第二十二話 「恋」とは

 「私があんなにアプローチしてるのに、なんで!!?」


 そう言ったエリーの目には涙がたまっていた。「ちょ、ちょっとエリー!? 一体どういうこと?」ユースは不測の事態にとても慌てている。

 エリーは涙ぐんだ声で訴えた。

 「あなたのことが好きなの!!! でも私アプローチ下手だから……!! でもなんで……なんで気づいてくれないの!!!?」

 ユースは多少冷静を取り戻し、今までのエリートの思い出を振り返ってみた。振り返って、それから言った。

 「いや……まったくわからなかった。あ! だから無理やり唇を奪おうと!?」

 猛吹雪の勢いにも負けずエリーが叫ぶ。

 「そうよ!! ユースの鈍感!! ユースのバカ!! せめてふられるなら気持ちの整理ができるのに!!」

 次の一言は、ユースがいかに女心を分かっていないかがよく見て取れるだろう。

 「えーっと、ものすごく申し訳ないんだけどね? エリー。僕は君に対して、よ?」

 エリーの感情の中に、「哀しみ」に続いて「怒り」が結構混じった。

 「じゃあ何!!? 私のこと女としてみてないの!!? やっぱりナーサさんが好きなのね!!!?」

 ユースはまっすぐな瞳で言った。

 「それも違う。エリーは確かに魅力的な女性だ。そして僕は誰にも恋をしていない。守護霊・天照大神の名に誓ってしていない。」

 誰しも好きな人がいるかと聞かれれば、大体は否定するが、うさん臭いものである。

 しかし、ユースが言うと真実のように聞こえてしまう。

 「守護霊の名に懸けて無いって言うなんて……わかったわよ。どうしたら私のことを好きになってくれる?」エリーは大胆にもそんなことを質問した。

 「そうだね……」とユースはしばらく考えて言った。

 「ねえエリー。人に恋をするって、どんな気持ちなの?」

 ユースが何気なく放った一言。それは、エリーにとって青天の霹靂な事態だった。

 ああ、ユースは本当に何もわからないんだ。人に恋をするという気持ちが。人に恋されるという気持ちが。

 そこには何の穢れもない。恋をするというのは人を独占したいと思うことだから穢れなんだ。

 でもユースの心は新品のキャンバスのように白い。山奥からくみ上げてきた源泉のように澄み切っている。

 そこまで考えたところで、ふとエリーの中に一つ疑問が生まれた。


 ……そんな穢れ無きユースの心を、汚していいの?


 現在吹き荒れているブリザードのように、エリーの心に葛藤が巻き起こる。

 「ねえエリー、『恋』って一体どんな感情なの?」何も知らないユースの声に、エリーは心を痛めた。

 迷った末に、エリーは答えた。

 「恋っていうのはね……その人を何としても独占したいという感情よ。『その人に幸せになってほしい』という感情である『愛』とも違う。その人を独占するためなら、その人の幸せなんてどうでもいいのよ。」

 「君は僕を独占したいの?」

 ユースのその問いに、エリーはまっすぐユースに向き合い、初めて冷静かつ恋情的な感情をもって答えた。

 「そう。私はあなたを私だけのものにしたい。」

 猛吹雪の中、氷結戦士であるエリーの体温がどんどん上がっていく。

 「それはもはや病気だね。」

 エリーはまっすぐな瞳で言った。「そうよ。私は恋煩いなの。」

 「……エリー、僕が君に抱いている感情は、やっぱり恋じゃないよ。ナーサにだってそうだ。友達がいなかった僕がただ二人だけ、心を通わせられる親友だと思っている。」

 「そう……」エリーの心境は複雑だった。

 会ってから二か月で二人の距離は確実に急速に近くなった。

 しかし、やはりユースは正真正銘「独占欲」を知らなかった。

 「……これ以上あなたに気持ちを伝ええても、あなたが『恋』を知らなければ意味がないわね。」

 しかし一方でエリーはこんなことを思っていた。

 (私のこと親友だって言ってくれた……! イケる! これは十分にイケる!! 元の信頼度が高いなら、ユースが恋心を知ればそれは私に向く可能性大ね!!)

 エリーはあざとかった。

 「……困ったね。君は僕を独占したい。だけど僕は『独占する』ということを知らないから、どういった対応を取ればいいのかわからない。ねえエリー、僕はどうすればいいの?」

 「私に聞かないでよ!!」

 「そうだな……心で感じられないなら感覚で感じるとか?」

 「感覚?」

 「ほら、君が執念深く固執していたキスとかさ。」

 「!?!?!?!?!?!?!?」

 「顔から火が出る」ということわざがある。

 恥ずかしさのあまり火が出るかのように顔を真っ赤に染めるという意味だが、自然戦士が使うと意味は物理的になってくる。

 恥ずかしさのあまり想像力をコントロールできなくて本当に顔から火が出たり、戦士の属性によっては顔から電流や水が出るという。

 エリーの場合、顔が凍り付こうとするエネルギーと、どんどん上がる体温がぶつかって、顔だけでなく体全体から水蒸気があふれ出ていた。

 「え待ってエリー大丈夫!?」ユースもさすがに心配した。

 「だだだだだいじょじょじょじょーぶぶぶぶぶ。」エリーは崩壊寸前だった。

 「ちょっと失礼。」ユースは病気だと思ったのか、エリーの額に自分の手を当てた。

 「うわっ! すごい熱だ! 氷結戦士のクセに寒さにやられたの!?」

 違う。そんなわけないでしょ。エリーはそう言ったつもりだが、口がパクパク動くだけで声がでない。

 エリーは視界が少しずつ暗くなっていくのを感じた。



 エリーが目を覚ました時、彼女は自分がクイーン・ヴィクトリア号にある自室のベッドで横たわっていることに気づいた。

 「あれ……いつの間にこんなところに。」「よかった……やっと目を覚ましたか。」

 エリーが驚いて横を見ると、そこにはユースがいた。

 「ゆ、ユース!? なんでここに……!?」

 「何でここにじゃないでしょ。突然倒れた君をここまで運んであげたのは誰かな?」

 そう、ユースはエリーが気を失ってから、エリーをお姫様抱っこして飛行機まで運んできたのだ。もちろん徒歩で。

 「まったく……心配したんだからね。突然倒れてしかもひどい熱だったんだから。」

 「いや熱が出てたのはその……病気とかじゃないから安心して。」

 「それはわかってる。専属医に聞いたから。君の側近はいくらなんでも多くないか?」

 「この飛行機だけで二十人はいるんじゃないかしらね。護衛が十人、手伝い人が十人、パイロットが二人、医師三人……て感じだったかしら?」

 「そんでもってここはエリー専用の部屋だよね? ここってファインガム宮殿だっけ?」

 「違うわよ。まあ、ファインガムの内装を再現して作ってるから、間違えるかもしれないけど。」

 「まったくだよ。ローマンド城よりもお金かかってると思う。」

 「ところで、私何分くらい寝てた?」

 「二十分も寝てないよ。」

 「……もしかしてユース、ずっと私のそばにいた?」

 「もちろん。ずっと近くで看病してたよ。」

 ……数秒、変な間ができる。

 エリーは先ほどと同じように真っ赤に染まった。

 「あ、やばい!またさっきの発作が出たら命に係わるよ!!」

 「大丈夫、自我は保ってる。……私の寝顔とか見てたわけ?」

 「意識的には見てない。」

 「なーんだ……」

 「ねえエリー、一つ分かった気がする。」

 「何を?」

 「『失いたくない』って気持ちを。」ユースの顔つきが若干変わったようだ。

 「エリーが倒れた時、僕本気で心配したんだ。ナーサがさらわれた時も心配したけど……あの時は怒りの感情が強かった。今回僕は100%君のことを心配していたと思う。」

 「え?」

 そう、エリーが気を失ったとき、ユースはめちゃくちゃ焦った。

 普段マイペースを貫いているユースが、初めて予期せぬ事故に出会ったのだから焦るのも無理はないが。

 「それでもしエリーが死んだりしたら……僕の頭はしばらくそれでいっぱいだった。君のことを『失いたくない』って思ったんだ。……これも『恋心』なのかな?」

 「……そうね。それも『恋』の一つね。」(よし来たあああああああああ!! ユースが私を意識し始めたあああ! イケるわよエリー!! 今こそユースの唇を奪って………)

 「ところで、この後どうする?」 

 「へっ!?この後って……」

 「まだフェアブラック空港にいるんだ。この後どうする? アメリゴ本土行く?」

 「知ってるわよ。ユースはそっちがメインなんでしょ? …まあいいわ。行きましょ!」

 「やったー!」ユースは子供のような無邪気な反応を見せた。

 そんなユースを見てエリーはまた問いかける。

 「……結局、私のこと好きになった?」

 「きつい冗談だな。」そういってユースは部屋を出ようとした。

 が、扉に手をかけたところで立ち止まった。

 「まあ…

…君のこと好きになるように、頑張るよ。」そう言って部屋を立ち去った。

 広い部屋に一人残されたエリー。

 彼女は布団にくるまりながら赤面していた。

 「何よ、ユース。カッコつけちゃって……」




 ユースとエリーは、アメリゴ合衆国本土のジョン・F・カーネギー国際空港に降り立っていた。

 「よかった、本土はしっかり春だ。」ユースがクイーン・ヴィクトリアから出てきて背伸びしながら言った。

 「どうせアメリゴに来たんだから、強い武器を調達しないとダメね!」エリーが後から出てきた。

 「護衛たち! あなたたちは留守番でいいわ!」「し、しかしエリー殿下をお守りしろと、国王陛下から強く承っており……」

 「ユース!行きましょ!」エリーはユースの手を引くと、夏祭りに出かける子供のように走っていった。

 しかし、「キャッ!!」ドレスのすそを自分で踏んで、転んでしまった。

 「まったく、王女としてのふるまいをちゃんと見せないと。」赤いTシャツに白い上着、ネイビーのスラックス姿のユースが手を差し伸べた。

 「もう、せっかくのプライベートなんだから、気にしないの!」少し顔を赤らめながらエリーはユースの手を取った。

 「行こうか。」「ええ!」



 第二十三話 多少のトラブル に続く

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