第二十五話 ただいま準備中
深夜、ジョン・F・カーネギー空港。
アメリゴ最大の空港に、雰囲気の違うジャンボジェットが一機。
機体に描かれたユニオンジャック、そして王冠を被った獅子と黄金のアクセサリーを身にまとった
ブリデラント王室が所有するプライベートジェットである。
内装はファインガム宮殿をそのままコピーしたような作りで、価格は一般的なジャンボジェットの約四十倍の7800億円。
そんな世界一高価な航空機内で事件は起きた。
被害者(?)はユース・
容疑者(?)はエリー・スチュアーテラート、16歳。
罪名は強制わいせつ未遂である。
容疑者の父親、ヘンリー氏の証言によると、深夜未明、スチュアーテラート容疑者(?)はルーヴェさんが寝ている寝室に忍び込み、寝ているルーヴェさんにわいせつ行為を行おうとしたとのこと。
しかし、物音に気づいたルーヴェさんが目を覚まし状況は一変。
激しい攻防の末、スチュアーテラート容疑者(?)はルーヴェさんの銃射撃によって吹っ飛ばされ、ドアを突き破って廊下の壁に激突した。
これではどっちが被害者かわからないので、「容疑者(?)」「被害者(?)」としている。
……その後、ユースは「何にも変わってないじゃないかっっ!!!」と言い残してローマに帰ってしまった。
ちなみにユースを責める者も、エリーの肩を持つものもいなかった。
ユースは夜が明けるとすぐに「水の都」ヴェネータへ向かった。
理由はもちろん、五日後に行われる「
ヴェネータは、ローマから480kmほど北に離れたところにあるベネトの都市である。
大小数十の島から成り立ち、街のあちらこちらに水路があることから、「水の都」の異名を持つ。
そして、この都市最大の魅力こそが、毎年春に行われるカルネヴァーレ、そして「
ユースは空をゆっくり飛びながら、市民が準備に励んでいる様子を見ていた。
家の屋根に上って装飾を施している人、ダンスの練習をしている人、どの仮面にしようか迷っている人……
ユースが向かったのは、ヴェネータ本島の中心広場。
広場の中心には巨大な噴水があって、そこから放射状に街が建設されている。
「噴水から南門まで……約3㎞くらいかな?……南門から東門と西門が同じ距離に見えるな。この角度だと大体5㎞と少し……つまり中央広場は約6㎞四方ってことか。」自然戦士の基本装備、レンザティックコンパスでおおよその距離をつかむユース。
そうして広場の面積をつかんだところで、ユースは重大な事実に気づく。
「……これ、一個大隊プラス自然戦士一人で守り切れる範囲じゃないね?」
6㎞四方の広場の面積は36㎢=36,000,000㎡。
兵士一人が守る面積は36,000,000÷500=72,000㎡≒コロセウム二十四個分以上。
「絶対無理だ!どうするんだよこれで広範囲な爆弾テロとか仕掛けられたら!!え、まさか僕と近衛師団第十一大隊だけじゃないよね!!? 地元警察とか来てくれるよね!!?」
空中でスペースジャイロをやっているがごとく焦りが体に表れているユース。
「そ、そうだ!レシーバーに任務の詳細が配られていたはず……!」
空中で接続バングルにつけられっぱなしのレシーバーを操作する。
ユースが確認したのはメールの受信フォルダ。
皇帝オクタヴィアヌスから届いたメールは全部スター付きである。
「三月四日
for Ottaviano_Augusto@******.com
to youth_arpeggio@*******.com
件名:謝肉祭護衛任務の詳細
来るべき謝肉祭護衛任務に向けて、詳細な説明を送る。
〇六〇〇 ヴェネータ中央広場集合、準備運動、各諸連絡
〇六二〇 配置につく
北部 近衛師団第一一一中隊125人 指揮 ロキ・
東部 同上第一一二中隊125人 指揮 フランク・ワースリー
西部 同上第一一三中隊125人 指揮 フランク・ハーレー
南部 同上第一一四中隊125人 指揮 フランク・
中央部 自然戦士1人 ユース・
この後ももちろん任務についての重要事項はあるが、ユースはここの部分を二十六回読んだ。
十九回目あたりからユースの顔から血の気が引いていくのを感じた。
気が付いたとき、ユースは時速720㎞の速度で首都・ローマに向かっていた。
「ユース・ルーヴェです! 皇帝陛下に会わせてください!」ユースはローマンド城のロビーにいた。
「申し訳ありません。皇帝陛下は留守にしております。今アメリゴで首脳会談がありまして。」受付の騎士が言った。
ちょうど夕日が差し掛かってきたころ、ユースは自室に座り込んでいた。
(どうしよう……あれ絶対人数足りないじゃん。)
その翌日、ユースはローマンド城の地下にある訓練場にいた。
薄暗い空間で静かに目を閉じている。
