第二十六話 私はこの謝肉祭期間中決して面倒ごとを起こさないと誓います
ローマンド帝国各地を走る国営鉄道「トレニード」。
トレノ(列車)とローマンドを組み合わせた造語で、国民や観光客の交通手段として多く用いられている。
三月九日午前七時二十六分、ミラニア発ヴェネータ行の高速鉄道に乗り込む少年少女たちの姿があった。
「わーい!お出かけお出かけー!!」「こらトスカ!お行儀よくしなさい!」「なーなー、ヴェネータにはユース兄ちゃんもいるんだろー?炎とか出してくれないかなー?」「もう、説明したでしょ、ベルナルド!兄さんは仕事だからこちらからは会えないって!!」
弟妹の世話に苦しんでいるナーサとソフィアを見て、聖ミネルヴァ孤児院の副院長のフローラ・フラーキが微笑ましそうに見ている。
「院長先生!副院長先生!助けてください!!」ナーサがたまらず助けを乞うた。
「まあまあ子供たちや、あんまり騒ぐとほかのお客様に迷惑ですよ?」フローラはサンドロ(カメレオンギート)よりもおおらかだった。
「ハァ、ハァ……もう無理……疲れた……(高齢者の介護とは大違いだ……)」院長のガリレオ・ガリレイは激務に追われて精神的に危なかった。
「院長先生頑張ってください!こんなところで諦めちゃダメです!」若い元介護者は自分の世話する子供に励まされていた。
「まあ折角の
午前九時三十一分。「いつもトレニード北部線をご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなく、終点、ヴェネータ、ヴェネータです。ヴェネータ公園中央広場にお越しの方は、当駅の連絡通路をご利用ください……」
「院長センセ~イ!着いたよ!起きて起きて!!」「う……ん、フワ~ァ、よく寝た……」ガリレオは疲れていた。
駅のホームドアが開き、扉からピョコンと飛び出した少女がいた。
眠たそうな顔で背伸びをしている。
言わずもがな、ナーサだ。
すると彼女の後ろから声が飛んできた。「ちょっと、ナーサ姉さん!ここで立ち止まらないでよ詰まるでしょ!?」
「あらっソフィアごめんなさい!」ナーサが横にそれると、ソフィアが勢いよく飛び出して、そのまま地面に突っ伏した。
さらに扉から次々と子供たちが飛び出してきて、ソフィアを踏み台にしてそのまま走っていってしまった。ソフィアは子供たちに押し出されたのである。
その後にガリレオが走り出てきて、さすがにソフィアを踏み台にすることはなかったが、悲鳴をあげながら子供たちを追いかけていった。
ナーサもハッと我に帰って子供たちを追いかけた。
最後にフローラがヨロヨロと出てきて、足元に転がっているソフィアに気づいて言った。
「おやソフィアさん、そんなとこで何をしているのですか?」
ソフィアは答えられないので代わりに答えよう。二十四人の子供に足蹴にされたのである。
まあ多少のトラブルがあったものの、ナーサたち御一行は謝肉祭の開催場所にやって来た。
既にたくさんの人で溢れ帰っており、あちらこちらから音楽や歓声が聞こえてくる。
「わわわわ!人がいっぱい!押し潰されちゃう!」「キャ!誰よいまお尻さわったのは!?」孤児院の面々も人混みの中で揉みくちゃにされて、というかもがいている。
ナーサが足をとられて転んでしまった。転んだ拍子に多少広いところに出た。
するとナーサの頭上から「あれ、ナーサ?来てくれたの!?」という声が聞こえた。
視線をあげると、装甲で覆われた手が差しのべられている。
ナーサの元家族で、かつ親友。
「ユース!!」ナーサはユースの手を取ると、爽やかな笑顔でユースに抱きついた。
かと思われたが、抱きつく前にユースの手が押し返していた。
「チャオ、ナーサ。久しぶり。」「もう!そういうノリの悪いところ、相変わらずね!」そう言いながらもう一度抱きつく。
今度はさすがのユースも止めはしなかった。
「誕生日おめでとう、ナーサ。これプレゼント。」見るとユースの手には紙袋が握られていた。
「え!?覚えててくれたの!?ありがとう……」顔を赤らめながらプレゼントを受け取るナーサ。そういう細かい情報は覚えておくのが紳士のマナー。ちなみにユースはナーサに対して特別な感情は抱いていない。
「そうだ、聖ミネルヴァのみんなはどこ?」
ナーサはテンションの高い声で言った。
「そうそう!みんなも来てるの!おーいみんなー!ユースがいたよー!!」
ナーサが一声呼ぶと、少し離れたところから地響きのような音がした。
ユースが「?」と思いながら身構えていると、人混みの中から歓声と共に次々と子供たちが飛び出してきた!
飛だしてきた子どもたちはユースの足元に群がっていく。
「やあやあ君たち、元気そうで何よりだ。」ユースはかがむと、子供たちとの久しぶりの再開に顔をほころばせながら子供たちの頭を撫でた。
「兄ちゃんそれ太陽戦士!?かっけぇー!!」「こらこら、暴れるんじゃない。いろいろ危ないもの持ってるんだから。」
続いて人混みの中からボロボロの青年が出てきた。「はぁ、はぁ、子供たち……勝手に動いちゃダメってあれほど……て、ユース君!?」
「ガリレイ院長!お久しぶりです。そして大丈夫ですか?」
「いや~、ハハ……元気な子供たちで……それよりも、いつも援助ありがとうね。」
「いえいえ、当然のことです。」ユースは自然戦士となってから、毎月十五万エウローは聖ミネルヴァ孤児院に寄付していた。
「そういえば、ソフィアと副院長の姿が見えませんけど……」「ああ、ソフィアちゃんね……実は……」
「……全身打撲で入院?一体何が」「あ~らユースちゃん!こんなとこにいたの!」
この無駄に甲高い声は……
「カタリナさん、来てたんですか…… 」
「なーによ素っ気ない態度取っちゃって!可愛いわね~!!」
読者の皆は覚えているだろうか。第十五話で登場したローマンド城の給仕長、カタリナ・オリーヴェである。
料理の腕は超一流だが、高すぎるおせっかい度と無駄に甲高い声でユースをはじめ、多くの若手兵士から嫌われている。
もちろんカタリナ本人に嫌われているという自覚は全くない。
「そうそうみんな聞いてよ!実は今日私誕生日なのよ~!!」
「あ、そっすか。」ユースは目線も合わせずに答えた。
「なーによその態度!」
「おめでとうございます。プレゼントはないのでとっととどっか行ってください。」
「んもう!やっぱりかわいくないんだから!」カタリナはそういうと、重そうな(実際に重い)体を揺さぶってどっか行った。
「ハァ……頭が痛い。」頭を抱えるユースを横目にナーサが言った。「ユースの周りって、変な人ばっかり集まってくるのね!」
ユースは「君やソフィアもたいがいだ。」と言いそうになったところをぐっとこらえた。
「あ、ここにいたのねユース!」続いてやってきたのは金髪をティアラで飾り、水色の布地に宝石や金銀を飾り付けた豪華なドレスをまとう美少女の姿。そして周りを取り囲む屈強な騎士の姿。
「やれやれ、また頭が痛くなる……」今度はぐっとこらえていない。口に出してはっきりと言っている。
しかしエリーには聞こえていなかったらしい。「ハーイ、ユース!今日は誘ってくれてありがとう!!」「チャオ、エリー。今ものすごく
ユースの声も聞かずにエリーはユースの抱き着く。と思われた。
ユースはいつの間にか一歩後ろに引いていた。
「ちょっと!なんで逃げるのよ!」虚空を抱きしめさせられて憤慨するエリー。「いろいろ面倒なことがあってね……」言い終わらないうちに今度こそ抱き着かれたユース。「あ、あの女ぁぁ~~~~~~!!!」それを見てもっと憤慨しているナーサ。自分も同じことをしたというのは今は気づいていない。
「話を聞いてエリー。ついでに君もだナーサ。あ、ガリレオ院長はちょっと先に行っていただけませんか?子供たちもつれて。」「あ、ああ、うん。それじゃあまたね……」「えー!もう行っちゃうのー!?」文句を言う子供たちを引き連れてガリレオは先に行った。(彼にはもっと精神を強く持ってほしいものだ。)
エリーはユースから離れて言った。「そうだ、何か面倒なことがあったですって?」
ユースも何か思いつめた表情で言った。「そうなんだよ。本当は人と物理的接触することすらやめるように言われてるんだ。」ここからユースの語りが始まる。
ちょうど一か月前、二月九日のことだった。僕はその夜訓練が終わった後で近くのスーパーに買い物に行く途中だった。
そんなときにね、前からある少年が歩いてきてね。僕と同い年か一つ下ぐらいの。僕は別に気にも留めていなかった。
そしたらその子がね、僕とぶつかっちゃって。すみませんって言って先行こうとしたら、そのまま僕の肩に寄りかかってきたんだよ。何の予備動作もなく自然に寄りかかってきたんだ。
次の瞬間、僕の感覚のどこかで警戒スイッチが入った。
無意識にその少年の右手を弾き飛ばしていた。なんでかわからないけれど弾き飛ばしていた。
いや、弾き飛ばしたのは手じゃないね。たたいたのは手だが。
弾き飛んだのは「拳銃」だった。
僕は少年に暗殺されかかっていたんだ。
その後そいつは逃げようとしたからとらえたよ。情報は何も話してくれなかったが……
「そんなわけで今ね。僕かなり暗殺にびくびくしてるんだよ。」「なんだ、そんなことだったの。」「そんなこと!?」エリーの意外な反応にユースはたじろいだ。
「暗殺未遂一回くらいでおびえてんじゃないわよ!私たち王族なんて何回も殺されかかってるんだから!」「僕ら一般人と王族を一緒にしないでよ!」
するとナーサが口をはさんできた。「そうよ!あんたみたいな恨みばっかり勝手そうな性悪女なんて殺されちゃえばいいのよ!!」ユースが反論した。「どこが『そうよ』なんだよ!」重ねるようにエリーも「なんですって~~!?」
エリーとナーサはほとんど顔を見合わせることはないが、ひとたび顔を合わせればユースも差し置いて喧嘩を始める。
そうしてよくわからない罵倒合戦が一分ほど続いたが……
「いい加減にしろ!!」ついにユースが切れた。
少女二人もさすがにびくっとして話をやめた。
「いいかい二人とも、今日はせっかくの謝肉祭なんだ。頼むからこれ以上面倒ごとを起こさないでくれ。『私はこの謝肉祭期間中決して面倒ごとを起こさないと誓います』と言いなさい!さん、はい!」
「「私はこの謝肉祭期間中決して面倒ごとを起こさないと誓います……」」
「よろしい!解散!」
「「えっちょっと!なんで解散なの!?」」
「僕は仕事なの!二人で仲良く観光してなさい!」そう言って二人を無理やり立ち去らせた。
ユースはのちに思うのだった。こんな言い合いしている間はまだ平和だったのだなぁ、と。
第二十七話 機械仕掛けの包囲網 に続く
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