行動を振り返った狛哉が乾いた笑い声を上げながら彼女に謝罪する。
あんまり無駄な考え事なんてするもんじゃないなと、余計なことを考えていたせいでこだまを怒らせてしまったことを狛哉が反省する中、とある男子が唐突に声をかけてきた。
「本当にその通りだ。そんなに森本さんと過ごすのが退屈なら、俺と代わってくれよ」
「えっ……?」
背後から響いた声に驚いた狛哉が振り返れば、そこにはクラスメイトと思わしき生徒たちを引き連れてこちらを見つめる男子の姿があった。
突然、なんだろうか? と自分たちの話に割って入ってきたその男子に対して訝し気な視線を向けた狛哉であったが、彼はそんな狛哉を押し退けるとこだまへと爽やかな笑みを見せながら自己紹介をしてみせる。
「森本こだまさんだよね? はじめまして。俺は
「はぁ。そのA組の鎌谷があたしに何の用?」
「いや、前から森本さんとは話をしてみたいと思ってたんだ。君さえよければ、これから一緒にランチと洒落込まないかい?」
ぐいぐいと距離を詰め、こだまにアプローチをかける正義だが……狛哉は知っている。
こだまは、こういうタイプの男が大の苦手だということを。
以前に真太郎が彼女をカラオケに誘った時もそうだが、柔和な笑みを浮かべてこだまと会話する正義の視線が時折こだまの大きな胸に向けられていることに狛哉は気が付いていた。
これ以上彼とこだまを会話させていては双方のためにならないと判断した狛哉は、正義を救う意味も含めて二人の間に割って入ろうとしたのだが――
「おっと! 邪魔すんなよ、ハチ公!」
「お前の出る幕はないっての!!」
「わわっ……!?」
正義の友人と思わしき男子たちがその前に立ち塞がったために、それは叶わなかった。
友達の恋路を応援している(つもり)の彼らの介入によって困り果てる狛哉の前で、援護をもらった正義は余裕たっぷりの態度でこだまへと言う。
「別のクラスだし、都合よくこんな機会に出くわせるとも思っていないからね。すぐそこまで迫ってる新入生キャンプのことも含めて、のんびり話そうじゃあないか。こだまくん」
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