目を閉じたままゆっくりと右手を柄に移動させる。
刹那、銀色に光る剣が空を切った。
振り上げられた剣は反動のまま振り下ろされた。
ユースの手がひらめくと、順手に持っていた剣が逆手に代わる。
そのまま先ほど描いた軌道を反対からなぞった。
そして満身の力を切っ先に込めて刺突を繰り出した。
さらに剣がまた順手に変わる。
剣を持つ腕が折り曲げられると同時に左足を引く。
足を引いた勢いのまま刃で弧を描く。
最後に反動をつけて、剣を体ごと一回転させた。
「ふぅ……」と溜め息をついて剣を鞘に納める。
作中で語られていない空白の二ヶ月のあいだで、ユースの剣術も想像力も大きく成長している。
今のユースの戦力は一個中隊を超え得るだろう。
しかもまだ成長の余地がある。
だが、先日のメールの件を受けて、ユースは相当焦っていた。
表情からは読み取れないかもしれないが、確かに焦っていた。
昨日以来皇帝からの連絡もない。
そんな状況でユースが出した結論は一つ。
「自分一人で、あの広大なエリアを守ってみせる!!」
はっきり言おう。無理である。
その翌日、ユースは自室でパソコンのキーボードをたたいていた。
「親愛なる聖ミネルヴァ孤児院の皆さま
いやそんな堅苦しい書き方はなしだ。それよりも三日後に行われる
孤児院生28人と先生二人分の電子チケットを同封します。
久しぶりに会えるのを楽しみにしています。
まあ、僕は仕事だから遊べないと思うが、それでも良かったらどうぞ。
敬具 ユース・
感謝祭の招待状を送っていた。
「これで孤児院のみんなとブリデラント王室には送った……あとはそうだなぁ……そうだ。」
ユースは一息つくとまたモニターに文字を打ち込み始めた。
「そこまで親愛ないジェームズ・
ちょうど同時刻、ローマンド帝国北部、ベネト州のヴェネータ。
三日後の
噴水にLEDを取り付けたり、屋台を準備したり。
特に仮面を販売する店は大忙しだった。
仮面はローマ語でマスケアと言い、カルネヴァーレでは夜に
そんなヴェネータの南端に、とある旅館があった。
そこに、ある大男が泊まっていた。
カーテンに隠れて窓の外を見ながら、こんなことを言っている。
「のんきな民どもよ……何も知らずに浮かれ続けているがよい……!」
そしてその隣には、黒いマントを着て姿を隠した男がいた。
「この調子なら、あの計画が事前に漏れることはないでしょう……」
ケケケ……と不快な笑い声をあげている。
「……エリー・スチュアーテラート……そしてユース・
そして二人揃って笑うのだった。
アラーム音が部屋中に鳴り響く。
布団の中でもごもごしている少年が一人。
布団の中から手だけが出てきて目覚まし時計をたたいた。
「う……ん……もう朝か?」ゆっくりと顔を持ち上げて時計をよく見る。
三月九日。午後五時半。
「しまった! もうこんな時間だ!!」ユースは跳ね起きて急いで支度し始めた。
たった五分で着替えを済ませたユースは、ジェットパックでヴェネータへ飛ぶ。
「ついに来るんだ。ついに来るんだ……!待ちに待った謝肉祭が!!」
水平線の向こうから音楽が聞こえてくるようだ。
Finalmente e arrivato il carnevale. ついに謝肉祭がやってきた。
Gli uomini escono in citta e strimpellano il liuto. 男たちは街に出てリュートをかき鳴らす。
Le donne cantano e ballano con i fiori in mano. 女たちは花々を手に歌い踊る。
Prega Cristo. キリストに祈りをささげよ。
Prega gli spiriti. 精霊に祈りをささげよ。
Grazie per le benedizioni della preziosa terra. 尊き大地の恵みに感謝せよ。
E l'ultima e una mascherata. そして最後は仮面舞踏会。
Nascondi il tuo viso con maschere colorate. 色とりどりの仮面で顔を隠そう。
Bevi, mangia, canta e balla. 飲み、食べ、歌い、踊れ。
Oggi e; un giorno speciale che stavi aspettando! 今日は待ちに待った特別な日なのだから!
…… Ora, iniziamo il carnevale. ……さあ、謝肉祭を始めよう。
第二十六話 私はこの謝肉祭期間中決して面倒ごとを起こさないと誓います。 に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます